MYMIMI:2015 - この世に存在してはいけない物語
この作品は志室幸太郎様主宰のシェアード·ワールド小説企画「コロンシリーズ」参加作品であり、同じく志室様作「SIN:2015 - この世に存在してはいけない物語」のオムニバス作品になります。
「コロンシリーズ?」
話を聞いた志度はつい声を出した。
「この世に存在してはいけない物語なんだってさっ」
ベッドに寝そべりくつろいでいた少女、美海実が付け足す。
「何かめんどくさそうな依頼だな」
「そーそー。手がかりが何も無くて」
彼女は意味も無く足をばたばたし始めた。ちらちらと見える、彼女の今日のパンツは縞模様だ。
「で、お前、何で僕の部屋にいるんだよ」
「え?」
仰向けのままミミミは返事をした。
「だから、何でさらっと僕の部屋に入ってきて僕のベッドで堂々と寝てるんだよ」
「……え?」
今度はくるりと顔を彼に向ける。何言ってんの? という表情だった。いや……お前の方こそ何してんのだよ。
ミミミはブックハンターとしてその筋では少しばかり名の知れた少女だった。ブックハンターとは、文字通り本を求める者だ。子供の頃に読んだ思い出の本を探して欲しい、東大に合格出来る簡単でわかりやすい問題集は無いものか。人はあらゆる理由で本を欲する。その依頼に応え、本と人とを繋ぐのがブックハンターである。
そして今回の依頼は、コロンシリーズと呼ばれている謎の本を探して欲しい、との事だった。情報は最近東京に持ち込まれた、という事しかわかっていない。この世に存在してはいけない「物語」と言われているらしい事から、おそらく小説の類ではないかとミミミは踏んでいる様だった。
「……僕は今日勉強したいんだよ。お前がいると迷惑だ。さっさとそのコロンシリーズとやらを探しに行けよ」
「ん~、そう言われても手がかり何も無いしにゃ~」
彼女はいつの間にか両手に雑誌を持ってしげしげと読んでいた。
「ん~、こいつシリコン入れてんな」
「うぉいっ!」
シドは慌てて雑誌を奪い取る。
「おっ、お前っ、何でこれ読んでんだよっ!」
「ブックハンターをなめてもらっては困るのにゃ」
彼の気付かぬ間にミミミは部屋に隠してあったアダルティーな本を見付け出していたのだ。しかもあまつさえそれを読むとは、何つーJKだ。
「お前、巨乳好きだろ」
「うるせー! 大は小を兼ねるんだよ!」
意味のわからない理屈を展開するシド。
「仕事に行き詰まったからって僕の部屋に遊びに来るな!」
「お~、入ってる入ってる……あ~この声はまたわかりやすい演技だな」
「人の話を聞けええええっ!」
今度はAVまで再生し始めた。もはや本じゃない。
「こんなプレイがシドの好みなんだ……彼女出来たら大変そう……引くわ……」
「お前もな!」
「もしかしてのもしかして、ここに無いかなーとか思って邪魔をしに来た訳だよ」
「残念だけどウチにそんな得体の知れない本は置いてない」
「そーみたいだね。ハードなプレイのAVならあったけど」
「うるせーっ!」
シドの家は東京都千代田区神田神保町にて古書店を営んでいる。彼は祖父とふたりでここに住んでおり、幼い頃から本に囲まれ生きてきた。だから彼は本が好きだ。
この本が好きという点がシドとミミミに共通していた。彼女も小さい時から様々な本に触れ、本を愛していた。ブックハンターという仕事を始めたのもそのためらしい。
「……まあ期待はしてなかったけどね……おっ、イッた」
「だからAV消せ!」
