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奴隷としての生活:農作業編と奴隷について

 さてエジプトのナイル川は、毎年8月から10月にかけて洪水が発生して2か月程の間畑は水の中に沈む、そして季節は巡って秋になると、ナイルの氾濫も収まって、畑の水が引いたら本格的に農作業の季節だ。


 日本だと農作業の始まりは基本春からってイメージが強いけどエジプトでは秋から冬が農作業の季節だ。

だからシリウスは農作業開始の目印として使われているんだ。


 因みに基本的にエジプトは母系社会なので、基本的に土地や家の管理は女性のするものなんだな。

ファラオも基本的にはファラオの血を引いた女性を妻にしたものがなるものだ。


 エジプトで作られてる作物のメインは小麦や大麦で小麦はパンに、大麦はビールなどにされることが多い。

加えて、マメやタマネギ、ニンニク、ネギ、ラディッシュ、キュウリなどの野菜や、油を取るための作物としてゴマや亜麻、オリーブなんかも作られてる。

オリーブはすりつぶして軟膏としても珍重されてるぜ。

果物はブドウ、ナツメヤシ、イチジク、ザクロ、スイカなどが作られてる。

香辛料としてはクミン、アニス、マジョラム、シナモン、クローブ、サトウキビもすでにあるな。

甘味は砂糖として精製されるまでには至っていないが、養蜂によって蜂蜜はすでに作られてる。


 で種まきや収穫は主に女性が、土地の掘り起こしや脱穀など力がいるものは男がやることが多い、まあ男のやることは牛などの家畜が補助に使われることも多いけどな。


 今日は十分に水が引いた畑を軽く耕す作業だ。


「さて、頑張ってくれよ」


 俺はプラウと呼ばれる木製の牛に引かせるすきをつけた牛を畑に入れて、牛を歩かせて土を掘り返して畑を耕していた。

プラウは、二本の柄の先に鍬の歯のようなもの取り付けたもので、牛などに引かせて土を掘り返す、長い間農耕に使われている代表的な農具だ。

 現在の新王国時代では、青銅などの金属の刃が取り付けられたものも出てきてはいるが、そういうのはごく一部の王家直属の人間が使ってるぐらいだな。


「うぉいっしょっと」


 ウシを歩かせながら両手でプラウの柄を握って全体重を刃を地面にくい込ませて土地を耕していく。

そうたって、十分に畑が耕されたら、先に薄い青銅の刃をつけた鍬で溝を作って、種を蒔く。

俺は溝を掘る役目だ、ざっくざっくと土を掘り返して溝を作っていく。


「よし、あとはお願いしますね」


「わかりました」


 女の子が小麦の種を溝にまいていく。

とはいっても種まきは割りと適当に袋の中に入れてある種もみを歩きながら溝の中にばらまいていって、別の人間が、溝を埋めて種もみの上に土をかぶせていくだけだ。


 エジプトの農作業は世界的に見ても非常に楽な部類だ。

洪水のお陰で肥料が必要ないほど土は栄養が豊富で、柔らかくて掘り返すのも楽だ、そして乾燥による塩害に悩まされることもなかったからな。


 小麦と言うと、穂には何十もの種がたくさん実るものを想像すると思うが、ヨーロッパで実際にそうなったのはごく最近のことなんだ。

種もみ一粒を播いて、何粒の収穫が得られるかというと、ヨーロッパの小麦は長い間3から4倍、つまり1粒播いて3粒か4粒得られるのが普通だった。

それがエジプトでは5倍から30倍くらいは取れるんだな。

この差は大きい、なのでエジプトのプトレマイオス朝がマケドニアのアレキサンダー大王に征服されたあとはギリシャやローマの重要な穀倉地帯となったわけだな。


 やがて収穫の季節になると、農民たちは朝から晩まで収穫のために精を出す事になる。

麦の刈り入れに使う鎌は、現代と変わらないような湾曲した刃がついているが石製だ。

女の子が鎌を使って麦の穂先を刈り取って、畑の片隅に積み上げていく。

それをかごに入れて俺達男が別の場所へ持っていく。


「じゃあ脱穀所に持っていくぜ」


「分かりましたお願いしますね」


 畑に残った穂以外の茎は縄にしたりして使われる。

なんとも無駄のないことだ。


 脱穀は千歯扱きのような茎は通るが種は引っかかる千歯扱きに似たものに、穂を通して種を引っ掛けてひっかけて脱穀したり、穂を並べたところを牛に歩かせて踏ませて脱穀する場合があった。


