時計
※この作品はリレー小説です。
tick tack tick tack ...
時計の針は時間を刻む。人間はそれを見て時間の流れというものを簡単に把握できる。
そして、止まった時計はまた時間を記録する。
「今日も暑いなァ・・・」
駅で電車を待つ。どうやら遅れが出ているようで、あと五分ほどかかるらしい。
真夏日。慣れようのない熱は容赦なく体力を奪い、体は水分を求める。
自販機で水を買い、一口。思ったより喉が潤わない。
まずい、このままでは……! 俺の体が……。
直後、彼の体に異変が起き始める。
両腕がメキメキと変形し、それは次第に人間とは全く異なる者へと変化していた。
「水……水ゥ……!」
そう、彼は化け物。水が不足したこの地球という星で、水を求めるべく進化した人間なのだ。
「寄越せ、水ゥ……!」
彼は自販機を鋭くとがった爪で貫く。
いともたやすく貫かれたチタン製の自販機が、そこから噴水のように水を吹き出す。
「水だ……水だ……!」
次第に理性を取り戻していく男。
しかし、彼の最期はもうすぐそこまで来ていた。
「見つけたぞ、最悪の世代……!」
背後に突き付けられる刃。
男が振り返ると、そこには両腕とも刃の男が立っていた。
「お前は、人を殺すことに快楽を得すぎて体が変化した人類……!」
「ガルルルルル……」
人を殺すことに快楽を得すぎて体が変化した人類はすでに理性を保っていなかった。
「ははは、こうなっちゃあもうおしまいだネ、まあ、ボくもモウあまり猶予ハないンダケドサ!」
ー1年前ー
某研究施設
「やった、やったぞついに新薬が完成した」
tick tack tick tack ...
と、そこまで書いたところでネタ帳を閉じる。
待ち時間に小説の内容を考えるのは時間の有効活用法なのだが、如何せん茹だる頭ではロクな内容が思いつくはずがない。
日陰にある休憩イスと言えど暑いものは暑い。電車はまだかと時計を見上げ、気付く。
「あれ、まだ1分も経ってねぇのか」
時間の流れとは思ったより遅いものだな、と厚さを紛らわすためにまたネタ帳を開く。
が、さっきまで書いていたはずの内容はどこへやら。昨日寝る前にメモしたものを最後に、さっき書いたよくわからん展開はきれいさっぱり消えてしまっていた。
最後に確認を取ろうともう一度ネタ帳を手に取ろうとしたその時、突然視界が眩く輝いた。
一体何が起きたのか、彼にはまだ分かっていなかった。
彼がそれをしるのは、煙が晴れたその瞬間。
「な、なんだこれはっ!?」
そこには、先ほどまでネタ帳に描いていた謎の新薬、奇妙な新人類、無駄にでかい植物、
とにかくさまざまなものが具現化し始めたのだ。
「こ、これは……まさか、このネタ帳に恐ろしい力が秘められている……!?」
彼は戦慄した。ネタ帳からどんどん溢れてくる謎の存在。
足が一本しかないタコ。無駄に胸の大きいお姉さん。ピカソ。
彼等がネタ帳から百鬼夜行のように飛び出してくるのだ。
「どうやら君は知ってはいけない真実を知ってしまったようだね」
しりもちをつく彼の前に現れた黒服の男が語りかけてくる。
「お、お前は誰だ!?」
彼の言葉に、男は神妙な面持ちで頷く。
「私は特務機関のダゴンだ」
「とくむ…きかん?」
状況を呑み込めていない僕に男は言葉を続ける
「そのネタ帳は1年前私の研究室で開発した魔道具だ」
「ま、まどうぐ」
僕は彼が何をいっているのかわからなかった
「ふうむ、魔頬についても説明せねばならんのか」
tick tack tick tack ...
「ますます迷走し始めたぞ・・・」
ダメかもしれん。ネタ帳を閉じ、一度伸びをする。また時計を見上げるも、やっぱり進んでいる様子がない。
「あれ・・・あの時計壊れてんのか?」
いや、秒針は動いているし、1分経てば分針も動いているようだ。
ではこの違和感は何だ?一口水を口に含んで、ずしりとした重さに違和感の正体を浮かべる。
いや、まさか。
水が減ってないなんて、そんなはずが。
そうか……これは水なんかじゃあない。
これは、爆弾だ!
水の入ったペットボトルに見せかけた、爆弾なんだ!
なぜこんなものが用意されたのかは知らない。
それにこれがいつ爆発するかなんて知らない。
けれど間違いなく分かるのは、これは爆発するってことだけだ。
クソゥ、何だってこの僕がこんな目に!
とりあえず僕はこのまま投擲の姿勢に入る。
いつ爆発するか分からない以上、これは遠くへ投げて自分の身の安全を確保するしかない!
そう思ったその瞬間、その重さの正体に気付いた。
「これ……手にくっついてやがる! しかも、瞬間接着剤で! 何で!?」
余りにも唐突。気付くことさえない程唐突に起きた出来事。
しかしこれで彼に出来ることは一つに限られてしまった。
爆弾の解除。水の入ったペットボトルにしか見えないコイツの、解除。
「出来るのか、僕に……!?」
増える野次馬、何故か応援するチアガールたち。
そして背後に構えた鉄人の巨兵が、僕の心を湧き立てる……!
っは、そうだ思い出した!こうなったすべての元凶は1年前のあの出来事だった・・・
ー1年前ー
tick tack tick tack ... tick tack tick tack ... tick tack tick tack ...
「ははは、なんだこれほとんど同じネタじゃないか」
すたれたホームのベンチに一人
わたしは実家から持ってきた青春時代のネタ帳を眺める。
あの頃の私は想像力豊であった。もう20年も前のことだ。
……電車の音が聞こえる
あんなにワクワクしていたネタ帳の中の私は35歳高卒職なしのつまらない人間になっていた。
「さあ、時間だ」
僕は一歩を踏み出した
提供:ハローワーク 労働組合