40話 コスプレしてみよう -1-
アイナさんの笑顔のためなら、なんだって出来る――と、思っていたボクなのだが。
「嫌ですからね! 絶対着ませんからね!」
現在、ボクは全力で逃げ回っていた。
追ってくる二人の魔の手から。
「ドレスもバニーも、ボクが着る服じゃないんです!」
「でもタマちゃん言ってたじゃない! コスプレって『新しい自分になるために着るんだ』って」
「『普段とは違う自分』ですよ!? 新しいドアは開けません!」
店内で走り回るお客様には、少々強めに注意をしたりもするんだけど……今回は仕方ない!
今捕まるわけにはいかないんです!
メンズの尊厳のために!
「大丈夫、シェフは可愛い」
アイナさんは、ボクのことが嫌いなのだろうか……
いや、違う。
そうあれは、さっき……
涙のアイナさんを励まそうと、「ボクに出来ることがあれば、なんだってやっちゃいますよ」と口にした直後――キッカさんが笑顔でボクの肩を叩いた。
バニースーツを持って。
曰く。「絶対笑うから! 剣姫、爆笑間違いなしだから!」……爆笑などされて堪るものかっ!
そして、爆笑ではなくどん引きされる未来が見える。
「もう、冗談ばっかり。キッカさんには困りますよねぇ、アイナさん」
……と、アイナさんを見たら、アイナさんが遠慮がちにドレスを持ってアピールしていた。
アイナさん、あなたもか。
そして、相乗効果といいますか……「あたしが先に言った」「順番ではない、思いの重さが重要」「めっちゃ着せたい!」「大切なのは爆笑ではなく幸福な微笑み」「いいや、向こう十年は思い出し笑いが出来る爆笑が必要なのよ!」「思い出はほっこりくらいがちょうどいい」「毎年恒例の行事にするの!」「それには賛同する」
あたりの会話で、ボクは逃げ出した。
だが、真っ先に従業員用廊下へのドアが封鎖され、外へのドアをふさがれ……仕方なく店内を逃げ回る羽目になった。
そんな追いかけっこが十分ほど続き……
「さぁ、追い詰めたわよ」
「く……っ」
キッカさんは、闇雲に追いかけているように見せかけて、ボクを逃げ場のない細い通路へと誘導していた。
そして、その先に待ち構えていいたのは鉄壁の防御を誇るアイナさん。
きっと、この二人が本気を出して追い込み漁をしたら、海にいる魚は根こそぎ狩り尽くされることだろう。
「さぁ、タマちゃん……」
「さぁ、シェフ……」
「「さぁ、さぁ、さぁ……」」
この人たちは、なぜこんなにも必死にボクに女装を強要するのだろうか……
「そういう服は、お二人が着た方が絶対可愛いと思いますよ」
「「……え?」」
一瞬、二人の動きが止まる。
そして、各々が手にしている衣装をじっくりと見つめる。
「……エロ助」
自身の太ももを隠すように、キッカさんがボクを睨む。
そういうつもりで言ったんじゃないのに。
「シェフ」
アイナさんがボクをじっと見つめてくる。真剣な眼差しで。
「シェフは、可愛いの基準が、少し……おかしい?」
「そっくりそのままお返ししたいんですけども!?」
なぜ、アイナさんとキッカさんを差し置いてボクが『一番可愛い』になるのか。
アイナさんの可愛さに比べたら、ボクなんか「ゆるいってそういうんじゃない!」って猛ツッコミ入れたくなるような微妙なクオリティのゆるキャラ程度のものですよ。
しかし、どういうわけか、ボクのそんな至極まっとうな意見は、目の前の二人には一切届かないのだった。




