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5話 ボクの名前 -2-

「あ、あのっ」


 アイナさんは、おどけていた顔を幾分キリッとさせ……キリッとし切れてはいないけれど……まだ熱の引かない赤い頬を隠すように右手の甲を左頬へとあてて、視線を逸らしたままで囁くように言う。


「でも、びっくりするから……あまり、言わないでほしい」

「あ…………は、はい。えっと……以後、気を付けます」


 手首で口元が隠れ、一層赤い瞳を際立たせる。

 微かに潤んできらきらと輝くその瞳を見ると、「反論」という選択肢がボクの中から消失してしまった。

「そうじゃないんです」

「誤解です」

「いや、でも実際可愛いですし」

「とか言ってるその仕草も超か~わ~い~い~!」

 ――などなど。脳裏に浮かんだ言葉は、浮かんですぐさまゴミ箱行きとなった。

 もっとも、そのどれも口には出来なかっただろうけれど。


「そ、それで、あの! ど、どうかな?」


「どう」?

 何が「どう」なんだろう?


「わたしを、ここで働かせてくれるのか?」


 あぁ、その「どう」か。


「はい。一応……」


 ボクとしては、一も二もなく大賛成したいところなのだが……


「ただ、現在この店のオーナーが迷子……行方不明になっていまして。ボクの一存で正式に採用というわけにはいかないんです」

「行方不明? それは、心配だな」

「いいえ、全然」

「え……? そう、なのか?」

「はい。いつものことですし。お師さん、結構しぶといですし」


 実際、半年くらい迷子になっていたこともあった。

 なんだかんだで、外の世界を旅して楽しんでいるのだろうと思う。


「ですので、お師さんの了承が得られるまでは採用(仮)ということで」

「(仮)、か……うむ。それでもありがたい。どうか、よろしく頼む」


 すっと伸びた背筋が綺麗に倒される。

 アイナさんは一挙手一投足、すべてが綺麗だ。姿勢がいいんだろうな。

 剣士って、みんなそうなのかな?


「あぁ、でも一点」


 ここで働く上で、おそらくかなり重要度の高い情報を知らせておく必要がある。


「ご覧になったかもしれませんが、この【歩くトラットリア】は、その名の通り歩きます。歩き回って、世界のあっちこっちに移動するんです。ですので、自宅からここに通うというのは、現実的に不可能になりますので…………」



 ドクンッ――



 そこまで言って、とんでもないことに気が付いた。

 この【歩くトラットリア】で働くということは、ここに住むということだ。

 お師さんが迷子になって、現在ボク一人しか住んでいない、この【歩くトラットリア】に。


「こっ…………ここで、一緒に寝起きをするということに、なり……ます、けれど……それでもよろしいで……」

「ここで寝起きを?」

「わぁ、すみません! でもそうしないと無理なんで、諦めてほしいというか、あ、あのっ、大丈夫ですから! 全然変なこととか考えてにゃいれす!」


 噛んだ!

 変なこと考えてますと白状したのと同義だ、これ!

 やらかしたぁ!


「そうしてもらえると、こちらも助かる」

「…………へ?」


 想定外の言葉に、間の抜けた声が出てしまった。

 おそらく、それに即して相当間の抜けた顔をしているのだろう。

 アイナさんが「ん?」みたいな感じで首を傾げている。

 不思議がっているボクを見て、不思議がっているようだ。


「えっと……いいんですか?」

「むしろこちらが聞きたい。いいのか?」

「それは、はい。大歓迎ですけれど、でも…………え?」


 二人っきり、なんだけどなぁ……年頃の、若い男と女の子が。

 ん?

 なんか、警戒とか、まったくされて、ない?


「わたしには帰る場所もなく、長く利用していた宿も、今回のダンジョン探索の前に引き払ってしまったのだ」


 ダンジョン。

 それは、今【歩くトラットリア】がいる、この場所のことなのだろう。

 アイナさんが最後に入ったダンジョン。

 そこでアイナさんは…………


 だから、宿を引き払ってしまったのだろう。

 もう二度と、戻ることはないだろうと思っていたから。


 うん。

 照れている場合じゃない。

 なんとしても、ここにいてもらわなきゃ。

 アイナさんがきちんと『生きよう』と、心の底から思えるまでは。


「それじゃあ、今日からいろいろとお願いしますね」

「こちらこそ。世話になる」

「たぶん、ボクの方がたくさんお世話になると思います」


 ……主に、目の保養的な意味で。(猥褻な感情は省く)


 ………………嘘です、ごめんなさい。省ききれません。






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