34話 異国の正装 -1-
「収穫祭って、どんなことをするんですか?」
セナちゃんを救出してから二日。
あれから【歩くトラットリア】は平穏そのものだった。
……まぁ、先日ちょっとしたプリン事件があったりもしましたが。
心の傷が癒えるのに丸一日を要しました……すみません。もう作りません。
「収穫祭? とっても楽しいわよ! そうね! みんなで行ってみましょうよ!」
……プリン事件で、なぜか心に深い傷を負ったらしいキッカさん。しかし、何が彼女の心に傷を負わせたのか、ボクは知らない……大きいおっぱいを目の当たりにして抉られたのかもしれない……胸が。あ、胸って、心がってことですよ? 『胸が締めつけられる』みたいな。
「あっ、そういえば! 収穫祭が明日ってことは、今日辺り前夜祭やってんじゃないかなぁ?」
そんな理由からか、今日のキッカさんは声が大きい。
まるで、昨日一日をなかったことにしようとするかのように。
「前夜祭なんてやってるんですね!?」
「そうなの! やってるの!」
「うわぁ、楽しそうだなぁ! 行ってみませんか、みんなで! ねぇ、アイナさん!」
「う、うむ……それより、二人とも。なぜそんなに大きな声で?」
「普通ですよ!」
「そう! 全然普通! いつも通りよ!」
「そ、……そう、か?」
幸いなことに、アイナさんは気付いていない。
何をかは明確には表現出来ないが、何かに気付いていない。
そう、邪な感情や劣情に!
「元気があっていいじゃないですか!」
「うん! 元気が一番!」
「そ、そう……だな」
若干引かれているが、「こいつ、おっぱい作って喜んでやがった……うわぁ……」とか思われるよりかは全然マシです!
このまま、有耶無耶にしてしまおう!
「大きな声を出すと、元気になりますよね!」
「そうね! 大きければ大きいほどいいわよね!」
「はい! 大きいことはいいことです!」
「大きいって素晴らしいわね!」
「大きい……」
「大きい……」
「「…………ごふっ!」」
「シェフ!? キッカ!?」
……『大きい』というワードはよくない…………どうしてあんなに大きい物を作ってしまったのか、無意識の時のボク……
ボクが床に四肢を突いてうな垂れた時、なぜかカウンターの向こうでキッカさんも同じようなポーズを取っていた。
この話……早く風化しないかな。
「それで、前夜祭に行くのか?」
アイナさんが話題を変えてくれた。
あぁ女神様がいる。
その女神様に足を向けるような行為を……ボクは……恥ずかしい。
今日からまっとうに生きよう。そうしよう。……出来る範囲で。
「そうですね。ボク行ったことないので、一度見てみたいです」
ボクは、あまりこの店から出ることはない。
買い物に行ったり、お師さんを捜しに出掛けたりするくらいだ。
人混みとか、割と苦手なので。
でも、アイナさんやキッカさんと一緒なら、楽しいかもしれない。
素直にそう思えた。
「アイナさんは行ったことありますか?」
「確か、子供の頃に……けれど、あまり楽しかったという記憶がない……」
「そうなんですか?」
収穫祭という名前から、なんとなく楽しげなイメージをしていたのだけど、そうでもないのかな?
「幼い日のわたしは、父に付いて収穫祭に行ったことがある」
「へぇ。お父さんとですか」
「…………」
「あ、あれ? どうしました?」
「い、いや……」
アイナさんが俯いて前髪をいじり始める。
「シェフがわたしの父を『お父さん』と呼ぶと……なんだか、むず痒い……」
「あ、すみません……面識もないのに……」
「いや……」
「それで、『お父さん』がなんだって?」
妙に『お父さん』を強調して、キッカさんが会話に参加、いや復帰してくる。
他の人の父親のことはなんと呼ぶのが正しいのだろう……「おじさん」?
いやでも、見ず知らずの、会ったこともない人を「おじさん」認定するのも、それはそれで失礼なような……「アイナパパ」? ……うん。それはない。
「父は、ある依頼のためにその町へ訪れていたので、出店を回ることもなく、踊りに参加することもなく、ただ人混みの間を歩かされただけで……周りの、同じ歳くらいの子供たちが楽しそうにしていたからなおさら……ただ羨ましいばかりで、とくに楽しいとは感じなかった」
「そう……なんですか」
アイナさんのお父さんは、あまり子煩悩な人ではなかったのかな。
いや、会ったこともない人のことを思い込みで決めつけるのはよくない。
重要なお仕事があったからかもしれないし。




