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ユトレア年代記  作者: 秋山らあれ
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第五章  再会と兆し(4)




 目にも鮮やかな赤毛を背に垂らした長身の美女を、すれ違う者達が皆振り返り見て行く。物々しい男達の行き交う中で、唯でさえ目立つ容貌の彼女は、殊更人目をひいた。

 「皆がロジェリンを見て行くよ」

 美女と手を繋いで歩くエルが、傍らのロジェリンを見上げた。

 「あたしがデカいから、珍しいんだろう」

 美女は、肩を竦めた。

 「違うよ。ロジェリンが美人だからだよ」

 「ええ〜っ! 全く口が上手いねえ、この子は」

 わははっと、美女は照れ笑う。 

 「ファランギスも、ロジェリンは美人だって思うでしょ?」

 突如後ろを振り返った年端もいかぬ少女に話を振られ、ファランギスは微かに狼狽えた。だが幸いな事にマントのフードを被っていた為、顔の表情も見えず、その微妙な狼狽を気取られる事は無かったであろう。唯一、傍らを歩いていたラドキース以外には.....。

 「まあ、そうですね、確かに人並み以上ではありますか、エル様」

 その歯切れの悪いながらも一応は少女に同意する返答に、ロジェリンは意外な言葉を聞いたとでも言いたげな顔で振り返り、ファランギスの横を歩いていたラドキースは、深く被ったマントのフードの中で苦笑していた。

 「素直じゃないな」

 「はい?」

 「何でも無い。気にするな」

 「気にするなと仰られてもですねえ...。貴方の言葉には、近頃頓に引っかかりを感じる事があるんですがねえ、“若先生” ? 一体、何を仰りたいんですかねえ....?」

 「分からないのか?」

 「まあ、分かる様な分からない様な....」

 溜息と共にぼやく乳兄弟に、ラドキースはまた、低く短い笑い声を零した。

 「それにしても、すごい人だねえ」

 ロジェリンが辺りを見回しながら、誰へとも無く話しかける。王都は、実際に随分な人出であった。それも、傭兵風の剣を下げている物騒な輩が目につく。

 「皆、大会に集まって来た者らか....」

 「まずそうでしょう」

 後ろを歩く男達も、それとなく辺りに視線を配っていた。

 「傭兵らしき者達が多いのだな」

 「ええ、以前来た時も傭兵が多かったですね」

 「以前にも来たのか?」

 「はい。ちなみに、勿論優勝しましたよ」

 何でも無い事の様にファランギスは打ち明けた。初めから自信満々な分けである。男達がそんなやり取りをしていると、横手から寄って来た傭兵風の男が、前を行くロジェリンの肩に馴れ馴れしく腕を置いた。


 「よお、いい女じゃねえか、子連れの姉ちゃん!」

 「馴れ馴れしくすんじゃないよ、この酔っぱらいがっ!」

 途端に柳眉を逆立てたロジェリンは、その腕を邪険に振り払った。

 「そんなつれない事言うなよ。一晩付き合えって、可愛がってやっから」

 言うや男は酒臭い息をまき散らしながら、再びロジェリンの肩を抱き寄せようとする。ロジェリンはすかさずエルを後ろに庇いながら身を引くや、マントを振り払って腰の剣に手を掛けた。

 「血を見たいなら、付き合ってやっても良いが?」

 口調をがらりと変えたロジェリンは、殺気の隠った瞳で相手を睨みつけた。

 「何だい、勇ましいんだな」

 男は、馬鹿にしたかの様に笑い出す。


 「血を見たいのなら、私も付き合おうか」

 「面白そうだな。私も付き合おう」

 突然起こった声に、酔漢は笑いを納めた。

 「何だと〜?」

 一瞬いきり立った酔漢も、赤毛の美女の両脇にすいっと立った長身の男達に気圧されたのか、惚けた表情となる。

 二人ともフードで顔は見えなかったものの、その口元に浮かぶ冷笑と、これ見よがしに見せつける腰の長剣は、不埒者を怯ませるには充分であった様である。

 「何だよ、連れがいんのかよ、ちぇっ」

 どうやら形勢不利と見たのであろう、その不埒な酔漢はふらりとその場を離れて行った。


 「ったくっ!」

 ロジェリンは毒突くと、剣から手を離した。胸元の開いた、長いスカート姿でありながら、腰にはしっかりと長剣を帯び、背にはしっかりと弓と矢筒を背負っている。見るからに勇ましい美女ではある。

