48話 お届け物 -3-
「じゃあ、さっさとドラゴンの里へ行きたいから、出発するわよ」
「では、わたしは、案内、を、する」
キッカさんとグロリアさんがフロアのドアを開ける。
それと同時に【ドア】が立ち上がり、てぃんぽぃんと移動を開始する。
「お腹がすいたからもう飛ばないと、グロリアは言っていた」
「そうなんですか?」
「うむ。けれど、もうすぐそばまで来ているらしいから、案内は中からでも出来るらしい」
「なるほど」
アイナさんの説明を受け、ボクは納得する。
方法はどうでもいい。里に着けさえすれば。
それよりも重要なのは、現在グロリアさんがお腹をすかせているということだ。
お腹をすかせている人がいるのであれば、ボクは料理を作る。
それが、この【歩くトラットリア】での日常。
「それじゃ、ボク、何か作りますね」
「あ、さっきグロリアがつまみ食いしてたから、食材ないかも」
「人の、せいに、するのは、酷いっ。キッカが、最初に、食べ始めた、のに!」
「大丈夫ですよ。食料庫に野菜がありましたから」
おそらく、生の鶏肉は摘まんではいないだろう。
なら、何かしら作れるはずだ。
「じゃあ、ちょっと食料庫行ってきますね」
「シェフ、手伝いは?」
「大丈夫です。アイナさんは、キッカさんたちと一緒にドラゴンの里を探しておいてください」
「う、うむ……。では、よろしく頼む」
「はい。お任せください」
にっこりと笑って、ボクは従業員用のドアをくぐり、廊下へと出る。
ドアを閉める…………はぁっ! ドキドキした!
アイナさんの顔を見ると、どうしてもまぶたの裏にスパッツがチラつく!
いけないと思えば思うほど、スパッツがボクの中でどんどんその存在感を増して…………むぁぁああ! なんなんだ、あの魅力的なアイテムは!?
覆い隠すことで隠された部分の魅力を引き上げるとか、一体どこの神様の発想だ!?
「ほっほっほっ。ボーヤや、目覚めたようじゃのぅ」
「あ、お師さん、いいところに。踏みつぶそうと思っていたところなんですよ」
「のぅわ! 何をするんじゃ!?」
「ソレハぼくノせりふデスヨ…………ナンナンデスカ、アノ女王様ノ衣装ハ……?」
「親交を深められたじゃろ?」
「グロリアさんの中のボクに対する殺意が増しただけでしたよ!」
「『嫌い嫌いも好きのうち』じゃ」
「『嫌い』と『殺す』の間には、埋めがたい差があると思うんですけれど?」
『殺す殺すも好きのうち』とか、そんなヤンデレさんは御免です。
デレてすらいませんからね!
「ちぇ~……なんじゃいなんじゃい。ワシが折角気を利かせて……」
「お師さんは余計な気を利かせないでください。ややこしくなるだけです」
「そぅか……じゃあ、気を利かせてワシが届けようと思っていた物を、弟子、届けてくるのじゃ」
「気を利かせなくなった途端横柄な態度を……もう、スネないでくださいよ、大人げない」
「ふ~ん、じゃ! ワシはもう知らんのじゃ。ちゃんと届けとくのじゃ!」
「届けるって誰に…………あぁ、行っちゃった」
ボクの質問には答えずに、お師さんは自室へと帰ってしまった。
まったく、自由人なんだから…………カエルだけど。
手渡されたのは小さな紙袋だった。
袋に『絶対領域ちゃん』と書かれている。あぁ、キッカさん宛か。
なら、食材をとってきた後渡せばいいか…………と、ここで思いとどまる。
先程、確認もせずに手渡して酷い目に遭ったのだ。
ボクは同じ轍を踏まない冷静な男だ。
「手渡す前に確認。これ、鉄則だよね」
そう自分に言って、ボクはその小さな紙袋を開いた。
中には、白いふわっとした布が丸まって入っていた。
……なんだろう?
取り出して広げてみる…………と、パンツ。
「パンツだっ!?」
白地に、無数のハートが飛び交っている非常に可愛らしいパンツ。
キッカさんのイメージにはない、なんとも少女チックなパンツ。それが今、ボクの手の中にっ!
…………
…………
…………
…………むにょ~ん。
ふぉう!? すごい伸びる!?
みょんみょん伸びるっ!?
――と、その時。
「ねぇ、タマちゃ~ん! あたしさぁ、鶏肉をトマトソースで食べたいからトマトを……」
ドアを開けて、キッカさんが廊下へとやって来た。
「……………………あ」
キッカさんの目が、ボクの顔を見る。
きっと、すごく焦った顔をしていることだろう。
そして、視線がゆっくりと下がっていって…………ボクの手元に到達し、見開かれる。
ボクの手には、キッカさんの物と思しき、可愛いハートパンツ。みょんみょん。
「…………ほぅ」
短い音が聞こえ……
「ごめん、剣姫~。ちょっとグロリアと外見ててくれる~?」
ドア越しに、ホールへと声をかけるキッカさん。
その顔が、ホールから廊下へ……こちらへ向き直る。
「あたし……ちょ~っと、タマちゃんと話、あるからさぁ」
あぁ、汗って……こんなにも噴き出すものなんだなぁ。
「さぁ、タマちゃん。お話しましょうか。…………たっぷりと、ね」
キッカさんの笑顔はとても素敵で……とても、恐ろしいです。
本日の教訓は、
『事前確認は、時と場合によりけり。臨機応変に対応が必要』
って、ところですかね。
その後、ボクが解放されたのは三十分後だった。
グロリアさん、料理待たせちゃって、ホントにごめんなさい。
あと、お師さん。
踏んづけてやるっ!




