奴隷としての生活:エジプト創世神話とミウとの結婚編
さて今日は、家庭教師の日だ。
俺はネフェルウラー王女のところへ行ってエジプトの創生神話を教えることにした。
「さて、ネフゥルウラー王女。
ずっとずっとずっとはるか昔のことです。
世界は宇宙と海しかありませんでした。
台地などを含めて暗く冷たい海の中に全ては沈んでいたのです。
ある時原初の丘と呼ばれる台地を宇宙の神であるアトゥムは海より隆起させました。
そしてアトゥムは音により有と無を分け世界を回し始めました。
時間が生まれたのはその時です。
そして丸い卵の姿で陸である原初の丘にアトゥムにより生み出されたラーを温め孵化させたのが同じくアトゥムより生み出された炎と再生の不死鳥ベヌウです」
べヌゥは不死鳥フェニックスのモデルとなった神だな。
「そしてアトゥムは、男でもあり女でもありました。
彼は股間をまさぐって更に二人の神様を生み出しました。
それが兄である乾いた大気の神シュウと、妹である湿った大気の女神テフネトでした。
生み出されたシュウとテフネトは結婚し、
兄である地の神ゲブと、妹である天の女神ヌトを生みました」
「ええと、股間を弄ると子供ができるのですか?」
ネフェルウラーが純真な表情で聞いてくる
「い、いや、人間の場合は少し違いますが……。
そのあたりはイシス神殿の神官にでも聞いてください」
彼女は不思議そうに首を傾げていた。
「そうなのですか?
わかりました、先生」
やれやれ、なんとかごまかせたかな。
子供をどうやって作るのかとか真面目に聞かれても困るぜ。
「さて、ゲブとヌトは兄妹夫婦であり、最初は隙間なく、くっついていました。
しかし、それでは太陽神ラーや大気の神である両親は困ります。
空を太陽が回ることも風を吹かせることもできなかったからです。
離れるように言っても聞かない子どもたちに困った彼等は強行手段に出て、父たるシュウはヌトを天に引き上げ、テフヌトがゲブを地面に押さえつけ二人は引き離されました。
ヌトの身につけていた装飾品は星々として輝くことになりました。
ゲブは離れまいとヌトの手足を掴み、更にはヌトにちかずくため山々を作り出しました。
こうして天と地の間に隙間ができて空が丸くなったのです。
そしてラーは空より台地を照らして地上の王となりました。
そしてラーは一月を30日一年を12ヶ月の360日と定めました。」
まあ、山っているのは多分男性器の隠喩なんだがな。
彼女は頷くと言いました。
「なるほど、この後セクメト女神がラーによって作られるお話に続くのですね」
それに対して俺も頷いた。
彼女はなかなか頭がいい。
「ええ、そうですね。
その前にゲブとヌトが引き離されたとき、妻ヌトのお腹には子供ができていました。
しかしラーは”その子供たちは災いを生む”と言って、一年の12ヶ月、360日全ての日に出産を禁止したのです。
ラーには既に暴君の兆しが見えていたといえるでしょうね。
困ったヌトは知恵の神トートに相談しました。
トートは考えた後時間を管理している月とセネトで賭けをして勝ち、時の支配権を手に入れて、太陽神の管理できない5日間を作りだすことに成功しました。
そしてヌトはこの5日にオシリス、イシス、セト、ネフティス、ハロエリスを生んだのです。
年末は彼等の誕生日であり祭りが開かれますね。
そしてこれによりトートは月を回す夜の守護神にもなりました」
因みにトートは朱鷺の神様だがこれはナイル川が上流で氾濫すると、川を下って姿を表し、その後ナイルが氾濫することから、朱鷺はナイル川の氾濫をよいう未来を知ることができる知恵の神とされたからだ。
彼女はニコリと笑っていった。
「トートは優しいのですね」
俺は頷いた。
「ええ、ただ実際にはラーの言うとおりにもなってしまうのですがね」
彼女は表情を曇らせていった。
