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スキルマ剣姫と歩くトラットリア  作者: 宮地拓海


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133/190

39話 生きる理由 -1-

★★★★★★★★★★


 一番古い記憶は、父の背を追うように森の中を歩いている、というものだった。

 大きな剣を背負い、ずんずんと一人で進んでいく父を、わたしは必死に追いかけていた。

 幼いわたしを待つなどという考えは、あの人の中には微塵もなかった。



「この世に生物が生まれる理由は二つ。敵を殺すためか、敵に殺されるため――そのどちらかだ」



 父がわたしに教えてくれたのは、そんな言葉だけだった。


 生き物は他の何かを殺して生きている。

 生きるために殺しているのではなく、殺すために生きているのだ

 ――と、父は言っていた。


 わたしは、何かを殺すためだけに生きている『鬼』の子として、この世に生を受けた。



 だから。きっと、わたしは失敗作なのだろう。少なくとも、あの父から見れば。



「エルグロゥラは炎を吐く。イビルカイゼルの冷気のブレスを喰らえば四肢が使い物にならなくなるぞ。ドードネイブは毒を浴びせてくる。かわせ。それからエネゲルゼイマーは……」

「ま、待ってほしい! 一度に言われても……」


 この森は危険だと、油断すれば命はないと、父は珍しくわたしに助言をくれた。

 その助言にも、優しさは一切含まれていなかったが。「足手まといになるな」と、そう言われている気しかしなかった。

 一気にもたらされる魔獣の名称に、幼いわたしはパニックを起こしていた。

 そもそも、これまで魔獣の名前など教えてもくれなかったのに、いきなり名を言われてもどれがどれだか、皆目見当がつかなかった。


「――ならば、自分でなんとかしろ」


 それ以上、父は何も語らず、次々に襲いかかってくる魔獣を討ち滅ぼし、深い森を突き進んでいった。

 幼い日のわたしは、不安と恐怖で、泣きながら父の後を追った。


「立ち止まれば死ぬぞ」


 それが、わたしが聞いた父の最後の言葉だった。




 父とはぐれ、深い森の中、無数の魔獣に襲われた。

 ぎょろっとした目玉を持つ大きな鳥に。

 土から急に這い出してくる蛇のような鱗を持つ昆虫に。

 巨大な腕を持つ二足歩行の蜥蜴に。

 数え切れない程の魔獣に、わたしは襲われ続けた。


 名前も覚えられず、特性も分からず――わたしは、いつしか自分でそれらに名を付けていた。



「ぎょろ目鳥は炎……ウロコ虫は冷気……ゲキョゲキョトカゲは毒を吐く……ホーホー鳥は爪と牙…………」



 正しい名前など必要なかった。

 わたしがソレと認識さえ出来れば、それでよかった。


 それが、わたしが導き出した答えだった。


 一人になり、自分のペースで歩くようになって、いろいろと考える時間が増えた。

 すべての生き物を「殺すため」に生きていた父は、どういうわけか、わたしだけは殺せなかったようだ。

 だから、わたしに「殺される」生き方を求めたに違いない。

 わたしはそう思い、一人で魔獣の森の中を歩き続けた。


 八歳で父とはぐれ、行く当てもなくその森に住み着いて四年。

 とても甘い『赤いつるつるの実』と、猛毒の『赤いつやつやの実』を間違えて食べてしまったわたしは、森の中の泉で水を飲んで解毒を試みていた。

 三日ほど身動きが取れなくなっていたが、その頃には、森の中にわたしを襲おうとする魔獣はいなくなっていた。


 だから、不意に接近してきた“彼女”に、わたしは驚いた。


「人間は、ドラゴンが、嫌いです、か?」

「…………」


 突然の出会い、そして突然の質問に、誰かとコミュニケーションを取るための言葉を教わらなかったわたしは、なんと返事をすればいいのか分からなかった。

 だから、たくさん考えて、持てる知識のすべてを使って、わたしはその問いに答えた。


「……食べたことは、ない」


 そうしたら、わたしと同じくらいの年格好をしたその幼い女の子は――


「……ぷふっ」


 小さな肩を揺らして、笑い出した。

 おかしそうに。

 楽しそうに。


 両手で口を押さえ、それでもこらえきれなくなったら今度はお腹を抱えて。

 そして、笑顔でわたしにこう言った。


「それは、奇遇。わたしも、ないよ、人間を、食べたこと、は」


 そう言った彼女の顔がなんとも可愛らしくて。


「…………ふふっ」


 今度は、わたしが笑う番だった。

 二人して、顔を見合わせて、笑った。


 思えば、あれが初めてだった。

 声を上げて笑ったことも。

 誰かに笑みを向けてもらったことも。



 私はその時、生まれて初めて「殺されるため」ではない時間を過ごした。



 彼女がドラゴンであるということは、会った直後に彼女から聞かされた。不思議なことに、わたしはその話を一切疑うことはなく素直に信用していた。

 人化を苦手とする彼女だったが、わたしを怖がらせまいと、いつも人間の姿でいてくれた。

 人間の言葉を覚えたばかりの彼女と、まともな会話をしたことがなかったわたしの言語レベルは、悔しいかな、ほぼ同じくらいだった。


 彼女は、この森の向こう、龍の里に暮らすドラゴンで、この森に強い力を感じて様子を見に来たのだという。

 里に残るドラゴンを守るため、返り討ちに遭っても構わない幼く弱い彼女が偵察に来たのだと。


「今は、自分の子を、守ること、しか、出来ない。親のない、わたしを、誰も守らない。その余裕、が、ない」


 彼女の両親は、人間に殺されていた。


「ひとりぼっち、一緒。アイナと、わたし」

「うむ。……そう、だな」

「今日から、ふたりぼっち」



 そんな言葉が、わたしに幸せという感情を教えてくれた。

 わたしと彼女は、森と里の間で静かに暮らすことにした。

 血の繋がりもなく、種族すら違う彼女だけれど、わたしが家族だと思えたのは彼女だけだった。



 けれど。

 彼女との生活も、長くは続かなかった。


 何かの偶然か、それとも彼らの執念がそうさせたのか……

 竜の里が人間に発見されてしまった。


 そして、それから時を置かずして――ドラミルナの騎士たちが、龍の里を襲撃した。






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