第一章 終焉と苦悩、そして.....(10)
ファランギスが出陣してしまうと、ラドキースは表の世界から完全に遮断されてしまった。塔の守役に戦況を尋ねたりしてみたが、平民出身のその守役はラドキースとあまり口を利きたがらず、あまり詳しい事は分からなかった。
毎日が単調に、何も分からぬままに過ぎ去って行った。
季節は移り変わって行き、どれ程の月日が過ぎ去った頃であったか、ある日を境に守役が姿を現さなくなり、年若い衛兵が食事を運び込みラドキースの身の世話をする様になった。不思議に思い尋ねてみると、守役は姿を晦ましたのだという。
「戦況は完全にユトレアが不利となりました。あの守役は、己の身を案じて城から姿を消したのだと思われます」
黒将軍に心酔するその年若い衛兵は、率直且つ礼儀正しくそう答えた。
ハーグシュの国土の大半が既に奪還された事を、ラドキースはその衛兵から知らされた。ハーグシュ、スラグ、エドミナの連合軍に加え、今ではハーグシュの民達も参戦しているのだという。男達は無論の事、女子供達から老いた者達までもが王国奪還の為に立ち上がったのだという。
「知らぬ間にハーグシュは正統な持ち主達の手に戻ったわけか。随分と早かった物だ....。国を奪われた者達の心意気には、やはり敵わぬものなのだな、そうは思わぬか? ハイデル」
テーブルに頬杖をつき、細長い窓から見える空を眺めつつラドキースは衛兵に話しかける。しかしその実、彼の黒い双眸は何も映してはいなかった。その傍で衛兵が痛まし気な瞳を向けていた事に、ラドキースが気付く事は無かった。
ある日、すっかり顔見知りになった衛兵ハイデルが、年若い娘を一人伴って来た。見覚えのあるその娘の顔に、ラドキースは口を開く。
「そなたは....、確かカリナ....」
ラドキースに名を覚えられていた事が嬉しかったのか、カリナははにかみながらも、にこりと微笑み膝を折って頭を下げた。
「やはり女手があった方が何かと行き届くかと思いまして....。本日からこのカリナが殿下の御身の周りの世話をさせて頂く事になりました。その...、彼女は私の幼馴染みでして」
衛兵はほんの少し頬を染め、カリナにちらりと目を向ければ、カリナも又控えめにハイデルへと瞳を向ける。
「そうなのか」
きっと相思相愛の仲なのであろう二人の様子に、ラドキースは静かに微笑む。
「すまぬな、カリナ。そなたは私の所為で、あの様な酷い目にあったというのに....」
王子のその実直な表情と言葉にカリナは首を横に振って答えた。
「殿下は私を助けて下さいました」
「始めに私を助けたのは、そなたの方だったであろうに....」
カリナは微笑み、もう一度首を横に振った。
ハイデルとカリナは何くれと無くラドキースを気遣い、実に良く世話をした。ハイデルから報告される戦況は決して思わしい物では無く、ラドキースは案じながらも何も出来ない己にもどかしさを感じ、そして罪人である事を理由に総てを諦めようとする。
己はここで何をしているのであろうか.....、何の為に生きながらえているのか.......。ああ、生き恥をさらす為であったかと思い至る度に滑稽で、ラドキースは独り自嘲の笑いを零す。そして乳兄弟の身を案じ、親しかった者達の身を案じ、セレーディラの身を案じた。
「殿下、又、考え事をしておられるのですか?」
明るく唄う様な声に突然思考を遮られ顔を上げると、いつの間にかカリナが扉口に立っていた。
「....ああ、すまぬ...」
カリナは愛嬌のある笑みを浮かべながら、手にしていた茶の道具を壁際の台の上に置く。
「そなたの訪れにも気付かぬ程、私は惚けてしまったようだ。武人としては失格だな」
