奴隷としての生活:イシスの伝説と自由民への道
さてアカーナはすくすくと元気に育ってる。
女の子のほうが生命力は高いらしいので、最初に生まれたのが女の子だったのは幸運だっかもな。
ミウの乳を飲んでお腹いっぱいになったアカーナは今はすやすやと寝息を立てている。
「さて、もっともっと頑張ってミウとアカーナが腹を減らさないようにしないとな」
「ええ、そうね、私とこの子のためにもがんばってね」
ミウはニコニコしている。
うん、子供はかわいいな、このこのために本当頑張らないとな。
俺はなんとしてでも自由民としての地位を得るための決意をした。
「そのために頑張んないとな。
けど、どうすれば俺は自由民になれるだろう?」
「ごめんなさい私もわからない」
しょうがないよな、俺達は両方奴隷階級だ。
古代エジプトの奴隷と自由民の差は何かというと大雑把に言えばファラオから自分の家を与えられているかいないかだ。
家を持っていない奴隷は王家なり神殿なり貴族なり富裕民の奴隷用宿舎や奴隷用の別室に寝泊まりをしている。
要は家を持てば自由民となれるわけだが、勿論勝手に家をたてることはできない。
土地は王家や神殿が管理しているから、土地を貰い受けるにはそれなりの地位とか信頼が必要なわけだ。
幸いにして俺には読書や計算ができるというアドバンテージはあるが、俺がどこから来たかわからないという状態なのが痛い。
今の俺は身元不明の王家の財産の奴隷であるわけだ。
どうすればいいのだろうか?
そんなことを考えながら今日も家庭教師のためにネフゥルウラーのところへ向かったんだ。
「さて、イシス女神はセトとホルスの戦いの時もホルスをサポートしていましたが、彼女は言霊を操る最強の魔術の女神でもありました。
ホルスの側についた神は治癒や復活の魔術に長けた神々が多かったですね。
ネフェルウラーは顎に手を当て思い出すようにいった。
「はい、イシス様にトート様、ネフティス様、ハトホル様など様々な神様がホルス様を助けていました」
俺は頷いた。
「はい、そういった神々は魔術に精通していたもののあまり戦いは得意ではありませんでした。
ホルスとセトの戦いが長い間に渡った理由の一つはセト側の神々の強さに対してホルス側は槍などを使った戦いはあまり得意ではなかったというのが有ったようです」
「なるほど、そうかもしれませんね」
「さて、魔術というのは力ある言葉です。
魔術はフウと呼ばれる言霊により現実化されます。
物事全ての存在には真の名前があり、それを正確にいいあらわす事がその事象や物体、法則などを支配し現実化できるのです。
したがって、真の名前は皆秘密にしていました。
真の名前を知られることは相手に支配されることだからです」
「そうなのですね」
「ええ、そうなのです」
因みにこの真の名前という概念は結構広がったな。
「其の頃のイシスは太陽神ラーの血を引くため魔術の力は持っていたが、セトやホルスに比べると人に近い存在だったようです。
さて魔法の力を強くしようと考えたイシスは太陽神ラーに目をつけました。
イシスは、太陽の船の下に行くと、船から落ちてくるこぼれ落ちる、ラーの涎もしくはおしっこをツボで受け止め、土とまぜて魔術で毒蛇をつくり魔法で仮初めの命を与えました。
そしてこの蛇に太陽の船の乗っているラーを噛ませたのです。
毒にやられたラーは非常に苦しみました。
其の毒はラー自身の作り出したものだったので知恵の神トートにすら直せないと言われています」
「そうだったのですか」
「はい、ラーは自分の血を引くイシスを太陽の船によびよせ治すように命じますがイシスはこの毒は、あなたの隠された真の名によってしか、癒すことは出来ないと、ラーに言いました。
それはイシスに支配権を完全に譲り渡いことだったので、ラーは真の名はなかなか明かさず自分の別名を言い続けました。
しかし、ラーはあまりの苦しみに耐えられず、真の名前をイシスに言ってしまいました。
イシスはそのラーの真の名前を使い、魔術で毒を消しましたがこれによりラーはイシスに逆らえなくなりました。
そして、息子のホルスにもラーの名前を伝えたのです。
こうしてイシスは、ラーの真の名前を知ることで、全てを支配する魔術の力を手に入れ、現世の王権の守り神ともなったのです。
さて、今日はこれくらいにしておきましょう」
「はい、分かりました、今日もありがとうざいました」
そして俺はネフゥルウラーに聞いてみた。
「ええと、ネフゥルウラーちょっと聞きたいんのですが……」
彼女はキョトンとした顔で聞き返した。
「何でしょう、先生?」
「うん、俺が自由民になるためには、どうすればいいのかな、王女である貴方なら知っているかと思って」
彼女は小首をかしげていった。
「私ではわかりかねますので、お母様に聞いてまいりましょう」
「う、うん、そうしてくれると助かります。
お願いできるかな?」
彼女はニコリと笑って答えた。
「はい、おまかせください」
そして家に帰った俺は其の夜奇妙な夢を見た
『さあ、トートが未来より呼び寄せし者よ
今こそ目覚めよ』
顔が鳥の人間のような姿をした何かに俺はそんなことを言われた気がした。
「なんなんだ、今日の夢は。
目覚めよって一体なんだ?」
そして、翌日俺はファラオに呼び出しを受けた。
ファラオの前で平伏して謁見を受ける。
「その方が我が娘の家庭教師である異邦人か」
「は、そうであります」
ハトシェプスト女王はふむと顎に手を当てながらいった。
やはりちょっとお肌がタプタプしておられるようだ。
「その方が自由民になりたいと言う願いは我が娘より聞いておる。
其の方はなかなか頭がよく書紀なり役人なりに取り立て、自由民になれる能力はあるようであるが、そなたが自由民になるには身元引受人が必要だ」
俺は平伏したまま言った。
「はい、しかし、私は身寄りがない身でございます」
女王は頷いていった。
「うむ、ではそなたが私の権威を増すのにふさわしいだけの功績を上げれば、私が身元引受人になっても良い」
俺は驚きながらも更に頭を下げていった。
「は、ありがとうございます。
女王はそこで言葉をきって左右を見渡した。
周りの人間には勿論面白く思わない人間もいるんだろう。
「そこでだ、そなたには今年より開催されることになった、都市の神殿による球技対抗戦に参加してもらいそこで結果を出してもらいたい」
俺は思わず顔を上げた。
「サッカーの公式試合があるのですか?」
女王は俺を押しとどめるように手をかざして言葉を続けた。
「図が高いぞ。
うむ、そなたに影響された神殿の者たちが皆昔のように球技をやるようになってな。
ではどこの都市の神殿が優れているか勝負しようでではないかと、そうなったわけだ。
ちなみに我がワセトよりはホルス神殿が出場する」
「つまり我が王都のサッカーチームに入って優勝すれば……」
「うむ、そなたにはエジプトの民に尊敬されるだけの理由ができる。
どうだ、やってみるか?」
王の言葉に俺は勿論頷いた。
「はい、機会を下さりありがとうございます」
俺は王宮を退出し、家に戻った。
「もしかしたら、俺をこの時代に呼んだ存在はこれが目的だったのかな」
サッカーはもともと宗教的行事だったようだが、いつの間にか廃れて殆ど行われなくなってしまったらしい。
それを嘆いていた神様でもいたのかも知れない。
「なんとしてでも優勝しないとな」
俺は高校のサッカー部時代を思い出して、少し落ち込みかけたが、今度は俺のためだけじゃなくミウとアカーナのためにも頑張ろう。




