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スキルマ剣姫と歩くトラットリア  作者: 宮地拓海


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42話 お腹を空かせた -4-

「グロリア、おいで。わたしが着せてあげよう」

「ありがと、ね。アイナ」


 グロリアさんは嬉しそうにぴょんっと跳ねて、アイナさんのもとへと駆けていく。

 カウンターの外で、アイナさんがグロリアさんにエプロンを着せているのを見ると、まるで仲のいい姉妹みたいに見えた。


「アイナァ!」


 エプロンを身に着けた途端、グロリアさんは体を反転させてアイナさんの胸へと飛び込んだ。


 弾む。


「アイナ、アイナ、アイナ、アイナァ!」


 抱きついたまま、あふれ出る感情が抑えきれないとばかりに床を蹴りぴょんぴょんと跳ね回る。


 揺れるっ!

 波打つっ!

 暴れ舞うっ!


「タマちゃん。ほどほどにしないとグロリアに噛みつかれるわよ?」


 大丈夫です!

 グロリアさんは現在アイナさんに夢中なので、ボクのことなど気にもしていないはずですから!


「もしくは、あたしが刺すかもしれないわよ」

「さぁ、仕込みの続きだぁ!」


 くぅ……キッカさんも一緒になって跳ね回ってくればいいのに。

 そうしたら、もう、カーニバルじゃないですか!

 ぴょいんぽいんカーニバルです!

 収穫祭そっちのけで、ぴょいんぽいんカーニバルですっ!


「タマちゃん……お・す・わ・り!」


 キッカさんの指示で、厨房の中で腰を下ろす。

 あぁ……カウンターが邪魔で向こう側が何も見えない…………こうなったら、せめて聴覚だけでも堪能しなければ!


 揺れる気配を感じ……音を拾う!


 ゆっさゆっさ……


 …………これはこれで、乙なものですね。

 見えないからこそ見えてくるものがある……それが、風情というものです。


「はぁ~……堪能、した……ありがと、ね。アイナ」

「う、うむ……ちょっと激し過ぎて、驚いたが……」


 堪能したそうなので、ボクも立ち上がる。

 と、グロリアさんが満足げな顔でカウンター席に座っていた。


 エプロン着けたのに、厨房に入ってこないんだ…………いや、いいんですけどね、全然。


「では、下ごしらえの終わった食材を【ファーム・フィールド】に運びましょう」

「あ……」


 グロリアさんが何かを言いかけて、そして俯く。


「どうかしましたか?」

「…………いや、なんでも、ない」


 なんでもなくない言い方だが……詮索はしない方がいいのだろうか。

 すごく聞いてほしそうではあるけれど……出しゃばると噛みつかれそうだ。

 判断はアイナさんに任せよう。

 きっと、それが一番いいはずだから。


「では、行きましょう。足下、気を付けてくださいね」


 食材を抱え、従業員用のドアをくぐる。

 興味深そうにきょろきょろするグロリアさんを引き連れて、【ファーム・フィールド】へ向かう。


 ふっふっふっ。

 何を隠そう、着替えのために各自が部屋へ戻った際、ボクは先に【ファーム・フィールド】へ向かい、準備を済ませておいたのだ。

 ……ネコの着ぐるみに戸惑って、とりあえず現実逃避した、という表現も出来なくはないのだが。


【ファーム・フィールド】には、簡易的なお店、屋台が三軒並んでいた。

 といっても、料理するのはボク一人なので、三軒分の長さがある一軒の屋台という感じだ。

 コンソメと焼き鳥とリンゴ飴を作るためには、これだけの長さが必要になった。

 あとは、みなさんの要望に合わせて軽く料理することも出来る。


「わぁ……」


 そんなボクの力作(屋台)を見て、グロリアさんが感嘆の声を漏らす。

 うんうん。苦労が報われるなぁ。


「すごい……、野菜、いっぱい」


 おぉっと……屋台は見られてなかった。

 そうですね。野菜、いっぱいですよ。


「これだけ、あれば……でも、人間…………でも、アイナの、友達……」


 ぶつぶつと、グロリアさんが何かを言っている。

 そして、ふとボクと視線が合うと――


「……と、ただの、知り合いA」


 念を押すかのごとき力強さでそう言った。

 ……友達に含めておいてくださいよ、ボクのことも。


「じゃあ、スープを温めますね」

「タマちゃん、焼き鳥!」

「はいはい」


 屋台のコンロに火を入れると、一気に厨房が賑やかになる。

 炎が踊り、煙が上がり、芳しい香りが立ち上る。

 料理を作る厨房は、いつもお祭りのような賑やかさだ。


「アイナさん。これを、グロリアさんに」

「うん……ありがとう、シェフ」


 畑をじっと眺めているグロリアさんへ、【歩くトラットリア】のコンソメスープを食べてもらう。

 アイナさんから渡されれば、グロリアさんも食べやすいだろう。


 なんだかんだと言いながらも、……ドラゴンと人間は相容れない種族だと思うから。

 ドラゴンは人間に狩られ続けてきた。

 アイナさんがいなければ、ボクたちとなんか会話すらしたくないかもしれない。


 だから、美味しい料理を、美味しく食べてもらうために、その人が望むであろう食事のフィールドを提供する。

 それも、ボクたち料理人の使命の一つだ。


「グロリア、食べて」

「……これは?」

「とっても美味しい物。……幸せの味がするよ」


 アイナさんに渡されたお皿を持ち、スプーンですくって口へと運ぶ。

 やはり立って食べるのには不向きな料理ではあるが……


「――んっ!?」


 ……味は、変わらない。


「………………おい、しい」


 グロリアさんは、まだ熱いであろうスープを一気に飲み干す。

 お皿に口を付けて、豪快に。


 よほどお腹がすいていたのだろう。

 キッカさんに焼き鳥を数本渡し、グロリアさんへと届けてもらう。

 キッカさんとも、打ち解けましたもんね。


「ほら、こっちも。美味しいよ」


 グロリアさんに一本差し出し、それと同時に自分で一口鶏のもも肉を食べる。

 一人で食べるのは寂しいと言っていたグロリアさんを気遣った行動だろう。

 ……単純におなかがすいていたのかも、しれないけれど。


「……食べる」


 焼き鳥を受け取り、キッカさんのマネをしてもも肉にかじりつくグロリアさん。

 次の瞬間には、串の根元にかぶりつき、一気にすべての肉を口へと放り込んでいく。

 頬をぱんぱんに膨らませ、何度も何度も、味わうように咀嚼する。

 そして――


「お願い、したい。……どうか」


 土がむき出しの地面に手をついて、頭を下げた。


「……里の者たち、を、救って、ほしいっ」


 額に土がつくくらいに頭を下げて、グロリアさんはそんな言葉を叫んだ。






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