苦笑するラドキースに、カリナもクスっと小さな笑い声をたてる。
「殿下が武人失格でいらしたら、世の武人は皆失格だとハイデルならきっとそう申しますわ、殿下」
「褒め過ぎだ」
「そんな事ございませんわ。殿下は総てにおいて優秀過ぎますもの、たまには惚けて下さった方が嬉しいですわ。何だかほっと出来ますもの」
カリナの意外な言葉に、ラドキースは目を丸くする。
「そういうものなのか?」
「はい、それはもう! 私の様なおっちょこちょいで不出来な者にとっては」
瞳を見開いて大仰に頷いて見せるカリナの姿に、ラドキースも思わず笑い声をたてる。ともすれば塞ぎがちであったラドキースの心は、大らかで明るい気質のカリナに随分と癒された。
「殿下、只今お茶を御入れ致しますわ。とっても美味しい焼き菓子をお持ち致しましたから」
「ほう? どうりで良い香りがすると思った」
「でございましょう? 私が焼いたんですの。ハイデルもそのお菓子だけは褒めてくれますのよ、殿下」
カリナは答えながらてきぱきと動く。
「ハイデルはいるのか? いるなら呼んでくれ。せっかくだから三人でそなた自慢の焼き菓子を楽しもう、カリナ」
ラドキースの望みに、カリナは実に嬉しそうに頷いた。
近頃では、こうしてハイデルとカリナがラドキースの話し相手を務める事も少なく無かった。話題は専ら思わしく無い戦況へと傾くのだが、沈んだ空気を振り払ってくれるのは決まってカリナの朗らかさであった。
「そなた等、祝言は上げぬのか? カリナももう、この秋で十九であろう?」
ハイデルとカリナの微笑ましい様子にラドキースが尋ねれば、二人揃って頬を赤らめた。
「そっ、その...」
急に口ごもるハイデルと俄に憂いを帯びた表情を見せたカリナに、ラドキースはおやと思う。
「何か問題でもあるのか? そなた等、想いあっているのであろうに?」
「それが....、色々と......」
ハイデルまでもが暗い表情を見せ溜息を洩らす。
「カリナの両親も、私の両親も、私達の仲を認めてくれないものですから....」
ハイデルは騎士階級の出であり、カリナは裕福な商家の娘とはいえ一般市民であった。ハイデルの両親は、跡取り息子であるハイデルの嫁には同じ階級の娘を望み、カリナの両親は貧乏騎士などに娘はやれないと突っぱねているのだと言う。
「階級...、貧富....か.......。その様な物の無い世を造れたら良いのにな.....」
ラドキースの呟きに、ハイデルとカリナは諦めに似た微笑みを浮かべていた。
それから大して日も経たぬ内の午後の出来事であった。ラドキースは狭い窓から外を眺めていた。先程から本城の大きな窓の内側へと目を凝らしているのだが、今日はやたらに人が慌ただしく行き来している。
「気のせいか、城内が騒がしく見えるな、カリナ」
「えっ?」
せっせと牢内の掃除に精を出していたカリナは、ラドキースの言葉に顔を上げた。その時、塔の階段を駆け上がって来る軍靴の音が聞こえて来た。余程に急いでいるのか、あっという間に階上まで来ると、扉外を守る衛兵と二三言葉を交わしてから扉を叩く音を響かせた。鍵は掛かっていなかったらしく直ぐさま扉が開くと、血相を変えたハイデルが駆け込みラドキースの前に跪いた。
「どうしたのだ?」
「総大将が討ち取られ、我がユトレア軍は壊滅状態だとの報がもたらされました」
カリナが息を呑んで両手で口を覆った。それと同時に、彼女の手を離れた箒が石畳の床に落ちて音をたてた。それが酷く大きな音に感じられた。
「誠か?」
ラドキースは衝撃に双眸を細める。
「はい。北と東の砦も既に落とされ、敵軍はもう王都のすぐ傍まで迫っているとの事です。こうなっては、もうどうにもなりますまい」
