35話 にぎわう街、行き交う人 -4-
「なんか、あんまり参考にならないね」
「うむ。どれも見たことのあるような格好ばかりだ」
「ボクは、結構楽しかったですけどね」
お店の中にいると、こんなに大勢の人を見ることなんてないから。
でもきっと、お店や町の様子じゃなくて、行き交う人をこんな真剣に見ているのなんて、ボクたちくらいしかいないだろうな。
……なんて思っていたら。
「ねぇ、そこのかわい娘ちゃんたち」
なんか、チャラそうな冒険者風の男三人が近寄ってきた。
……うわ、いたよ。ボクたち以外にも行き交う人を見てた人たち。
ボクたちとは違って、物凄く邪な心で。
「あら? あたしたちに何か用かしら?」
キッカさんが、最初に出会った頃のような口調で返事をする。
あ、今なら分かるけど、あの口調――相手との間に分厚い壁を作っているんだ。
自分の方が明らかに強い。そのことを承知した上で「あたしの相手がまともに出来るつもり? ならやってみなさいよ」っていう挑発。一種の威嚇。
今みたいに砕けた口調で話してくれるのって、喜ばしいことだったんだなぁ。
で、そんなキッカさんの『お前らの相手なんかするかバーカ』バリアーにも気付かず、鎧姿の三人衆はボクたちを囲むように接近してくる。
く……通行の邪魔にならないように端によけたせいで、背後は飲食店の壁だ。逃げ場がない。
「俺たちさぁ、王都じゃ結構名の知れた冒険者なんだけどさぁ」
へらへらとしゃべりながら、男たちが接近してくる。
追い込み漁みたいに、詰め寄ってくる男たち。……近い。
「君たち可愛いねぇ。俺らと一緒に祭り見学しない?」
「好きなお酒をご馳走するよ」
「俺たち、この町で一番大きな宿に泊まっているんだ。もしよかったら、遊びに来ないか?」
……なんだろう。ムカつくな。
どこぞで有名なのかなんなのか知らないけれど、なんでその程度のことでアイナさんやキッカさんがお前たちなんかと一緒に祭りを見てお酒を飲まなきゃいけないのか。
あまつさえ、泊まっている宿に遊びに行くなどと……
「あたしたちを口説こうとしてるの?」
キッカさんの言葉に、ほんの少し、薄ら寒い気配を感じる。
……あ、怒ってる、かも?
「わたしは興味がない。他を当たってほしい」
アイナさんは完全に無関心だ。
「なぜ他人と祭りを? お酒を? なぜ?」って、ナンパされてるって自覚がまるでなさそうな顔をしている。
「つれないこと言うなよ~」
「そうそう。俺たちといれば、楽しいことたくさん経験出来るぜ?」
「なぁ、いいだろう?」
三人衆の内の一人が腕をすっと持ち上げた。
その腕をさりげなく前へと突き出し………………一体、誰を触るつもりだ?
ボクは静かに拳に力を込める。
……おかしなマネをしたら、その時は…………
ボクの両隣で、キッカさんが懐に、アイナさんが剣の柄に手をかける。
そのことに気付きもしない男は、愚かにも――色白で柔らかい頬に手を添えた。
アイナさん……と、キッカさんの間を素通りして、ボクの頬へ。
「……………………へ?」
「ふふ。驚いた顔がとってもチャーミングだよ、かわい娘ちゃん」
ぅぞぞぞぞぞぞぞぞぞぉっ!
鳥肌が!
全身にサブイボがぁっ!?
この人、何言ってんの!?
かわい娘ちゃん? ボクが?
はぁ!?
「ぶはっ!」
隣でキッカさんが盛大に噴き出す。
笑ってる場合じゃないんですけども!?
「あはははっ! そ、そっかそっか……タマちゃん……可愛い、もんね……あははは! そりゃ、ナンパくらいされるわ…………くふっ……くふふふふ!」
もう!
キッカさんはボクが困ることを喜ぶクセがある!
そういうのよくないですよ!
と、アイナさんを見ると――
「うむ。シェフは、可愛い」
なんか納得してた!?
「だが……」
ギィン……と、鈍い音がして三人衆全員の鎧が地面へと落下する。
「女性の肌に無断で触れる行為は看過出来ない」
アイナさんの視線が、魔獣を睨みつけるそれと同じ色に染まり、真っ青な顔で震える男たちへと向けられる。
「手を、離せ」
「は…………はい…………すみませんでしたっ」
落ちた鎧をかき集め、もつれる足で逃げ出す男たち。
あの人たち、本当に名の通った冒険者だったのだろうか?
「シェフ、大丈夫だった?」
アイナさんが、男に触られたボクの頬を柔らかい布で拭いてくれる。
ハンカチっていうような可愛らしいものではないけれど、その布からはアイナさんの香りがした。
「あ、ありがとう……ござ…………むぅ……」
助けてもらって、気遣ってまでもらったのに……なぜだろう、素直にお礼が言えない。
「町には怖い人が多い。くれぐれもわたしたちからはぐれないように」
「えっと……アイナさん」
「返事は?」
「……はい」
「よろしい」
柔らかい布で反対の頬まで拭いて、にっこりと微笑むアイナさん。
いや、ですから……
「ボク、そもそも女性ではないんですが?」
『女性の肌に無断で触れる行為は看過出来ない』と怒ってくださったわけですが、男なんですよね、ボク。
「もちろん、分かっている。でも――」
その後に続いた言葉は、確信とも取れるような、自信に満ちあふれた声でもたらされた。
「この中ではシェフが一番可愛いから」
まるで聖女のような素敵な笑顔でアイナさんが言い、ボクの隣ではキッカさんが物凄く楽しそうに笑い転げていた。
……納得いかない。




