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ユトレア年代記  作者: 秋山らあれ
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第四章  風の盟約(12)






 「あたしは以前、公都でユトレアの黒将軍殿下とハーグシュの王女殿下の姿絵を見た事がある。初めて若先生に会った時、あの黒将軍の姿絵に似ていると思った」


 ロジェリンの声は人目を憚るかの様に低かった。立ち尽くすエルの元に歩み寄ったファランギスの目元が険しくなる。そして皆に背を向けるラドキースからは、低い笑い声が零れた。

 「髪の色のせいでその様に見えただけであろう...」

 「あたしは、ハーグシュ王女の姿絵も良く覚えてる。姿絵の王女は微笑んでいた。エルはよくあんな顔をして笑う」

 「.......」

 「浮ついた、いい加減な気持ちなんかじゃないんだ。今まで誰かに仕えたいなんて考えた事は一度だって無かった。アルメーレ公だって、仕えるに値する奴だなんて思った事は無かったんだ。でも、貴方は違う」

 ロジェリンは素早くラドキースの前へ躍り出ると、彼の沈黙の前に跪いた。

 「私を臣にお加え下さい、ラドキース殿下。剣に誓って貴方とエル姫に我が忠誠を捧げます」

 それまでとは打って変わったロジェリンの口調と素振りに、厳しい表情のまま傍から様子を見守っていたファランギスは驚いた。

 「馬鹿な事を....」

 ラドキースは目の前に跪く赤毛の女騎士を見下ろし呟いた。

 「馬鹿な事だとは思いません。貴方は我が命をかけるに相応しい」

 ロジェリンの翠緑の瞳は、強い光をたたえながら射る様にラドキースを仰ぐ。

 「私は貴方に何かを期待し望んでいるわけではありません。貴方は主君と仰ぐに相応しい人物だと思っただけの事。どうか私を貴方の臣に、ラドキース殿下」

 己の正体を否定も肯定もせぬまま、ラドキースは翠緑の双眸を見詰めた。暫しの沈黙が流れ行くと、やがて小さな溜息がロジェリンの耳に届く。

 「私は、戦を起こす事になるやもしれぬ」

 「元より承知の上にて」

 諭す様な音を帯びるラドキースの言葉に、ロジェリンは引き締まった騎士の表情で頷く。

 「私は、お前に何の保証も約束もしてはやれぬ」

 「かまいませんっ!」

 「私に....、お前を巻き込めと言うのか....?」

 ロジェリンを見下ろすラドキースの黒の双眸には苦悩の色があった。

 「私はそれを望んでいます、殿下」

 ロジェリンは微笑み静かに答えた。

 「馬鹿な事を、ロジェリン...」

 哀し気に目を細めラドキースが低く呟く。ロジェリンは半ば縋る様な表情でラドキースを見上げている。

 「みすみす平穏な生活を捨てる事も無かろうに....」

 ロジェリンを見詰めていたラドキースは、やがて目を伏せた。

 「好きにするがいい...」

 その言葉にたちまちロジェリンは破顔一笑し、深く頭を下げた。

 

 意外な成り行きにファランギスは目を丸くしていた。ラドキースがまさかロジェリンを受け入れようとは思わなかったのだ。だがファランギスは主君に対し異を唱えはしなかった。これからの長旅に、見るからに北方系の顔立ちをしているロジェリンを伴う事は恐らく負の要素にはならないと考えたのだ。

 「エルッ! お許しが出たよっ!」

 ロジェリンがファランギスの傍らにいたエルに向かって両手を広げると、エルは心底嬉しそうに駆けより、その腕の中に飛び込んだ。ファランギスは苦笑を浮かべながら頭を振った。

 「一体、お前は何者なんだ、ロジェリン?」

 ファランギスが尋ねると、美女はフンっと鼻を鳴らした。

 「何者かだって? あたしはロジェリンだよ。他の何者でもないさ」

 その可愛くも無い返答にファランギスは、肩を竦めながら訴える様な表情をラドキースへと向けた。

 「元公国騎士だ」

 ラドキースが腕を組みながら教えてやると、ファランギスは素っ頓狂な声を上げた。

 「まさかっ!?」

 「はいはい、まさかで結構。あんたなんかに信じてもらわなくたって結構さ。若先生とエルが信じてくれるから、それで充分だね」 

 そのロジェリンの非友好的な態度に、ファランギスの眉間にも皺が寄る。

 「可愛くないぞ」

 「可愛くしている年でも無いんでね」

 ファランギスとロジェリンの言い合いに、エルはくすくすと楽しそうに笑い始めた。もう泣いてなどいなかった。




 ロジェリンは旅支度に加え、小振りな弓と矢筒を背負っていた。

 「実は、剣よりこいつの方が得意なのさ」

 そう言って、勇んで夕食の為の狩りに出て来た。辺りは、既に薄暗い。鳥は無理であろうとも、兎位は見付かるかもしれないと期待しつつ、ロジェリンは弓を片手に息を潜めながら木々の間で獲物の気配を伺っていた。