ハイデルは苦悶と焦燥の表情で拳を握りしめた。
討ち取られた総大将はユトレアの第二王子、ラドキースの異腹の弟であった。それにも拘らず、ラドキースは血を分けた弟の死に悲しみを覚える事が出来なかった。幼い頃から縁の無い間柄であった。他人以上に他人であり、隙あらばこちらの失脚を狙う敵でもあった。その異母弟が、ユトレア北部の守りの要の一つであった砦で討ち取られた。恐らくは付き従っていた名軍師フォンデルギーズも命を落としたのであろうかと思うと、ラドキースはいたたまれない思いがし、溜息を吐いた。フォンデルギーズには少なからずの縁があったと共に、良き師であったのだ。また、ウルゲイル・トーランは.....? ファランギスは........? 案じてみても、最早詮無い事の様に思われた。
「このユトレアの歴史もいよいよ幕を閉じる時が訪れるのか。思えば、結構長い歴史であったのにな......」
ラドキースは、感慨深気にそんな言葉を口に上せる。
「落ち延びて下さい! 殿下!」
ハイデルは必死の面持ちで訴えた。
「殿下さえ生き延びて下されば、このユトレアの希望は途絶えません、どうかっ!」
しかし、ラドキースは悲し気な目をして首を横に振った。
「すまぬが、それは出来ぬよ、ハイデル」
「殿下....、このままでは貴方のお命が.....」
しかしラドキースは無言のままハイデルの腕を取って立たせると、顔色を失い立ち尽くしているカリナの元へ歩み、その手を取ってハイデルの傍らへ導き二人の手を重ねる。
「ここで、そなた等の祝言を行おう」
「えっ?」
ラドキースはうら若い男女の重ねられた手を包み込み微笑む。
「ハイデルよ、そなたはこのカリナを生涯に渡り愛し、守り、慈しみ、いかなる時も苦楽を共にする事を、その剣にかけて誓うか?」
ハイデルは焦燥に加え困惑の表情を顔に貼付けたまま、言葉を失っていた。そんなハイデルにラドキースは再度尋ねる。
「誓うか? ハイデル」
穏やかな王子の問いに押され、ハイデルはやがて頷く。
「はい、誓います、殿下」
ラドキースは微笑み、カリナへと穏やかな瞳を向ける。
「カリナよ、そなたはこのハイデルを生涯の伴侶として、愛し、尽し、助ける事をそなたの名にかけて誓うか?」
「はい、誓います、殿下」
カリナは瞳を潤ませながら答える。
「では、誓いの口付けを」
ラドキースが二人の手を放し後ろへ下がると、二人は戸惑いながらも見詰めあい、ハイデルは身を屈めてカリナの唇をそっと塞いだ。
「これでそなた等は晴れて夫婦だ。ハイデル、カリナを連れて逃げろ。誓い通り彼女を守ってやれ」
「でっ、殿下っ!?」
思いの他の言葉に、ハイデルは激しく動揺する。
「王都が陥落した時、女達の身がどうなるかなど想像に難く無かろう。今のうちに落ち延びろ」
「ならば、殿下も」
「私がいてはそなた等に危険も及ぼう」
「しっ、しかし!」
尚も引こうとしないハイデルに、ラドキースはその表情に研ぎ澄まされた刃の鋭さを垣間見せる。
「これは命令だ。落ち延びよ」
ラドキースの厳しい声音に、ハイデルはとうとう項垂れた。その様子にラドキースも表情を和らげる。
「今の内に礼を言っておこう。そなた等には誠に感謝している。思わしくは無かった戦況に、私は王国を案じていた一方で敵国の王女の身をも案じていた。その様な愚かな私を、いつも慰めてくれたそなた達に私は......、罪悪感を抱きながらも縋っていた」
「殿下.....」
ハイデルは言葉を詰まらせ、カリナは悲しみの色を瞳に上せる。その瞳からは見る間にぽろぽろと涙が落ちてくる。
「一つだけ、最後の頼みを聞いてはくれぬか?」
「な、何なりと、殿下」
ハイデルは悲痛な面持ちで答えた。