翌日、睡眠不足のシドの姿が教室にあった。結局あの後ミミミを追い払った彼は、何だかんだでコロンシリーズの事が気になり、夜にインターネットで調べていたのである。正体不明の謎の本、彼から見ても興味深くはあった。
「おうおう、眠そうだねーシドリン!」
一時間目が終わった後の休み時間、ミミミが調子の狂った様な溌剌な声で近付く。眠気が取れない彼には非常に耳障りだ。
「人を変なあだ名で呼ぶな」
「いやーこっくりこっくり寝てましたなー」
「うるせー。一応僕も調べてたんだぞ、そのコロンシリーズとやらを」
「おっ、さすがシドムーチョ! いい男! 惚れそう!」
「お前に惚れられても微塵も嬉しくない」
「それで? 何かわかった?」
「いーや何にも。とりあえず放課後にでもしてくれ。今はとにかく寝たい」
そして放課後。ふたりは図書室に来ていた。シドは今日午前中の授業はほとんど寝ていて内容があまり頭に入っていなかった。
「ん~、今日もよく寝たな~!」
席で大きく伸びをするミミミを見ながら彼は羨ましく思った。
ミミミは本の心を読める不思議な力を持っていた。何でも、実際にページに目を通さなくともその内容を知る事が出来るらしい。能動的に使う事も出来るが、本をそばに置いて寝るだけでもいいとか。本を読まずして読む事が出来る力。羨ましいったらありゃしない。授業中も教師の話を聞かずにただ寝ているだけで教科書の内容が頭に入ってくるそうだ。
ま、もしかしたらこいつが少しズレた人間なのはその不思議な力のせいなのかもしれないけど。
「ネットで色々と調べたけど結局何もわからなかったよ。質問サイトに投稿もしたけど、今ん所回答は無いね」
「ボクは掲示板にスレ立てもしたよ。まともなレスは来なかったけどね」
ミミミの一人称は基本的に「ボク」である。状況や気分によってころころと変わるが。
「そもそも、ネットで調べてわかるぐらいだったら謎の本にはならないしな」
「あ~、そこら辺に落ちてないかな~、コロンシリーズ」
と~う、とひとりで両腕を広げて飛行機のポーズをとると彼女は突然図書室を駆け回った。
「ある訳無いだろ、こんな一学校の図書室に」
「わかんないじゃん! 案外この本棚のどっかに……!」
ミミミは指先で本の背表紙をトトトトトと掠めていった。その途中である本が棚から抜け床へと落ちる。
「およっ?」
「何やってんだよ」
その本を見て彼女はしばらく黙っていた。早く元に戻せよ、とシドは促す。
「シド……これ……」
「え?」
何かおかしな所でもあるのか、と彼はミミミの元へ向かった。床の本を確認すると、それは真っ黒なカバーで包まれていた。タイトルも何も書かれていない。
「……何か不気味だな……」
「……はっ!」
何かを思い出した様に彼女は声を上げた。
「そういえば、見ただけでわかるとか言ってなくもなかった様な気がする!」
「どっちだよ」
「ボクはてっきり『コロンシリーズ』って書かれてるのかと思ってたけど」
「見るからに怪しいな、これ……まさかこれが……?」
「君達」
その時誰かがふたりに声をかけてきた。やべっ、騒ぎ過ぎたかな、とシドは慌てて振り返る……まあ騒いでいたのは全部ミミミなんだけど。
そこにいたのは金髪の男子生徒だった。顔つきも整っている。一言で表すならばイケメンだ。シドはこの生徒の事を知っていた。彼やミミミと同学年で、女子からの評判がすこぶる高い事で有名な富亜だ。
「それは俺のなんだ」
予想外の言葉がフアの口から飛んできた。それを聞いてシドは再び黒い本に目をやる。何でフアの本が図書室の棚に?
