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スキルマ剣姫と歩くトラットリア  作者: 宮地拓海


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36話 おへそと頬と -2-

「あっ! こんなところにお店が!」


 突然、シェフが大きな声を出した。

 そして、一軒の衣料品店を指差す。


 そこの店先には、さっきすれ違った踊り子の着ていたような、ひらひらすけすけの衣装が綺麗に飾られていた。


「……タマちゃん。歯、食いしばろうか?」

「すみません、間違えました! 隣のお店でした!」


 シェフが慌てて指を差し直した先には、駆け出しの冒険者や町から出ないような一般人が着るための軽装を取り扱っているお店があった。

 基本的に『装甲』という物はなく、多少頑丈な衣服や、オシャレなドレス鎧などが売っている。

 ドレス鎧は、女性冒険者に人気の、フリルやふわふわのファーをあしらった鎧で、防御力よりも見た目にこだわった装備品だ。

 キッカの鎧も、ドレス鎧に近い。胸当てには可愛らしい細工が施され、華美ではないが全体的にさりげない可愛らしさが演出されている。


 一方のわたしは、防御力重視。


「…………わたしは、重い女だ」

「剣姫。たぶんだけどさ、意味違っちゃってるから、それ」


 わたしも、少しはオシャレというものをしてみようか。

 たとえば……


「おへそだけくりぬかれたフルプレートアーマーとか」

「その意味のない露出は、ただのエロだから」


 実用性がないと、キッカは言いたいのだろう。

 ……確かに、その通りかもしれない。


「けどまぁ、オシャレしてみたいなら可愛い服でも買ってみれば? 結構いい服置いてるみたいよ」


 シェフが指定した衣料品店を指差してキッカが言う。

 可愛い服……


 店内へ足を踏み入れると、衣類の匂いがした。

 わたしが行くお店は、だいたい鉄と油の匂いがしているのだが、この店は違う。

 衣類と、革の匂い。


 なんだか、オシャレな気がする。


 ずかずかと店の奥へと突き進んでいくキッカを見送り、わたしは入り口付近の服をなんとはなしに見ていく。

 ――と。


「あ……これ、かわいい」


 落ち着いた色のドレスがあった。

 リボンやフリルがたくさんあしらわれていて、全体的にふわふわした印象を与えるドレス。

 冒険には向かないけれど、町の中で、お祭りを見て歩くくらいなら差し障りのないデザイン。

 王宮貴族のような豪奢なドレスではなく、オシャレな女の子がちょっと気合いを入れてオシャレする際に着るような、そんなドレス。


 そのドレスを、わたしは手に取る。

 そして。


「シェフ」


 店内をうろついていたシェフのもとへと駆けていく。

 どうしても、シェフに見てほしかった。


「これを、見てくれないだろうか?」


 手にしたドレスを広げてシェフに見せる。


「わぁ。綺麗なドレスですね」

「……うん」


 綺麗だと言ってくれた。

 同じ感想を持ってくれたことが嬉しくて、少しだけ言葉に詰まってしまった。

 よかった、シェフが気に入ってくれて。

 ……これ、買おうかな。


 でも、その前にサイズを調べないと。

 折角買っても着られないのでは意味がない。

 そう思い、鏡の前で、そのドレスをそっと体に当ててみる。――シェフの。


「うむ。似合う」

「……あの、アイナさん? なぜ、ボクに?」

「似合うかと思って」

「似合うわけないですよね!?」

「大丈夫。シェフは、かわいい」

「悪しき記憶を思い出させないでくれませんか!?」


 シェフの顔が真っ青に染まり、そして頬を乱暴に袖でぐりぐり拭う。

 心なしか髪の毛が逆立っているように見える。……鳥肌、だろうか。

 しかし、それなりに時間は経ったというのに、まだ不快感が消えていない様子だ。

 もしかして……


「……毒?」

「まぁ……近しいものがあるかもしれませんね……」


 そうか。

 あの男たちは手に毒を仕込んでいたのか……それを見破ってキッカは『悪い男』と言っていたのだろう。

 わたしは全然気が付かなかった。まだまだだな、わたしは。


「まぁ、毒こそ受けてないですけど」

「受けてないのか?」


 どっちなのだろう?


「でも、毒の方がまだマシでしたよ……」

「毒の方が!?」


 毒よりも酷い状態なのだろうか。

 迂闊だった。やはり触れられる前に相手の腕を切り落とすべきだったか……


「あ、あの、シェフ! く、薬を買ってこようか?」

「いえ、そういうことではなくて」

「では、どういう?」

「えっと……」


 少し困ったような顔で頭を掻き、そして、わたしの目を見つめてくる。

 ……えっと、…………なんだろう、か?


「嫌だったら、すみません」

「え……?」


 言うが早いか、シェフの手がそっと――わたしの頬に触れた。



 ゾクゾクゾク……ッ!



 途端、全身に電撃が流れた。

 抗うことも出来ないような、体の奥深くをイナズマが駆け抜けていくような感覚。

 触れられている頬が熱い。

 心臓がきしむ。

 呼吸が……出来、ない……


「こうやって、急にほっぺたとか触られると、なんか、なんとも言えない気分になりますよね」

「……!」


 言葉が出てこないので、必死に何度も頷いた。

 そう、言葉に出来ない。まさに、言葉に出来ない感情。

 それを今、わたしは味わっている。


「…………あっ」


 短い声を漏らし、数秒間停止した後、シェフが物凄い勢いで後退していった。

 ばびゅーん、と。


「す、すす、すみません! あのっ、これは決して痴漢ではなくてっ、ただの下心というか、……それじゃ痴漢だぁ!?」


 両手で頭を掻きむしり、天を仰ぐように体をのけぞらせて吠える。

 神の慈悲を乞う堕天使のような、悲痛な心情がひしひしと伝わってきた。


「すみません! ボ、ボク、あ、あっちの、鎧とか、見てきますっ!」


 そう宣言して、シェフは棚の向こうへと姿を消した。

 シェフの姿が見えなくなり、慌ただしい足音が遠ざかっていき……すとん……と、その場にへたり込んだ。

 足に、力が入らない。

 ヒザがガクガクと震えている。


 頬が、まだ熱い。


「――っ!?」


 熱を帯びる頬を、袖で乱暴にこする。

 決して、シェフに触れられたのが嫌なわけじゃない。嫌であるはずがない。

 だけれど……



 恥ずかしくて、仕方がない。



「む…………ゎぁぁあああ……っ!」


 大声を上げることすら出来ずに、わたしはその場にうずくまった。ひれ伏した。

 ……シェフはすごいな。

 こんな攻撃を受けて、平然と立っていられるのだから。

 わたしは無理だ。

 こんなの……耐えられない。


「ヒザが……こんにゃくのようだ…………」


 それからしばらくの間、わたしは謎の状態異常に悩まされ続けた。

 麻痺なのか混乱なのか……とにかく、わたしの体は、その場から一歩も動くことが出来なかった。







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