「もしも私の乳兄弟が生き延びていたら、これを渡して欲しい」
言いながらラドキースは左手から指輪を抜き取った。冠に蔦の絡んだ剣の紋章。ラドキースの紋の入った指輪であった。
「分かりました、殿下、仰せのままに」
ハイデルは涙を流しながらその指輪を受け取ると、懐の物入れに大切に仕舞った。
「そなた等の息災を祈っている。さあ、行け」
しゃくり上げながら泣くカリナを抱える様にして、ハイデルも又泣きながらやがて塔を後にした。
二人が去った後、扉の鍵も塔への入り口の鍵も閉められる事は無かった。他の衛兵達にしても逃げ出した者も少なくは無かったであろう。もはや塔の鍵をかける者はいなかったにも拘らず、ラドキースは牢獄から外へ出ようとはしなかった。
そしてほんの数日の後に王都は陥落し、ユトレアの歴史は終わりを告げた。あまりに呆気無い末期であった。
テーブルに肘を付きながらラドキースは階下からの複数の靴音を聞いていた。片手には、セレーディラが残して行った刺繍入りの手巾があった。国が滅びたというのに、不思議な程動じてはいない自分をラドキースは訝しむ。父である王と異腹の末の弟が自害した事は、先程敵の兵から聞き知った。肉親が命を落としたというのに、やはり悲しみという感情は湧いてはこなかった。元から縁の薄い肉親達ではあったが、これ程に何も感じないとは.......。
扉が開き軍装の大柄な人物が入って来る。“ハーグシュの獅子”クウィンダン・サダガルドであった。そしてその後ろから現れたのは、ラドキースが片時も忘れた事の無かった敵の王女セレーディラであった。ラドキースは静かに微笑んだ。
「久方ぶりでござった、皇太子殿下」
サダガルド将軍は、武人らしい素振りでラドキースに頭を下げた。
「私はもう皇太子ではないよ、将軍」
ラドキースは短く笑った。
「ユトレアも滅びた故、ただの捕虜という処かな。それにしても早かったな、さすがは名将と名高いだけはある」
「貴殿が参戦されなかったからだ。黒将軍が相手であったなら、こうはいかなかったであろう。それに貴殿があの時、身を以て我らの元にお返し下された姫の存在があったからこそ、味方も集まり申した。他国を味方につける事も出来申した。改めて礼を申し上げたい」
「敵に礼を申すのか? あれは別にそなた等ハーグシュの為にした事ではない。私自身の為にした事ゆえ、気にするな」
セレーディラは一言も口を開かず、ラドキースを見詰めていた。鎧こそ着けていなかったものの、鎖帷子を着込んだ略軍装であった。
「我が主君の名において、エドミナとスラグには貴殿の助命を願うつもりだ。ラドキース殿下」
サダガルドが声を落として打ち明けた。
「それがハーグシュの貴殿へのせめてもの感謝の意だ」
「心遣い、忝く。だが私にはとうに定めを受け入れる覚悟は出来ている故、そうして頂く必要は無い」
ラドキースの穏やかな拒絶に、サダガルドは沈黙する。やがて隣のセレーディラと何やら言葉を交わすと、一礼し部屋から出て行った。
耳が痛む程の静寂が流れ、二人は暫くの間言葉も無く見詰めあっていた。セレーディラの瞳から涙が零れ、やがてゆっくりと歩を踏み出すと、ラドキースも引き寄せられる様に立ち上がった。そしてはじかれた様に駆け寄るセレーディラを抱きとめ、両腕の中におさめた。
「セレーディラ.....」
ラドキースの腕はセレーディラの細い背をきつく抱き締めた。
「そなたが無事で....、良かった....」
ラドキースの溜息の様な安堵の声に、セレーディラは堪えきれずに泣き声を漏らし肩を震わせる。
「あの時、貴方の元を離れた事を、どれ程後悔したか知れません。貴方が恋しくて恋しくて、幾度ハーグシュを捨てて貴方の元へ戻ろうと考えた事か....」
