奴隷としての生活:海上交易従事編
さて、ハトシェプスト女王の統治期間は古代エジプトで最も交易が盛んな時期だ。
彼女は割合と平和的に周辺の国々と交易を行っていた。
北は地中海にある島々、ミノスとかクレタとかだな。
東はアラビア半島の国々。
そして南にある国々はエジプトの主要な貿易相手であったんだ。
まあ、それは彼女の祖父や父がエジプトから異民族を追い出し、さらにエジプト周辺を軍事的に制圧してくれたからできたことではあるんだけどな。
さらに女王ハトシェプストはナイル川と紅海の間をつなぐ運河まで作っている。
この運河は、のちのラムセス2世が、堆積していたナイルの砂を掘り出して運河を復旧させて使用したものであもあるんだな。
ハトシェプスト女王は、エジプトの植民地であるヌビアと呼ばれる現代のスーダンあたりのエジプト南方地域から算出される金を用いてシリアのあたりからレバノン杉を輸入し巨大な船を作った。
エジプトには木材そのものが少いし、船を作るには向いている木と向いていない木があるからな。
船の大きさは全長25メートルから30メートルもあり大きな帆とたくさんの漕ぎ手を必要とする物だ。
因みにエジプトの船は木材をロープでつなぎ合わせ、継ぎ合わせたところは蜜蝋で防水するという割と単純な構造だが、最近まで使われてるインドのダウも同じような製法だし、日本の和船も同じようなものだから、そんなに驚くようなものじゃない。
少しあとの時代に地中海で活躍するフェニキア人は竜骨を持った、釘を使った船を作ってたらしいけどな。
三角帆の縦帆何ていうものは勿論ない時代だから追い風じゃないと帆はつかえないし、帆が大きすぎて強風にも弱い、この時代の帆はあくまでも補助的な手段だったんだ。
ナイルの上り下りくらいなら問題ないが紅海は内海とは言え海だからな結構危険は大きいんだ。
船が出る前に航海の安全祈願が盛大に行われたあと船は港を出発した。
そしてこの船には盾と槍で武装した軍人も乗り込んでいる。
平和的にとはいっても南方のヌビアやプントとの交易はどっちかというと植民地の支配者と被支配者に近いというのもあるし、どんな時代でも海賊のようなやつはいる、その対策のためだ。
南方の珍しいものを記すための絵師や暇を紛らわせる楽師や踊り子、計量を行う役人も乗り込んでいる。
船団の指揮を取ってるのは財務長官だな。
で、王家直属の奴隷である俺は、今回その船の漕手に選ばれたわけだ。
紅海の最北の湾であるアカバ湾のエイラートの港から出発し、東アフリカの現在のソマリアやエチオピア、ジブチ、エルトリアあたりのプントと呼ばれる国へ行き交易を行うのが目的だ。
今は南に向かってるから帆が風を受けてスイスイ海の上を船は進んでる。
「いい眺めだな、のどかな船旅と考えればたまにはいいかもしれないな」
しかしながらはっきりりえば古代エジプト人はフェニキア人ほど造船や航海は得意ではなく、航海や地中海よりもナイル川を使った交易や船旅をしているが、それだけプントという国は珍しいものが多魅力的な場所らしい。
なにせ、ハトシェプストの前にプントへ行ったのは500年も前のことらしいからな。
プントとの往復には北から南へ行く際は風に乗って航行するのでおおよそ一ヶ月、そして北上する際は櫂を使っての航行になる為約3ヶ月かかる。
ナイルなら北に向かうのは川を下るわけだから最悪漕がなくてもなんとかなるんだけどな。
さて、やがて船がプントに到着した。
河口の港へ船は係留されて俺達は荷物を運び出す。
「これはどこへもって行けばいいんですか?」
「ああ、それはあっちに運んでくれ」
「分かりました」
俺は監督をする役人の指示に従って荷物をおろしおろし終わると、ミルラを根っこごと運んで箱に入れる。
持ち帰った後は宮殿の庭に植えて樹脂を取るんだな。
プントからはミルラ、ミルラの樹脂である没薬や乳香のような香木や香料、杉や松や黒檀のような木材、象牙や琥珀や金、銀、化粧用の顔料などの貴重品、シナモンや食塩などの香辛料や食品、豹の毛皮やダチョウ、ヒヒや犬の羽などの珍しい動物を持ち帰る。
こちらから持っていくのはパン、ビール、ワイン、いちじくやナツメヤシなどの果物、短剣や斧といった青銅の武器、真珠や黄金の腕輪、ネックレスなどの装身具などだな。
不平等とも言えるが、プントには酒造の技術はないようだから案外喜ばれてもいるようだ。
持って帰る物の中でも特に没薬、ミルラの樹脂は寺院での儀式で香を焚くのに頻繁に用いられたし、ミイラを作る時や、医薬品をつくるさいにも使われるため重要なものだった。
さてプントだがこのあたりは割りと湿潤で木材が豊富だから家も木材で建てられていて、高床式になっている。
干しレンガの家にすんでるとなんか懐かしく感じるな。
さて、荷物を載せ終わったら北に戻るわけだが、こちらは逆風だからみんなで一生懸命オールを漕いでるわけだ、まあ奴隷だから拒否権はないし、勿論漕いでるのは俺一人じゃない、何十人もの人間で息を合わせてこくんだ。
「うーりゃさ、そいやさ」
「うーりゃさ、そいやさ」
古代は基本人海戦術が基本だから交代交代でオールを漕ぎながら船はゆっくり北に進んでいく。
流石に今回はサボってるとムチで打たれるからな。
ながいながい3ヶ月のオール漕ぎの船旅が終わると、小さな船に荷物を載せ替え、ナイル川と紅海を繋ぐ運河を通じてナイル川に向かいそこからナイルを登ってやっと戻ってくるってわけさ。
そして俺は奴隷が住む区画に戻ってきてミウを見つけるとそちらへ声をかけた。
「ただいまミウ」
「ああ、良かったわ。
無事に帰ってこれたのね」
「ああ、特に問題はなかったよ」
「そう、それなら良かったわ」
いやホント無事に帰ってこれてよかったぜ。