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雨音が刻む彼女の笑顔

作者: ゆってぃ

あれは半年前、まだ二年生になったばかりの頃だった。


その日は、昨夜から続く春雨が、未だに街を襲っている日だった。

窓を叩く雨音で目が覚めた。音で雨だとわかったけれど、それでも認めたくないためカーテンを開ける。

そこに広がっているのは、曇天と雨粒と傘。紛れもない雨の証拠を突き付けられ、気分が落ち込む。


僕は雨の日が嫌いだった。その理由は、雨の日だけ電車通学を親に強制されているからだ。

自身が自転車事故に見舞わされた経験があるせいか、母親は僕の自転車通学を酷く嫌がっていた。確かに、我が家から学校は八kmと自転車通学者にしてはやや遠く、道のりも安全とはいい難いため、親の心配も理解することが出来る。しかし、二十分そこらで到着する自転車に比べ、徒歩含め一時間弱かかる電車通学というのは高校生の限りある睡眠時間にに大きく関わってくる問題だった。その為、なんとしてでも自転車で通いたい僕と、どうしても電車で通ってほしい母親の背中案とも呼べるものが、この雨の日だけ電車通学というものだった。


雨音のせいか、いつもより一時間早起きできたことは不幸中の幸いと呼べるだろうか。


パパっと準備を済ませ、朝ごはんの焼きトーストを頬張り、それをお茶で流し込んで家を出る。自転車で行く時より三十分も早かった。雨の日の為にお金を入れておいたICカードを翳して改札を通ると、そこには大勢のサラリーマンと学生で溢れかえっていた。ちらほらとうちの生徒の姿も見える。

これも電車通学が嫌いな理由の一つだが、僕が使う路線は、僕の街から都内へ通じる路線の一つだ。その為か朝の通勤、通学の時間帯の込み具合は筆舌に尽くし難い。それに加えて、我が校の最寄り駅には快速が止まらないため、最寄り駅の一つ手前の駅で快速通過待ちという無駄な時間を浪費してしまう。


ホームに電車が入ってきたのは、僕が着いてから数分後のことだった。


列に従って車内に乗り込むと、相変わらず慣れることの無い圧力がギュウギュウと僕を押し潰そうとしてくる。ふと、イヤホンをし忘れたことに気付いたが、時既に遅し。この満員の車内で今更イヤホンを着けるスペースなんて無かった。だからと言って何もしないのは時間の無駄なため、サッと脳内を探る。そういえば、数週間後に控えた球技際で「何に出るか決めろ。」と、体育委員に言われていたことを思い出す。


昨年の球技際で、分不相応ながらサッカー三位入賞の名誉を獲得してしまったためか、今年はやけにサッカー部の奴らに勧誘されていた。しかし別にサッカーが好きでも得意でもないのに、期待されてだけされて、結果的にガッカリされるというは少し嫌だった。それならほかの球技に……と考えてみても、残るバスケ、バレー、卓球の中に、好きなものも得意なものも無かった。結局どれを選んだ所で対して活躍できない未来が変わらないのなら、いっその事僕なんかを勧誘してくれるサッカーを選び、後腐れ無い学校生活を望むのが得策か、と結論付ける。


脳内を探っているところで電車の減速に気付く。減速を重ねやがて電車は停車したため、駅の名前を確認すると、どうやらここはあの悪名高き快速通過待ちの駅のようだ。口の中で軽く舌打ちして、車内の広告でも読んで時間を潰そうと何気なく辺りををすかめたところで、真っ青な顔色の少女が目に入る。よく見てみると肩をブルブルと震わせ、何かを耐え忍ぶ表情をした、うちの高校の生徒がそこにはいた。慌てて彼女の後ろに視線を巡らせてみると、そこには顔からでも肥満体とわかる中年男性が、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら、もぞもぞと動いている姿が見てとれた。


目の前で起きていることが”痴漢”だとわかると、心拍が上がるのを感じた。

こんな時どうすれば良いのかなんて妄想をしたことが頭を過るが、いざ実際に直面してみると、どの行動をとるのにも勇気が必要で、膝が竦んだ。けれど、今も辛そうな表情をする彼女が目から離れることはなく、何とか助けてあげたい気持ちが、ついに僕の背中を押した。


「すいません、降ります!」


電車が止まってから既に一分が過ぎた後に言うセリフでは無いとわかっていたが、このセリフ無しにこの満員電車からいち早く降りる手段が浮かばなかった。人混みを掻き分け、揉みくちゃにされながらも出口へと足を進める。反対のホームには通過中の電車が見えた。彼女とすれ違うその瞬間、鞄ごと彼女の腕を引っ張ってホームへ降りる。彼女の顔を確認する余裕なんて無かった。相も変わらず降り注ぐ春雨の雨音が、僕の心を落ち着けた。

タイミングのいいことに、僕達が降りて直ぐ電車の扉が閉まり、満員電車は僕らの学校の最寄り駅へ向けて車輪を転がし始めた。窓からたまたま見えたその中年男性が、僕に射殺さんばかりの視線を浴びせて来たが、既に閉められたその扉のおかげか、それ以上何も起きないまま彼は遠のき、見えなくなっていった。


「……ねぇ」


忘れていた所から声が聞こえたため、肩をぶるっと震わせてしまう。なんと言い訳すべきか考えながら音源の方を一瞥し、それが僕の知っている人だと気づいてから、今度は見つめてしまった。