ラドキースの胸に顔を埋めながら、セレーディラは泣きながら囁いた。
「スラグがユトレア王都に刺客を放ったと聞いた時、貴方にもしもの事があったらと、身の引き裂かれる思いを致しました。もしや貴方が自害などなされやしないかと、夜も眠れませんでした。貴方がご無事で.....、本当に良かった.....」
ラドキースはセレーディラをかき抱きながら胸を痛めた。やがて彼はその愛しい頬に触れ、その泣き顔を覗き込み、そしてその唇を塞いだ。幾度も幾度も唇を重ねた。
「そなたに、もう一度会えて良かった.....」
それはまるで、今度こそ誠の今生の別れの言葉の様であった。
又来ると言って去ろうとしたセレーディラに、ラドキースは異を唱えた。もう来るなと.....。後が辛くなるだけだと優しく諭した。セレーディラは悲し気に涙を流したまま、何も言わずに出て行った。
その夜、眠れぬままに窓辺に立ち、外の暗闇に目を向けていると密やかな足音が聞こえて来た、まるで人目を憚るかの様に、扉の錠の外される音が密やかに響く。
たった一つの蜜蝋の灯りに、やがてセレーディラの姿が浮かび上がった。
「もう...、来るなと申したであろうに.....」
ラドキースの力無い呟きにセレーディラは答えず、何の戸惑いも後ろめたさも見せずに彼女はラドキースの前に駆け寄ると、己の腰から剣帯を外してラドキースへと差し出した。長らく目にしていなかったラドキースの愛剣であった。懐かしさに思わず手を伸ばす。
「何故?」
ラドキースが尋ねても、セレーディラは答えずに彼の背後から手にしていたマントを広げ着せかける。そしてすかさず前に回ると、そのマントの留め金を留めラドキースを見上げた。
「わたくしと逃げて下さいませ、ラドキース様」
低く口早に囁かれたセレーディラの言葉に、ラドキースは瞠目した。セレーディラは泣いてはいなかった。
「......ハーグシュを取り戻したというのに、そなたが逃げて何とする? 私はそなたの将来を奪う様な事は望んでいない」
ラドキースは己のマントの留め金を掴んだままでいたセレーディラの手を、やんわりと包み込み引き離した。
「嫌です...、嫌です....!ラドキース様.....!」
鬼気迫る表情でセレーディラはラドキースに縋り付いた。
「わたくしの役目は終わったのです。ハーグシュは戻ったのです。治める人間は、わたくしでなくとも良い筈です。貴方は仰って下さいましたね? わたくしが生きれば他の事はどうでも良いと.......。わたくしとて同じです。貴方さえ生きて傍にいて下さったら、他の事などどうでも良い.....。わたくしには貴方さえいらして下さったなら.....」
「祖国を裏切るのか....?」
ラドキースの残酷な問いにセレーディラは苦渋の色をその表情に浮かべながら、尚も強い瞳でラドキースを見上げる。
「ハーグシュは取り戻しました。わたくしのすべき事は成したつもりです。だから...、もう総てを捨てたい。祖国を裏切ろうとも貴方のお傍にいたいのです、ラドキース様。共に逃げて下さいませ。急がねばスラグ軍がじきに到着致します。逃げるのはこの慌ただしさに乗じた今しか無いのです。貴方が定めを受け入れてお命を終わらせると仰るならば、わたくしは貴方の後を追う所存です」
ラドキースは身動きもせずに、唯々哀し気にセレーディラを見詰めた。決意を固めた女は強い。セレーディラの空色の瞳の一歩も引かぬ気迫を見て取り、ラドキースはやがて彼女を荒々しく抱き締めた。その黒い瞳にも今や気迫が宿っていた。そしてラドキースは己の剣を身に帯びた。
その夜、ラドキースとセレーディラの姿は、城内から忽然と消えたのであった。
第一章 終