46話 揺れる…… -2-
わたしは、シェフと『もっと』…………どうなりたい?
仲良く、したい?
好かれ、たい?
優しく微笑むシェフの顔が脳裏に浮かぶだけで、胸の奥がじわりと温かくなっていく。
でも……
目が合ったとたんに顔を逸らしたシェフが思い浮かぶ。
私に背を向け遠ざかっていくシェフの背中が思い起こされる。
キッカやグロリアと楽しそうに仲良く笑い合うシェフを、遠くから見ているだけのわたし……
そうだ。
好かれたいなどと……
わたしななんかがそんなことを思うだけでも、おこがましい。
ただ……
避けられて……
嫌われるのは…………嫌だな。
この腕の中にあった温もりが幻だったような気がして、思わずわたしは自分の胸を掻き抱き、ぎゅっと力を込めて押さえつけてしまった。
他人よりも大きく膨らんだ胸が、その形を歪に変形させる。
シェフが嫌いな、大きな胸……
「…………キッカが羨ましい」
「もぎ取るぞ!?」
「キッカ。他の、表現も、あった、はず」
キッカはいいな。
可愛くて、誰とでも仲良くなれて……
「お師さんにも大好評で……」
「剣姫、褒めてくれようとしてるんだとは思うんだけど……一切嬉しくないから、それ」
「ネコの着ぐるみだってきっと似合う。今度着てみてほしい、抱いて寝るから」
「完全に願望の話になってんじゃないのよ!? 絶対着ないから!」
なぜだろう。
絶対に可愛いのに。
もふもふで。
シェフと二人で『もふネコ』になってくれれば……わたしはそれだけで幸せかもしれない。
「はぁ……キッカをもふりたい」
「あんたが男だったら、速攻息の根止めてるからね、その発言」
ウサギの耳を揺らして、キッカがため息を漏らす。
「ウサギも、いい」
「やっぱ止めてやろうかしら、息の根、女だとしても!」
ウサギが野生の獣と化す。
ふふ、そんな様も可愛いものだ。
流れるように繰り出される無数の拳をいなしていく。
じゃれつかれているようで可愛い。
「キッカは、かわいい」
「あれだけの、殺気を、すべて、受け流して、あの、余裕……アイナ、腕を、上げた、ね」
「くっ……悪意がないだけで、言動がカエル師匠と似てるのよね、この娘」
肩を上下させて呼吸を整えるキッカ。
肩が揺れる度にウサ耳も揺れる。可愛い。
キッカが着るから可愛い。
あの耳も、網タイツも。キッカだから……
「わたしには、とても着ることが出来ない衣装だ……」
「あ? なに? あたしに羞恥心がないとでも言いたいわけ? そこそこ恥ずかしいですけど、この格好!?」
「キッカ。本当に、落ち着いて。そろそろ、手が、出そう」
グロリアが微かにイライラしている。
お腹がすいているからだろう。
「あんた、人の衣装ばっかり羨ましがってるけどさ、あなたの服も、相当可愛いわよ」
「あはは。キッカは感性がどうかしているから」
「褒めてケンカ売られたのは初めてだわ!」
「キッカ、うるさい、よ」
「あんたも、完全無欠にアイナの肩ばっかり持つのやめなさいよね!?」
わたしにドレスなど、似合うはずがない。
事実、このドレスを着た後からシェフに避けられているのだ。
……揺れるから、だろうか?
「鎧に、着替えてこようかな……」
「はぁ、なんでよ? 収穫祭するんでしょ?」
「だからこそ、正装を」
言い訳だ。
ただ単純に、シェフに嫌われたくないだけなのに、わたしは今言い訳を言った。
わたしは、逃げようとしている。現実から。
目を、逸らそうと……
「それにタマちゃん、そのドレス相当気に入ってるわよ」
………………え?
それは思いもしない言葉で、もしかしたらわたしはこの時、ぽかんとした顔をしていたかもしれない。




