39話 生きる理由 -2-
「ドラゴンは、一匹残らず狩り尽くせ!」
人間の手によって、ドラゴンが蹂躙されていく。
里を守るため彼女は里へと戻ると言い、わたしもそれに同行した。
けれど、わたしに向けられたのは明確な殺意だった。
『失せろ人間っ! 噛み殺されたくなければな!』
初めて見た人化していないドラゴンは、牙を剥いてわたしを噛み殺そうとした。
彼女がいなければ、わたしは殺されていただろう。
そこで、明確に――彼女との生活は終わりを迎えた。
彼女は里を見捨てられない、里の者と共に人間と戦うと、わたしに告げた。
里の者に受け入れられないわたしとは、もう一緒にいられないと。
「あの砦、を、壊して、あそこの人間、を、みんな殺して、くれば、里のみんな、も、アイナを受け入れて、くれる、かもしれない、けれど――」
そう言った後で。
「――そんなの、無理だよ、ね」
困ったような顔で、笑った。
わたしはそれを、生涯で最後に向けられる笑顔なのだと、思った。
彼女についてここに残れば、他のドラゴンによってわたしは殺される。
それを避けるためには、砦の人間を一人残らず殺さなければいけない。
わたしはまた、「殺すか」「殺されるか」の二択を迫られた。
結局、あの男の――父の言うとおり、わたしには「殺すか」「殺されるか」の選択肢しかないのだと思った。
そこから先は、よく覚えていない。
ただ、石の砦が崩壊する音と、逃げ惑う人々の足音。
そして、絶望に染まった悲鳴が辺り一帯を覆い尽くしていた気がする。
わたしを受け入れてくれた彼女と、その彼女が生まれ育った里を守りたい。
そんな思いで、ドラミルナの砦を破壊した。この砦がなくなれば、あの大勢の人間は国へ戻ると知っていたから。
国崩しというものをたった一人で成し遂げた『鬼』を、わたしは知っていたから。
騒音に包まれながらも、何も聞こえず。
逃げ惑う人々が目の前を行き交っていても、何も見えず。
無音で無心な、孤独な世界にわたしは立っていた。
そんな世界でただ一言だけ、わたしの耳に届いた言葉があった。
とても聞き慣れた――決して好きにはなれない言葉――
「『鬼』だぁ!」
絶望に濡れたその言葉は、父の前に立った者すべてが口にしていた言葉だった。
そうか……わたしも、父と同じなのか。
わたしは、所詮……鬼の子か。
そのくせ、誰一人として殺せない、半端者の――鬼。
その日から、わたしはただ「殺されるため」だけに生きていた。
一人で魔獣の巣へと赴き、一人でダンジョンへと潜り、一人で戦いの中に身を投じ続けてきた。
それでも、わたしを殺してくれる生き物は、なかなかいなかった。
剣を捨てれば、抵抗をしなければ、おそらくすぐにでも死ぬことは出来ただろう。
けれど、それは「殺されるため」に生きたとは言えない気がした。
蹂躙されるために身を投げ出すのは「死ぬため」であって「殺されるため」ではない……そんな気がしていた。
そして、あの日――
この世で一番深いと言われている前人未踏のダンジョンへ、わたしは足を踏み入れた。
魔界へと続いているとさえ言われていたそのダンジョンは、実に百階層にも及び、地下へ潜れば潜るほど、そこに生息する魔物の強さは跳ね上がっていった。
魔獣などとは呼べない、知性を持った魔の生物。魔物。
百階層にいたダンジョンの主と剣を交えた時、わたしは、もしかしたら殺してもらえるかもしれないと思った。
それくらいに、ヤツは強かった。
だが、わたしはそんな魔物にすら、勝ってしまった。
絶望を覚えるかと思ったが、感じたのはただただ虚無感だけだった。
目的を見失ったような気すらしていた。
そして、気が抜けた途端に、お腹がすいた。
てぃん……ぽぃん……てぃん……ぽぃん…………
あの足音を、わたしは一生忘れないだろう。
そのあと食べたコンソメスープの味を、わたしは、決して忘れないだろう。
そして、わたしが死ねなかった理由を――「体が『生きよう』としている」と、『わたしはまだ生きていたいのだ』ということを教えてくれたあの人を……「生きるために」生きていいのだと教えてくれたあの人の笑顔を……わたしは…………一生………………
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
アイナさんが流した涙のわけを、ボクは知らない。
けれど、その涙が悲しいものではないと、なんとなく思えた。
だから――
収穫祭をやろう。盛大に。
美味しい物をたくさん作って、食べ歩いてもらって、炎を囲んで一緒に踊ったりして……
「アイナさん。お祭りで食べたい物、ありますか?」
「え…………」
俯いて、腕を組んで、首をひねって、アイナさんは熟考する。
考えて考えて、考え抜いて……そして、涙に濡れた瞳でにっこりと笑う。
「……コンソメスープ」
それは、食べ歩きには向かない料理なんですが…………まぁ、いいか。ボクたちだけのお祭りなんだから。
なんでもありだ。
「じゃあ、特別美味しいやつ、作りますね」
「うん」
いつもの「うむ」ではなく、今の「うん」は、なんだか幼い少女のような無邪気さが感じられて……ドキッとしてしまった。
この笑顔を守るためなら、たぶんボクはどんなことだって出来てしまう。
収穫祭だろうと、他のどんなものだろうと。
あ、そういえば……
【歩くトラットリア】の中って、火気厳禁だったっけ?
たき火、出来るかな?




