41話 ドラゴンの少女 -2-
「き、君は……」
「思い出した、か? アイナ!」
「ゲロリア!」
「グロリア、だよ!?」
惜しい!
惜しいですけど、とんでもない間違いですね。
グとゲでは全然語感が違いますよ。
「アイナは……何度、教えても、ずっと、ず~っと、ゲロ、ゲロと…………」
「元気出して、グロリア。……そういう娘なのよ、あの娘は」
「うん……知って、いる。よく分かって、いる……けど……ずっと、ゲロって……」
「大丈夫。あたしたちはもう覚えたから、ね、グロリア」
「……あなた、は、いい、人間……」
なんだか、キッカさんとグロリアさんの間に不思議な友情が芽生えている。
アイナさんに覚えてもらえない悲しさ、寂しさを味わった者同士、通じるものがあったのだろう。
「酷い、よ、アイナ……思い出して、くれない、なんて……」
「す、すまない。ゲ……グロリア」
また間違えかけた。
けど、今のアイナさんは名前を覚えられるアイナさんにバージョンアップしたのだ。
もう二度と間違われることはないだろう。よかったね、グロリアさん。
「けれど、わたしの知っているグロリアは、もっともっと小さかった」
「アイナ……成長、って、知って、いる?」
「え…………か、微かにっ!」
微かにしか知らないのかぁ……
いろいろと教えてあげないといけないことがあるかもしれないなぁ。
……って、成長を知らないわけはないから、急に言われてぱっと言葉が出てこなかったんだろう。
アイナさん、とりあえず強がる傾向があるから。
「剣姫。あんた……『そんなに』成長しといて、知らないなんて言わせないわよ?」
なぜ『そんなに』の部分だけあんなに声が低くなったんだろう……呪い的な波動を感じた。
「キッカがこの前、『最近ご飯食べ過ぎてお腹周りやばい……』って言っていたのも、成長?」
「それは違うし、なぜそれを今、この場で、この面子の前でバラすのかな? ん?」
「キッカ……顔が、怖い」
「あんたの方が百倍怖いけど? その悪気のない感じがさぁ!」
そうか……キッカさんお腹周りが……
「野菜を、食べましょう!」
「そういう気遣い要らないから! っていうか、忘れろ!」
キッカさんが全方位に呪いの波動を振りまいている。
やはり、遮蔽物が少ないから……薄いからっ!
「どうしてお肉は胸ではなくお腹につくんでしょうか!?」
「それはあたしが一番知りたいわっ!」
「ヤる、なら加勢、する、いい人間の、キッカ!」
おぉっと!?
なぜかグロリアさんがキッカさんに加勢して、二対一に!?
どちらか一人でも100%ボクのボロ負けなのに!
よし、話題を変えよう!
そうしよう!
「グロリアさん! お腹すいてませんか!?」
「お腹に、お肉を、つけさせる、気か、悪い人間!」
どうしよう!?
流れがもうすでに悪い方向へ固定されて、勢いよくどつぼへと!?
「グロリア」
詰め寄ってきたグロリアさんとボクの間に体を割り込ませ、ボクを背に庇うように立つアイナさん。
あぁ、頼もしい背中……ひらひらふりふりで可愛い。
「シェフは、悪い人間ではない。酷く言うと、怒る」
「アイ……ナ…………」
グロリアさんの瞳がうるっと揺らぐ。
あ、すごく傷付いてる……
「アイナさん。ボクは平気ですから。……ね?」
「しかし……」
「アイナさんの優しさ、ちゃんと受け取りましたから」
「……う、うむ」
そっと背を押すと、アイナさんはグロリアさんへと向き直り、そして優しい声で言葉をかける。
「グロリア。この人たちは、わたしにとって大切な人たちなのだ。傷付けるようなことはしないでくれると、嬉しい」
「ん…………それは、ゴメン、なさい……」
「それから……また会えて、すごく嬉しい。グロリア」
「………………わたし、も…………すごく、嬉し、いぃっ!」
グロリアさんが床を蹴り、アイナさんの胸へと飛び込んでいく。
ぎゅっとしがみついてぐりぐりと顔をこすりつける。
そして……
「育ち過ぎ、だと、思う! 不公平、この上、ないなっ!」
アイナさんの、あまりに雄大な二つの膨らみを下から弾き飛ばすように叩き上げた。
「グロリアさんっ!?」
突然の行為に、ボクは思わずグロリアさんの両手を取る。
そして、ぎゅっと握りしめて、はっきりと言う。
「ありがとうございましたっ!」
「……アイナ。本当に、悪い人間じゃ、ない、のか? この、ドスケベ、は」
「もちろん、悪い人間ではない。シェフは」
「いやぁ……あたしは保留にしたい気分だなぁ」
アイナさんとキッカさんの間で意見が分かれた。
グロリアさんの意見を含めれば、ボクには分が悪い。
けれど、だけれども!
あんな物凄い大ウェーブを巻き起こしてくれたグロリアさんに感謝の言葉を伝えないなんて選択肢、ボクには存在しなかった!
それから、なんだかんだと騒がしくも、それぞれの自己紹介をして、店内が再び落ち着いた空気に包まれたのは、二十分ほど経った後だった。




