42話 お腹を空かせた -2-
「シェフ……」
グロリアさんを招待すると、アイナさんが少し不安げな顔で僕の名を呼んだ。
「従業員用のドアをくぐらせても、いいのだろうか?」
「いいですよ。アイナさんも、従業員になる前にくぐったでしょ?」
「う……そ、そういえば……」
ボクが【ハンティング・フィールド】に一人で挑んでいた時、アイナさんが助けに来てくれた。
従業員用と言ってはいるが、別に立ち入り禁止というわけではない。
みだりに踏み込まれるのは困るけれど。
「そうか……じゃあ、一緒にご飯が食べられる」
そう呟いたアイナさんの顔は、とても嬉しそうで、どこかほっとしているようにも見えた。
従業員としての勤めを怠ると怒られる、とでも思っているのだろうか?
「ボク、怒ったりしませんよ?」
そうでなければ、キッカさんを叱り続けなければいけなくなる。
キッカさんは基本カウンター席に座っているだけだから。
「そ、そういうわけではないのだが……」
ちらりと、グロリアさんを見て、そして前髪を弄り出す。
あ、照れている。
「久しぶりに会えて、嬉しくて……その…………」
「気恥ずかしいと?」
「う…………うん」
「アイナァっ!」
ぴょ~んとカウンターを飛び越えて、グロリアさんがアイナさんに飛びついた。
が、アイナさんはそのグロリアさんの顔を鷲掴みにして、宙に浮いているグロリアさんの体が厨房に入る前に押し戻した。
「えぇっ!?」
端から見たら、飛んできたグロリアさんを打ち返したみたいに見えた。
「厨房は神聖なる場所。エプロンを着けずに入ることは許されない」
「…………ご、ごめん、なさい……」
グロリアさんが涙目だ。
「でも、抱きつこうとしてくれたことは、嬉しい」
「あの、本当に嬉しい……んです、よね?」
「もちろんだ。グロリアは、わたしの最初の家族だから」
「アイナァ!」
「でも、厨房へは入れない!」
飛び出そうとしたグロリアさんの小さな頭が鷲掴みの後に押さえつけられる。
えっと…………公私をきちっと分けられている、ということなのだろう。
好きだから、家族だからとなぁなぁにしない、プロフェッショナルの鑑のような人なのだ、アイナさんは。
ただ、もう少しくらい優しくしてもいいんですよ? 久しぶりの再会なんですし。
「アイナ。エプロン、というもの、は、どこに、行けば手に、入る、の?」
「シェフに認められた者だけが受け取れる」
「そうか……なら、倒すっ!」
「ちょっと待ちましょう!」
なんかいろいろおかしい!
「エプロンなら、予備がたくさんありますから、一つプレゼントしますよ」
「分かった。もらって、から、倒す!」
「倒さないでください!」
なんでだろう、物凄く恨みを買っているっぽい。
これはさっさとエプロンをプレゼントして、アイナさんの隣に並ばせてあげた方がよさそうだ。
結局、アイナさんを取られたような気がして拗ねているのだろうから。
………………そんなぁ、別にボクとアイナさんはそんなんじゃ……え~、そう見えちゃいますぅ?
「タマちゃん。さっさとエプロン持ってくれば?」
こういう時、いつもキッカさんの冷たい声がボクを現実へと引き戻してくれる。
……もう少し浸った後でも、いいんですけど……いえ、すぐに持ってきます。エプロン。
人って、あんなにも冷たい目を出来るんだなぁ。