 「武器を背負っていても、けしからぬ輩が寄って来るとは、お前も難儀だな、ロジェリン」

 「全くさ、若先生。やれやれだよ」 

 ロジェリンは、口をへの字に曲げながら、エルの手を再び取る。

 「まあ、物好きは何処にでもいるものだ」

 「何となくむかつく物言いだね、ファランギス」

 顳かみをひくつかせながら口角を上げるロジェリンは、中々に迫力があった。そんなロジェリンの手を、エルが突然嬉々として引っ張った。 

 「何だい!? エル!?」

 「見てっ! ロジェリンっ!」

 瞳を輝かせる少女に示された方へと目を向けると、ロジェリンも年甲斐無く一緒になって瞳を輝かせた。ラドキースとファランギスが不思議に思い二人の視線の先へと目を向けてみれば、女達の好みそうな装飾品を並べた露天があった。無邪気に駆けて行く女達に、二人はちらと目くばせを交わしながら苦笑いを零した。


 「姫を見ていると、始めてお目にかかった頃のセレーディラ様を思い出しますよ、殿下。誠に良く似ておられる」

 露天で商われる品々を、傍らのロジェリンと共に楽しそうに手に取ったりしている幼い少女の姿を眺めながら、ファランギスがしみじみと言った。

 「ああ....、そうだな」

 ラドキースはファランギスに相槌をうってやり、ふいにくすりと笑いを零した。

 「殿下?」

 「いや、あれが生まれた時の経緯を思い出したら、可笑しくてな...」

 「それは、又、何故なにゆえに?」

 「ちと難儀したのだ」

 「難儀とは...?」

 「セレーディラが産気づいた時、旅の途中でな、人気の無い森の中であったのだ」

 「...そうだったんですか!?」

 初めて聞かされる話に、ファランギスは榛色の瞳を丸くして驚いた。

 「あの時は心底焦った。私が子を取り出さねばならぬかと思ってな」

 そう言ってラドキースは再び軽く笑う。内心の衝撃を押し隠しながらファランギスも笑った。

 「いかな殿下でも、子の取り出し方など、ご存知無かったでしょうね?」

 「当たり前だ」

 「それで見付けたのが樵の家だったというわけですか」

 「ああ。樵に女房がいて助かった」

 「はははっ。貴方の焦る姿というのを拝見したかったものだ」

 「人事だと思って」

 男達は、一頻り笑う。が、しかしファランギスは笑いながらも、分かっていた。この王子は仮令焦ろうとも、それを面に出す事など無いのだという事を、ファランギスは長い付き合いから知っていたのだ。


 



 トラジェクの王都で年に一度に開かれるという武闘大会は、無礼講に近いものではあったのだが、武器はといえば、そこはやはり剣を使う者が大半であった。出場者の出自は殆ど問われない。それ故に国内からだけでは無く、近隣諸国からも職を求める下級騎士や傭兵等が集まって来るのである。仮令優勝出来なかったとしても、ある程度勝ち抜く事が出来れば、どこぞの領主の目に留まり取り立てられるかもしれない。そんな望みを胸に、求職中の者達がこれに参加する。また、賞金を目当てに集う血気に逸る腕自慢達も勿論いる。そんな内の一人である筈のファランギスは、大会参加申し込みが締め切られる時刻ぎりぎりの処で辛うじて登録を済ませ、後は飄々としていた。そして....、大会一日目、いともあっさりと勝ち抜いたのであった。


 

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