「あ、そーなんだー」
ミミミはわざとらしく興味の無い様な声を出すとかがんでひょいと本を摘まみ上げた。ちなみに今日のパンツは白だった。
「……じゃあ、ちょびーっとだけお借りしていいかなあ?」
「……おいっ、やめろ!」
フアの制止も聞かず彼女はくるりと背を向けると走り出した。シドも急いで付いていく。
「……待てっ!」
荷物を取るとふたりは一目散に廊下へと出た。
「や、やめろーっ! それは……それはこの世に存在してはいけない物語なんだ!」
「おいっ! 今の聞いたか!?」
「にっひひひひー! 怪しいですなーっ!」
「まさか、その本が……コロンシリーズ!?」
「わかんないけど……ただの本じゃなさそうだねっ!」
「なっ、なあ!? どんな事が書かれてるんだよ! 英語か!? フランス語か!?」
「まあまあ落ち着け童貞。帰ってからゆっくり楽しもうじゃないか」
「童貞関係ねーだろ!」
しかし、喜びのあまり油断していたのか、走っていたミミミの手から本がすぽんと離れていった。滑らせてしまったのか。
「ふあっ!?」
「おいっ! 何やってんだよ!」
本は開いていた窓から外へと身を投げ出し、校庭へと落下していく。
「ああっ、外にっ……!」
この時ふたりの背後でイヤーッ、という奇声が響いた。後を追っていたフアも同じく窓から飛び降りたのだ。
「ええええええっ!? ここ3階だけど!?」
そこまでして必死になるという事は、やはりあの本にはとてつもない秘密が隠されているのか……と思っていると、前にあったミミミの背中が消えていた。
「ワッショイ!」
彼女も負けじと地上へダイブしていたのだ。いや、だから危ないって!
「ミミミ!」
シドは立ち止まり外を見下ろす。何とか無事に着地に成功したフアの頭上めがけて彼女は背負っていたプラスチック製のバットを振り下ろしていた。子供が使うあれである。ミミミはなぜか外を出歩く時はいつもそれを剣のように背中に紐で担いでいるのであった。
「死ねええええええっ!」
物騒な台詞が吐かれると、パコーン! と威勢のいい音が鳴った。見事にフアの頭のど真ん中に命中したのである。彼は思わず校庭に倒れ込んでしまった。その隙に彼女は本に近付く。
「さっ……させるかあっ……!」
這いつくばったまま彼はミミミの足首を掴んだ。彼女はネズミ捕りよろしく勢いよく校庭に叩き付けられる。
「ビターン!」
律儀に擬音を声に出すあたり、余裕あるな、あいつ……っていやいや! 僕もさっさと行かないと! シドは階段を駆け下りた。
彼が校庭に着いた時、ミミミとフアは文字通り互いに足を引っ張り合っていた。まだどちらも本を手に入れていない様だ。
「まだやってたんかい!」
「お前ーっ! ボクのパンツを何回も見ただろう! 高いんだぞボクのパンツの拝観料は! 諦めてあの本をよこせビターン!」
「見たくて見た訳じゃねーよ! 大体、それが嫌ならもっとおしとやかに行動しろバチーン!」
どんどん顔に傷が増えていくふたりを素通りし、シドは本をさっと拾い上げる。
「何やってんだよお前らは」
「ああっ!」
フアが叫んだ。それを無視してシドは改めてカバーをじっくりと眺める。やはり黒一色で統一されており、タイトルも著者名もどこにも書かれていない。
「……この世に存在してはいけない物語、か……!」
ごくりと唾を飲み込んで、彼は表紙を捲ろうとした。その時。
「よせえええええっ!」
フアが飛びかかってき、その拍子に本はまた彼の手を離れた。
「あっ!」
宙を飛ぶ本はそのまま校庭を走っていた軽トラックの荷台の上に落ちた。何というタイミング。校庭の木の枝を整えていた業者が作業を終え帰ろうとしている所だったのだ。
トラックは三人の事など気にも留めず去っていく。その様子を呆気にとられた状態で彼らは見ているのだった。
「……ま、待ってくれえええええ!」
フアはすぐにトラックを追いかける。シド達ももたもたしてはいられない。
「ボク達も行くよ!」
「あ、ああ!」
「あれ、近くの業者かな!」
「ちょっ……ちょっと待て!」
ポケットからスマホを取り出すとシドは先ほどのトラックに書かれていた社名で検索をした。
「台東区っぽいな!」
彼らが通っており今いる道礼高校は文京区にある。もうトラックはだいぶ先に行っていた。もうすぐ見失ってしまうだろう。それでも懸命に追いかけるフアの姿がふたりの先に見えた。
