奴隷としての生活:建築作業従事編
さて俺がここに来て1年ほど経って、ここでの暮らしにもすっかりなれた。
今日の仕事は建築作業。
いわゆる王家の谷のハトシェプスト女王葬祭殿の建築の人夫として石を切り出したり運んだりに従事することになる。
古代エジプトというと、専制君主であるファラオが奴隷にムチを打って、重い石を引っ張らせたりなんて、重労働させる最悪な奴隷の国というイメージがあるだろ。
でも、あれ嘘なんだぜ。
実際には今のエジプトの法では奴隷と自由民の差はほとんど無くて、要は土地や家を持ってるか持ってないかの差ぐらいだ。
だから、奴隷でも土地や家を持つ自由民と普通に結婚することもできるし、その場合奴隷の身分から解放される。
正式に結婚しなくても自由民との間に出来た子供は、自由民側の親に認知されれば奴隷ではなくて自由民として扱われるんだぜ。
因みに奴隷として連れてこられたのは中東地域からが多いんだが、大半は何らかの特殊な技術や知識が必要とされる職人などの専門職だったりするんだ。
例えば酒造や製糸・織物・畜産・理髪師・馬丁.傭兵・楽師・商人・サンダル作り・庭師・召使・メイド・屠殺人・狩人の鳥射ち・川の漁師・金銀細工師なんかだな。
現代の派遣でも通訳、翻訳、速記なんかは専門技術の必要なものだし、昔はCADオペや設計なんかは派遣が重宝されてたらしいがそれと同じような感じだな。
因みにエジプトは北の方のギリシアやローマのように戦争が多いわけでもないから兵士として戦場に駆り出されることは少ない。
まあ、次のファラオのトトメス3世は軍隊にいるから軍隊そのものがないわけではないが、今はエジプトは大規模な外征は行なっていないし、書記官より軍人の地位は低いされてるな。
だから、エジプトには軍隊を支えるために働かされる悲惨な農奴はいない。
奴隷階級で農作業などの単純労働に従事する者のほうがむしろ少ないくらいだな。
まあ、そういった役目は国内の人口で基本的に賄えるってことだ。
とはいえ、エジプトの農業は洪水の時期と刈り取り終わったあとの農閑期が結構ながい。
その間は何をやっているかというと、貴族はだいたい宴会して過ごしてるが、一般市民や奴隷は、神殿やオベリスクなどのような巨大な建築物の建設に従事してる事が多い。
別にこれへの参加は強制でもないし、現場でムチで打たれるようなことはないがな。
「おはようございます監督」
俺は石切り場に近い集合場所に一番に来ていた。
「うむ、いつも1番とは感心だ。
お前たちの住んでいる場所は大体みんなそうなのか?」
「まあ、結構真面目なやつが多いですね。
特に体育会系はそういう所厳しいですから」
「体育会系の意味はわからんが、
規則にうるさいらしいのはわかった」
やがて今日、作業に参加する連中がぞろぞろ集まりだした。
別に精密な時計もないし、タイムカードもないし、時給で働くわけでもないので朝の日が登ってから、飯を食って適当な時間に集まるのが基本だ。
まあおおらかだよなぁ。
俺達は船にのってナイル川を遡りアスワンの南東の石切場まで来た。
「んじゃ始めますか」
俺達は石灰岩に縄で線を引いて、穴を開ける場所を決めて、固い岩で作った楔をまず打ち込んで石灰岩に穴を開ける、ハンマーは石製だ。
なんで鉄を使わないのかって?
鉄を作るにはすっげーたくさんの燃料が必要だが、エジプトは木材資源が少ないからな。
いちいち、楔に鉄や青銅を使っていたらただでさえ少い木がなくなっちまうんだ。
「ていっ、ていっ、ていっ!ふう……まあこんなもんかな」
そしてその穴にナツメヤシの木のクサビを打ち込んでから、それを水に浸す。
「さ、大きくなれよー」
水を含んだ木はやがて膨張して、石を砕くわけだ。
”ビキビキバキ!”
そのようにしてまずは溝を作って、縦の部分を切り出し、溝が十分な深さになったら、今度は横に楔を入れて、石を切り出すわけだ。
1つあたりの重さは2トン半ぐらいが標準かな。
石と木の楔と石のハンマーだけで、正確な大きさに石を切ることができるものなのだろうかと思うかもしれないが、人類は大体の場所で同じようなやり方で石を切り出してきてるんだ。
火薬だの石を切るためのホイールソーなんて、できたのはつい最近だからな。
「よーし、船まで運ぶぞ」
「りょーかい」
石は、木製のソリに石を載せ、同じ大きさの丸太をそのソリの下の入れてコロにして運ぶ。
砂が柔らかいままだと、木が砂に沈んでいってしまうので、砂を固めるために水をまいて、砂を踏み固めながらあとは人海戦術だな、場合によっては牛を使う場合もあった。
ピラミッドの時代では牛は神聖なる動物として労役には使われなかったようだが、現在では農耕やこういった荷物の運搬、外輪船の動力などとして使われている。
石の切り出しと運搬が終わった頃には陽もくれて、仕事は終わりだ。
労働の報酬は普段は食べられない肉や飲めない酒などが配られる。
すなわち労働の対価はごちそうというわけだ。
羊肉と玉ねぎやにんにくの串焼きを喰う。
「んー、うまいねぇ」
そんなことを言いつつ、ビールを俺は喉に流し込む。
実は古代エジプトのビールはアルコール度数が10%近い結構強い酒で、味としては白ワインに近いらしい。
残念ながらワインは高級すぎて俺には飲めないがな。
「はあ、重労働のあとのビールは格別にうまいぜ」
今日も無事に一日が終わった。
まあ、こんな風に日が出たらのんびり働いて、日が沈んだら仕事は終わって、それなりにうまいものを食って寝るっていう生活も悪くないもんだ。
昔は常に競争競争だったからなスポーツでも勉強でも。