35話 にぎわう街、行き交う人 -1-
「お師さんを置いてきて、本当によかったのだろうか?」
外の景色を眺めながら歩いている時に、ふとアイナさんが呟いた。
なんて優しい人なんだろう。
「その言葉だけで、お師さんはきっと成仏してくれますよ」
「タマちゃん。死んでないから」
「死ぬ前に成仏したって、誰も咎めませんよ」
「……タマちゃんって、カエル師匠のこと嫌いなの?」
「え? 尊敬してますけど?」
「…………どの辺が?」
キッカさんの眉間に深いしわが寄る。
心の底から尊敬し、生理的にちょっと無理なだけです。そういう関係なんです、ボクとお師さんは。
「お師さんは一人で出掛けるのが好きなんですよ。ボクも、一緒に出掛けたことは一度もないんです」
「そうなのか?」
「えぇ。なので、お祭りが見たくなったら勝手に出歩きますよ」
「迷子にならなきゃいいけどね、カエル師匠」
「迷子になっても、一年以内には帰ってきますよ」
「……捜しに行かないの?」
「見つからないんですよ、お師さん。小さいから」
そりゃ捜しますけどね。一応。
でもまぁ、待っている方が合理的かなと。
「とにかく、心配は無用です。今ここにお師さんはいませんが、みなさんの心の中で生き続けていますから」
「だから、死んでないから」
ボクは、お師さんのことを一生忘れないだろう。うん。
「そんなことよりも、町が見えてきましたよ!」
歩く【ドア】で町へ入ると大騒ぎになるかもしれないと、町から少し離れた森の中で外に出たボクたちは、その森からてぽてぽと歩いて十五分弱、ようやく町へとたどり着いた。
「わぁ……!」
思わず声が漏れた。
これは仕方がない。だって。
「賑やかですねぇ~!」
町に人が溢れかえっていた。
近隣諸国からかき集めてきたかのような賑わいだ。
「建物にも飾り付けがされてるんですね」
花やカラフルな紙で鮮やかに彩られた町の門をくぐり抜けると、これまた華やかに飾られた建物がずらりと並んでいた。
門を抜けた先は大通りになっていて、威勢のいい呼び込みの声と、豪快に笑い合う人々の声が耳に心地のよい騒音として聞こえてくる。
店先にテーブルを出し、そこで肉を焼いたりビールを売ったりと、各商店が祭りの賑わいに花を添えている。あちらこちらからいい香りが漂ってくる。
「すごい熱気ね! やかましいくらいだわ」
「ボク、こういうの初めてなんで、楽しいですよ」
「え~!? なに!?」
「楽しいですよっ!」
周りの喧噪にかき消されないように大きな声で返事する。
ビールと魔獣の肉の燻製を売っているお店の前は物凄い人だかりが出来ていて、普通に会話するのも困難だった。
「アイナさん。何か食べますか?」
「シェフ……が、いい」
「え?」
ボクを……食べたいと?
それはそれで光栄なような……食べられる瞬間って、チューされたことになるのか……そんなことを考えていると、アイナさんが顔を寄せてきた。
食べられる!?
「シェフの料理が、いい」
耳元で、はっきりとした口調で言われる。
あぁ……背筋がぞくぞくする……アイナさんの息…………いいっ。
ではなく。
「ボクの料理はいつでも食べられますから、今日はお祭りの雰囲気を楽しみましょう」
「……うむ。それも、そうか…………」
納得したのかしていないのか、よく分からないけれど、アイナさんは首肯する。
そして、立ち止まって大通りに並ぶ出店をぐるりと見回す。
「……コンソメスープは、ないのだろうか?」
「ないんじゃないですかね……たぶん」
あまり、歩きながら食べるようなものでもないですしね。
ないとは言い切れませんけれど。