 で、脱穀できたら日本では箕と呼ばれる平たい容器で種をすくい上げ、殻と一緒に空中に放り上げてもみがらと種を選別する。


 こうして収穫できた種を牛などを使って回す石臼でひいて粉にしてパンが食べられるようになるってわけさ。


 しかし、たまにはパンばかりじゃなくて麺も食べたいな。

そんなことを考える俺は贅沢なのか。


 そんな感じでエジプト人にとって農作業はそんなに辛いものではなく、収穫が楽しみなものでもあったんだな。

そんなに手間ひまかけないでも十分な収穫を得られるのだから、エジプトという土地は本当に神に祝福された土地だと思うぜ。

この頃のメソポタミアは既に塩害に苦しんで収穫が大きく減ってるからな。


 こんな感じだからエジプトは、自国の自立した労働力をちゃんと持っていたので、別に奴隷なしでもやっていけた。


 しかしエジプトが栄えてくるに連れて、衣服や靴、酒、金属製品といったものの需要は増えていき、特殊な技能や知識を持つ人材つまり異国人の奴隷の価値はとても高くなってくる、そうなると奴隷を売買する商人も出てくるようになるわけだ。


 だけど彼等は斡旋する主人と奴隷の間で契約を結んで売買をするから奴隷商人と呼ばれるだけで、実際に高い技術や特別な知識を持った奴隷は裕福なエジプトにのもとで割とのんびり働いていた。

奴隷商人は今で言う派遣会社のような商売人だった訳で、下手な現代の派遣会社なんかよりずっとまっとうな商売だぜ。


 俺は言葉が通じないということは何故かなかったが、最初のうちは文字が読めないのは結構困った。

何しろ古代エジプトの文字は古代エジプトでは石に刻むためのヒエログリフ(聖刻文字)と筆記用のヒエラティック(神官文字)とヒエラティックを崩した簡略文字であるデモティックの三種類もある。


 まあ、時間をかけて仕事の合間に覚えたりしたんで今じゃなんとか読めるし、普通に農作業や建築作業をしているだけなら別に読めなくても生活にはできるとは思うけどな。


 因みにこの時代のエジプトはまだ貨幣経済が発生していないから、給料は穀物や家畜、銀1シャト(15グラム)とかだったりする、小麦本位制で主に小麦何袋というのが通貨代わりに使われている。


 で、王家や神官、書記官みたいな働かなくても食える上級民、土地や家を持ってる中級民、それ以外は皆小作農家みたいなもんだな。


 ちゃんと法律はあるから税を収めなかったり、人殺しをしたり、物を盗んだりすれば当然罰せられるが、その中に土地と家を奪われて奴隷にされるという罰もあるが、中級民と一般民の貧富の差はあんまりない。


 なにせ基本通貨は小麦だからな、長い間おいておけば風味が落ちるからいつまでもためて置けるもんじゃない、金銀宝石のように山のようにためておくものではないってことさ。


 エジプトではナイル川の恵みがあるおかげで凶作と言うのは殆ど無い。

もちろん数年に一度は氾濫時の水位が低く、栄養の豊富な土が不十分で多少不作を招くこともあるが、大体は致命的なものではない。


 たまに致命的な時があって、それが王朝の交代に理由になったりはするようだけどな。

エジプトは一年を通じて気候も温暖で過ごしやすく、入浴や脱毛の習慣もあって清潔だし医学も案外発達してる。

まあ流石に甘味や香辛料は殆どないがまあ、その分新鮮な肉や野菜を食べることができる。


 ちなみに今のエジプトでは、1週間は10日、1か月は3週間、つまり30日。

それが12か月で360日で、残りの5日間はどうしたかというと、年末にみんなでドンチャン騒ぎをして過ごすんだ。

因みに閏日はないからどんどん暦は季節からずれていくんだが、神官は星、主にシリウスなどを見て暦を補正して農作業を行わせていたから実際はあんまり問題は無かった。

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