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ユトレア年代記  作者: 秋山らあれ
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第五章  再会と兆し(5)





 「手応えが無さ過ぎましたね」

 その日の対戦を総て終えラドキース達の元へ戻って来た時、ファランギスはやや不満げな表情であった。

 「まあ、そうぼやくな。また明日があるであろうに」

 「そうですね。明日の対戦相手に期待するとします」

 「一度も負けなかったのに、嬉しくないの? ファランギス?」

 不思議そうに見上げてくるエルに、ファランギスは困った様な笑みを向ける。

 「いいえ、そんな事はありませんよ、エル様。勿論嬉しいですとも。ただ、呆気無く終わってしまったというだけの事です」

 「ふうん」

 少女は、依然不思議そうに首を傾げた。そこへすかさずロジェリンが口を挟む。

 「ファランギスは、相手があんまり弱かったんで不満なのさ。ど〜も、被虐趣味があるみたいだよ、ファランギスには」

 「ひぎゃくしゅみ?」

 「こらこら、ロジェリン」

 ファランギスは、顳かみを押さえながら、内心うんざりと溜息を吐く。

 「父様、 “ひぎゃくしゅみ” ってなあに?」

 「うむ...、人に苛まれる事に喜びを見出す嗜好の事だ」

 「苛まれるって? 苛められる事?」

 「ああ、そうだ」

 少女はつぶらな瞳を更に見開いて、驚きの表情を隠しもしない。ファランギスは、嘆かわしいと言わんばかりに目を覆った。

 「殿下、貴方まで姫に何を真面目に解説なさってるんですか? 私にそんな趣味はありませんよ」

 「無いのか?」

 「当たり前です!」

 「誠にか?」

 「疑っておられるんですか!? 一体何を根拠に?」

 半ば向きになりながら抗議する乳兄弟に、ラドキースは悪戯っけな瞳でさらりと言う。

 「冗談だ」

 「貴方のは、冗談に聞こえないんですよ」

 途端に脱力したファランギスに、ロジェリンは腹を抱えて笑い出した。


  

 王城前の広場では、本日最後の対戦が行われていた。観衆等のどよめきに、ラドキース一行も気を引かれ、そちらへと歩み寄ってゆく。

 「父様、見えません」

 訴える娘に、ラドキースは屈んで見せる。するとエルは嬉々として父親の肩に乗った。長身の父親に肩車されたエルからは、試合の様子が誰よりも良く見えた。双方、傭兵然としたなりの男達の対戦であった。一人は大柄であったが、片や相手は革製の胴衣を着け傭兵然としてはいたものの、割に細身の男であった。動く度に、後ろで括った肩よりも長い明るい金色の髪が刎ねる。剣同士の鳴り響く音の間隔は早い 。


 「へえ、中々面白い試合ですね」

 暫く成り行きを眺めていたファランギスが、やがて口を開くとラドキースも同意した。確かに見応えのある試合だと思いながら、ラドキースはその金髪の男の姿に何かを呼び覚まされた様な気がした。そんな時、肩の上のエルが父を呼んだ。

 「あの人、何だかどこかで見た事がある様な気がします、父様」

 「やはり、そう思うか? エル?」

 「父様も?」

 「うむ....」

 娘の意味するのがどちらの人物かなど、問い質すまでも無かった。ラドキースは、遠目から金髪の男の剣遣いを注視する。確かに見覚えがあった。

 「何だか、お魚のおじちゃんに似てる....」

 「良く覚えていたな、エル」

 「うん、父様」

 見覚えのある容姿とその剣遣いに、ラドキースも微笑んだ。

 「何だい? 知り合いなのかい?」

 ロジェリンが驚いた様に尋ねれば、ラドキースは苦笑を返す。

 「どうもその様だ。他人のそら似でなければな」

 「へえ、どっちだい? 大きい方? それとも金髪頭の方?」

 「金髪頭の方だ」

 「一体どなたなんですか?」

 「お魚のおじちゃん!」

 ファランギスの問いに、エルが満面の笑みで答えると、ロジェリンの口からは間の抜けた声が上がった。





 思わぬ処で見かける事となった “お魚のおじちゃん” こと、ユールスに会いに行きたがるエルを諭し、一行は宿へと戻っていた。あまり深く人と接触するのは得策では無いと父に諭されると、エルは少し肩を落としたが、素直に頷いた。