「オシリスとセトの争いですね」
俺はやっぱり頷いた。
「ええ、さて時間ですし今日はこのくらいにしておきましょうか」
彼女はパピルスを片付けながら行った。
「はい、ありがとうございました。
また色々教えて下さいね」
「ええ、それではまた」
俺は彼女の部屋から出た。
因みにエジプトでは創世神話の神々に習って、男は恋人のことを「妹」と呼んでいるし、女は恋人のことを「兄」と呼ぶ。
つまり古代のエジプトでは
「流石ですお兄様」
と言うのは女が男の恋人に普通に言うし
「私大きくなったらお兄ちゃんと結婚するの」
といって実際にそのまま結婚する場合も結構有ったろうな。
古代エジプトでは人間の移動は殆ど無いから人間関係の変更もほぼない。
年下の女の子に”おにいちゃん”と呼ばれることが好きな妹萌えの人間には最高かもな。
実際問題としては平民は兄妹での結婚はできないが、王族貴族は兄妹結婚が結構有った。
ハトシェプスト女王もそうだし、ネフェルウラーもそうなる予定らしい。
ただし、大抵の場合は異母兄弟だったり連れ子だったり養子だったりするので、見た目は近親婚でもそこまで問題は出なかったようだ。
平民や奴隷の男女は家が決めた相手と見合いのような席で、あんまり知らない相手と結婚することはあんまりなく、親戚や義理の兄妹間、叔父と姪、いとこ同士の結婚は一般的だし、そうでない場合でも一緒に育った幼馴染などのよく知った仲で結婚していた。
そして異民族であることは特に問題にならなかった。
其のほうが土地に関する面倒事が起きにくいというのも有ったんだろう。
これが貴族や王家の娘になると、血筋や土地に異常にこだわることもあり、子孫を確実に残すためと、親が望まない男との関係を持たせないためにも、結婚適齢期になったら、すぐ決まった男の元へ嫁がさせられていた、そしてそういった女性は家の中から出ることは殆どなかった。
逆に貴族や王家の男は20くらいまでは教育機関での教育を受け地位を確立させることが優先されていたので庶民よりは結婚は遅かった。
一般庶民のように、男女とも身近にいる好きな相手と自由に恋愛して結婚することはできないわけだ。
基本的に古代エジプトは一夫一婦制だ。
不義密通に対しては厳しく、女性は一人の夫と関係をもつことしか許されていない、死別や離婚の結果、再婚して新しい夫を得るということはあるけどな。
男性は妻以外の結婚していない女性と性的関係を持つことは割と自由だったが、結婚した女性と関係を持つことは許されす、場合によっては死刑になった。
王は子孫を残すためにも正妻以外の側室を多数持っていたし、もし夫にその経済力があれば、全ての妻を経済的に平等に扱うことで多妻は許されていた。
法律的、社会的にも一夫多妻は特に禁止されていなかったが、たいがいの結婚は一夫一妻だった。
妻が二人いて完全に平等に扱うなんてことはそうそうできないからな。
因みに古代エジプトでは怒った女性は酔いの冷めたバステトつまりセクメト女神に例えられている。
一見男のほうが立場が強そうだが基本は母系なのでそんなことはない。
俺はミウの家族のところへ穀物や銀の入った袋をたくさん持参して言った。
「お義父さん、俺とミウとの結婚を認めてください」
「ふむ、わかった、娘との結婚を許そう」
「ありがとうございます」
エジプト新王国時代では、花婿が花嫁に、結婚を決めた証としてお金や穀物を贈ることが形式的に行われていた。
その見返りに花嫁の父親は、二人に日常生活に必要な食料を贈る5年から7年ほどの間必要十分な穀物を贈り続けることが多かった。
結婚したら独身寮のようなところから家族で住める寮のようなところに移動になる。
そこへ家具を持っていってくれたりもするわけだな。
「改めてこれからよろしくな」
「はい、私こそよろしくお願いします、お兄ちゃん」
こうして俺とミウの新婚生活は始まった。