 「いつ頃気付いたんだ? 殿下と姫の正体に?」

 突然潜めた声をかけられ、ロジェリンははっと顔を上げた。いつの間に近付いたのか、そこにはユトレア皇太子の乳兄弟の姿があった。ロジェリンの表情がたちまち不機嫌なものに変わる。

 「会って程なくだよ」

 「それで私にあんな嘘を言ったのか?」

 「あんな、嘘って?」

 ロジェリンは不機嫌を隠しもせずに問い返した。

 「殿下がエデワ生まれで、おまけに生まれてこの方エデワを出た事も無いなどと」

 「だったら何さ?」

 「そうか..」

 「文句あるのかい?」

 「いや、その件に関しては無い。だが、この先殿下と姫に対し害なす事などあらば私の剣は容赦無くお前を斬り捨てよう。その事、ゆめゆめ忘れるな」

 ファランギスの射る様な瞳にロジェリンは唇を噛み締めた。

 「何て嫌な奴なんだ、あんたは」 

 「嫌な奴で結構だ。主君をお守りするが私の使命故な。黒将軍無くして、ユトレア再建などありえない」 

 「...分かってるよ。あたしだって、若先生とエルを守りたいんだ。でも、そんなのおこがましい事だって分かってる。だからせめて、二人の助けになりたいんだ。二人に害なすなんて、そんな事するもんかっ」

 吐き捨てる様に言ったロジェリンは、悔しさの為か拳を握りしめていた。 

 「それなら良いさ。まあ、機嫌を直して狩りを続行してくれ。期待してるぞ」

 表情を緩めたファランギスは、ロジェリンの肩をぽんと軽く叩いてその場を離れて行った。

 「くぅぅぅ〜っ! 何だってあんな嫌な奴が若先生の乳兄弟なんだっ!?」

 後には、一人地団駄を踏みながら悔しがるロジェリンが残された。



 ファランギスへの怒りが功を奏したのかどうなのか、ロジェリンは夕食の為に見事な鹿を射止めて来た。

 「大したものだな...。ただの商売女じゃ無かったんだな....」

 「そっ! ただの “商売女” じゃ無かったのさ。お生憎様だね。見直したかい?」

 素直に感嘆するファランギスに、ロジェリンは皮肉のこもった言葉を投げ返す。

 「雀の涙程は、な」

 ファランギスも又、意地の悪い言葉をさらりと返す。

 「むかっ!」

 ロジェリンは美しい面に青筋を立てながら、短剣をすぱっと抜くと、まるで八つ当たりでもするかの様に凄い勢いで獲物を捌き始めた。どうもこの二人は決定的に性格が合わないと見える。


 「ねえ、父様。ロジェリンとファランギスは、何だかお似合いですね」

 肉を焼く為に火を起こしていたラドキースは、娘の言葉に、まるで余興の様に皮肉の応酬を続けるファランギスとロジェリンの姿へと目を走らせる。

 「ふむ、そういった見方もあるわけか。成る程...」

 ラドキースは娘の指摘に感心しつつ、おもしろそうに二人の様子に目を向けていた。



 「何ですか、殿下? その意味ありげな笑みは? エル姫まで...」

 枝に刺した鹿肉を火で焙りながら、ファランギスはたまりかねて尋ねた。

 「いや、別に。おまえとロジェリンを見ていると退屈せぬと思ってな」

 その言葉に、ファランギスとロジェリンは揃って目を剥く。

 「どういう意味ですか?」

 「そうだよ。どういう意味だい、若先生?」

 「そのままの意味だ。なあエル」

 「はい、父様」

 意味ありげに微笑みあう主君父娘に、ファランギスとロジェリンは目を見合わせ、何となく不機嫌になり顔を顰め、互いにそっぽを向いたのであった。



 第四章 終





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