 そして今、一行は宿の食堂の奥まった席で夕食を摂っている最中であった。

 「美味しいっ♪」

 エルは、トラジェク名物の牛の煮込みを頬張り無邪気な笑顔を見せた。

 「たんとお食べ、エル。今度いつ又真っ当な食事にありつけるか分からないんだから」

 ロジェリンが横目でファランギスを見ながら傍らのエルに囁く。

 「今、何か棘を感じたが、気のせいか? ロジェリン?」

 ファランギスもエールの杯を片手に横目でロジェリンに視線を返す。

 「気のせい、気のせいっ! 被害妄想甚だしいよ、ファランギス」

 ロジェリンが左掌をひらひらと振って、わざとらしい笑顔をファランギスに向けた。

 この旅で、事実上財布の紐を握っていたのはファランギスであった。尤も、路銀を作るのも彼が担っていたわけではあるが...。

 「ひょっとして、笑いを堪えてるんですか? 若先生?」

 ファランギスは、傍らで顔を背けているラドキースに気付いて尋ねた。

 「いや、別に..。エル、沢山食べて大きくなるのだぞ」

 ラドキースがごまかすかの様にエルに話しかけると、少女は嬉しそうに頷く。

 「しかし、あまり大きくなり過ぎても困りますよ、エル様」

 すかさず言葉を引き続けるファランギスにロジェリンがむっとする。

 「悪かったね、大き過ぎて」

 「別にお前の事を言ったわけでは無いが、ロジェリン。被害妄想甚だしいぞ」

 ファランギスがにやりと笑うと、ロジェリンはあからさまな怒り顔を主君の乳兄弟に向かって突き出した。

 「やれやれ...」

 ラドキースは苦笑を浮かべながら、エルはにこにこと笑顔のまま、同時に煮込みを口に運んだ。


 「ねえ父様、お魚のおじちゃんは、もう漁師を辞めちゃったのでしょうか?」

 「さあな。本人に尋ねてみぬ事には何とも言えぬな」

 ひょんな出会いから短い間、共に旅をした陽気な青年は、別れ際 『漁師になる!』 と言っていた筈であったが、この分ではそれも適わなかったのであろうか...、それともただ単に飽きただけなのか...。幼い頃より剣を下げて生きて来た者にとって、剣を捨てる事は、精神的にもそう容易い事では無いという事をラドキースも知っている。自分達父子に追いはぎを働こうとしたにも拘らず、何故か憎めなかった男の悪びれぬ愛嬌のある笑顔をラドキースは思い出した。

 「あの金髪頭って、どんな知り合いなんだい? 若先生」 

 ロジェリンが思い出した様に尋ねると、ファランギスも興味を示した。

 「以前、ほんの短い期間、共に旅をした事があったのだ」

 「信頼に足る人物だったんですか?」

 ファランギスが思わず尋ねると、ラドキースは小さな笑いを洩らし、「さあ...」 と答えた。

 「何だって、 “お魚のおじちゃん” なんだい、エル?」

 ロジェリンは不思議そうに尋ねた。

 「あのね、お魚を獲るのがとっても上手だったの」

 「へえ〜、魚獲りがね〜」

 エルは何を思い出したのか、くすくすっと可憐な笑い声を零しながら頷いた。

 ファランギスは今一つ納得が出来なかった。本当にこの王子は、信頼に足るとも分からぬ人物を簡単に寄せ付けたのであろうかと。昔のラドキースならば、そんな事は決して無かったであろうにと。







 試合が進むにつれ大会は白熱して行った。王都のあちらこちらの酒場では盛んに賭け事が行われ、男達は夢中になっていた。ファランギスに賭ける者がどれ程いたかは定かな処ではないが、前大会の優勝者の名を知る者は少なからずあった。尤も、前回に引き続き今回も、ファランギスは偽名を使ってこの大会に参加している。彼とて嘗てはユトレア王家とも縁続きの大貴族であり、皇太子であったラドキースの乳兄弟にして側近であったのだ。そのファランギスの生存の事実が明るみに出れば、ハーグシュやスラグがどのような手段に出ようかなど想像には難く無い。ならば、この様な場で本名を曝して危険を冒す必要など無い。



 秋晴れの青空の下、尾を引く様な金属音と共に大きな歓声が沸き起こった。観衆に混じり、その対戦を見学していたエルとロジェリンも、興奮して声を上げていた。

 「勝った! 又、勝ったよ!!」

 ロジェリンが辺りも憚らずにはしゃげば、父親の肩の上でエルも無邪気に両手を振り上げてはしゃぐ。そんな二人の様子に、ラドキースは微笑んだ。

 「誰もファランギスに歯が立たないよ、若先生! でっかい口叩いてただけあるね、ファランギスの奴ってば」

 「見直したか? あれの事を?」

 「うん、まあね。でもよく考えたら、ファランギスって若先生と互角の腕してたんだっけね。普段、憎ったらしいから忘れてたよ」

 年甲斐も無く興奮に頬を紅潮させながら、そんな事をぺろりと言うロジェリン。

 「あ、見てっ! 父様もロジェリンもっ!」

 ラドキースの肩の上で、エルが突然叫んだ。エルの指差す方向へと二人が目を向ければ、試合を終えた後のファランギスが、数名の女達に囲まれている様子が見て取れた。その光景に、はしゃいでいたロジェリンは数度瞬きを繰り返した。

 「ファランギスが女の人達に囲まれちゃった」

 「あらま......」

 「引く手数多な様だな」

 「その様だね....」

 今しがたの上機嫌とは裏腹に、眉を顰めながらファランギスへと目を向けているロジェリンの背を、ラドキースがポンと叩いた。

 「お前も、ねぎらいに行ってやったらどうだ、ロジェリン?」

 「ななっ、何であたしが!?」

 「良いから、行ってやれ。私達は、この辺りで待っている」

 「で、でも、きっとお邪魔だよ。若先生」

 「らしくも無く弱気な事を言うのだな。良いから、行って助け出してやってくれ」

 再度ラドキースに背を押されたロジェリンは、髪を掻きむしりながら渋々とその場を離れた。気の進まぬ足取りで十歩程歩いた処で、ふとラドキースの不自然な言葉に気付く。

 「助け出してやってくれ...? って、何を??」

 ロジェリンは、訝しみ振り返る。ラドキースとエルがこちらを見送っていた。エルが手を振っている。ロジェリンはエルに手を振り返してやると、その言葉の意味に首を傾げながら再び歩き始めた。

 

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