僕が連れ出してしまったのは、校内でも有名な、男子生徒に人気の百瀬梨央だった

そんな彼女は、僕の視線なんてモノには気にした素振りも見せずに、手元を動かし自身の制服の乱れを直していた。こうしてよく見つめてみると、意外なことに彼女のスカート丈は短くない。だからと言って長いわけでもなく、見えないけど見えそうラインと言うべきか、周囲への見栄と決して中身は見せないプライドの譲歩したラインと言うべきか。見られることに慣れている。そんなスカート丈をしていた。


「何で叫ばなかったの?」


スカートをじっと観察していたためその表情は見ることが出来ないが、その声音から僕を非難するつもりではないことはわかった。恐らく、単純に理由を聞いているだろう。

呼吸を整えて述べる。


「この電車、うちの学校の人が結構乗ってるから」


彼女からの返事がない。疑問に思って顔をあげると、彼女は少し困惑した目でこちらを見ていた。

その様子から自分の説明不足がわかり、慌てて言葉を付け加える。


「その、痴漢……のこと、噂になる方が嫌かなって思って。迷惑だったらごめん」


「あー、なるほどね……」


付け足した言葉を聞いて僕の行動にやっと納得がいったのか、したり顔でうんうんとうなずいている彼女。

その表情に見惚れていると、彼女がまた気まずそうに僕の表情を覗いてきたので、慌ててフォローの言葉を探す。数秒ほど考え込んでみたが、気の利いた言葉が浮かんでくることはなかった。沈黙の気まずさからか、ふと浮かんだ言葉をそのまま口に出してしまう。


「電車降ろしちゃってごめん。あと、これからは気を付けて」


そんな僕の言葉が言い終わる前に、次の電車の到着を告げる無機質なアナウンスが聞こえてきた。

気まずさを顔に浮かべ彼女を見ると、彼女もまた僕と同じ表情を浮かべていて、それがどうにも面白くてど二人して笑いあった。


「ううん、ありがとね」


最後に交わした言葉はそれだけだった。返事をする間もなく、次の満員電車がホームへとやってきたから。そんなことにまた二人で笑いあって、でも何事もなかったかのように満員電車に乗り込んだ。車内でも、言葉を発することは無かった。ただ何となく彼女を見つめていて、彼女も僕を見てて、そんなことが嬉しくて、一駅の時間なんてあっという間に過ぎ去っていった。遅くなっていくスピードにもどかしさを感じつつも、重い足取りで到着した最寄り駅に降り立つ。それからは、もう振り返らずに歩き出した。傘をさして足早に学校へと向かう中、頭は百瀬さんでいっぱいだった。”一目惚れ”だなんて、前時代的だなんて思うこともあるけれど、この気持ちを”恋”以外の言葉で表現することが出来なかった。


春雨が降り注ぐある日の事だった


☆ ☆ ☆


それからの日々で、百瀬さんと目が合う機会が増えた。

勘違いかもしれないけれど、僕を見て微笑む彼女に、僕の中の恋心は膨れ上がっていった。


球技際のサッカーの試合中に見かけた時は、誰よりも目立ってやるなんて意気込んだ。時のめぐりあわせか、決勝点を決めることが出来て。結果は去年と同じ三位入賞だったけど、去年とは違ってどこか誇らしげな自分がいた。


文化祭の時は、一緒に回れたらなんて淡い期待を胸に彼女のクラスに遊びに行ったら、他校の男子生徒と楽しげに話してる姿を見て、胸が締め付けられた


雨が降るたびに彼女の笑顔を思い出した。


雨音が響く満員電車に揺られながら、いつも君の姿を探していた


募った想いが溢れだして止まらなくなったのも雨の日だった


☆ ☆ ☆


呼び出した場所に彼女の姿があって、少し安堵する。いざ目の前に立ってみると、半年ぶりに近づいたその距離が僕の鼓動を速めた。彼女を一目見ると、あの時より少し上がったスカート丈に時間の経過を感じた。

咳払いに焦って顔を上げると、そこには少し気まずそうな彼女の笑顔があった。


「二年三組の和泉優です」


自己紹介から始めたのは、彼女が僕を覚えているか不安だったから。


「知ってる」


その言葉が嬉しくてまた彼女を見つめてしまう。

そうしたら、あの時と同じように目が合って、同じように笑いあった。


「貴女の笑顔が好きです」


口を開く直前までは、何を言おうか言葉が溢れていたのに、そんな彼女を見たからか、想いが溢れだして勝手に口が気持ちを伝えていた。


沈黙が数秒刻む。


「付き合わなくていいの?」


帰ってきたのはそんな一言だった。

慌てて顔を上げると、そこでまた目が合って、二人して笑顔を咲かせた。


「付き合って下さい」


今度は胸を張って笑顔で伝える。

嬉しいのに、目じりから涙が溢れだした


「いいよ!」


そう答える彼女もまた、僕と同じ表情をしていて。


それが可笑しくてまた口元を綻ばせた。


雨が降らないある日の事だった。

元々は理想のツンデレヒロインを書きたい!と書き始めたのが元ネタなのですが。このヒロインが一度もツンツンしてなかったことに気付き、慌てて路線変更して短編に仕上げました。


次回こそは理想のツンデレを書いてみたいものです。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  憂鬱なときにこそ、いい出会いがあるのかもしれません。 [一言]  事故は怖いです。
2016/08/05 10:49 退会済み
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