「こっからだと電車も地下鉄も微妙だな……業者に行くには駅の場所がどっちも微妙なとこにある!」
「このまま走った方が得策って事!?」
「かなり疲れるけどな! あと……あの業者があのまままっすぐ帰ればの話だ! それに途中であの本が風で飛ばされちまう事だってある! 上手く枝の間に引っ掛かってたっぽいけど……!」
「じゃあこのまま走るよ!」
「マジかよ……! せめてチャリでもあれば……!」
「道は!?」
「えーっと……あ!」
マップのアプリを使おうとしたシドは重大な事に気付いた。
「どしたの!?」
「……バッテリー残量が全然ねー……! 昨日充電してないんだった!」
「ちっ! 使えねーなあ、カス!」
「酷い言われ様だ……お前のスマホは!?」
「ボクのもさっきのビタンビタンで故障しちゃったよ!」
「人の事言えねーじゃねーか!」
などとやり取りをしていたふたりは学校を出ると近くのコンビニへと入っていった。
「何だ!? 飲みもんでも買うのか!?」
シドの言葉に全く反応せずにミミミが向かったのは飲料コーナー……ではなく、雑誌コーナーだった。あ、そういえば今日「少年ステップ」の発売日だっけ……などという思考が彼の脳内に浮かぶ。
彼女は地図を手に取るとページも捲らずにずっと表紙を見続けていた……いや、ただ黙って見ている訳では無い。シドにはわかった。ミミミの目が虚ろになっている。読んでいるのだ。地図の心を。
やがて意識が戻ると彼女はすぐにメモ帳を出して何かを書き殴った。
「……じゃっ、あとはよろしく……!」
そう言い終えるとミミミは全身から力が抜けた様にふらついた。シドは彼女が倒れる前に肩を持つ。
「おいミミミ!」
ミミミはすやすやと寝息を立てていた。そうだ。ミミミがこうやって起きている時に能動的に「読書」をすれば必ず眠気が襲ってくるのだ。
彼は彼女から渡されたメモに目を落とす。先ほどの業者へ向かうための具体的なルートが記されていた。おそらくこれは、ミミミが地図から読み取った最短ルートだ。
「……わかったよ……! って……」
結果的に、シドは彼女をおぶって走らなければならなくなったのであった。
「ぐごー! すぴー!」
「しかもいびきうるせーし!」
およそ三十分後、ミミミのメモを頼りにシドは何とか目的地に辿り着く事が出来た。さっきの軽トラックが停まっている。当たりだ。荷台にはまだ枝が大量に積まれたままだった。その中にあの黒い本を見付ける。
「あった! あったぞミミミ!」
「うむ~むにゃむにゃ」
彼女はまだ眠っていた。
「……」
シドはミミミを静かに近くに下ろして壁にもたれかけると恐る恐る黒い本のページを捲った。一体、どんな事が書かれているのだろう……!
中身を見た彼はそのあまりの衝撃的な内容に目を疑った。
「なっ……! 馬鹿な! 私の暗黒滅裂斬がきかないだと……!?」
「残念だったな……俺はすでに十二神徒の加護を受けた……お前の暗黒剣術は通用しない」
「くっ……! 貴様まさか、『世界の真理』に触れたのか!?」
「そうだ、俺はお前に復讐するために『神々の門』を訪れ契約を交わしたのだ……!」
「……ならば貴様……!」
「俺は悪夢を切り裂く者の称号を得たのだよ! お前をこの世界から打ち消すためになあっ!」
「……何だこれ……」
中に書かれていたのは、手書きの文章……台詞がある事からやはり小説の様だ……だが何とも……。
「中2臭せえ……」
「ああっ!」
もはや聞き馴染みのある声がした。フアがシド達よりも少し遅れてやって来たのだ。
「み、見てしまったのか……!」
彼はその場にくずおれた。
「もう、終わりだあっ!」
「……フア……これは……?」
「見てわかるだろ!? 自作小説だよ!」
「……は……?」
「中学の時に俺が書いたんだ。高校入学を機にやめたんだけど、部屋の掃除をしてたら見付けてつい懐かしくなって、図書委員の時の暇潰しに読んでたんだ。だけど昨日うっかり忘れて帰っちまって……」
「誰かが図書室の本だと勘違いして適当な本棚に入れたと」
「多分……」
「……なあ、何で真っ黒なカバー付けてんだ?」
「カモフラージュのつもりだったんだよ……何か、そういうのカッケーじゃん……!」
「……」
「……ああ……俺の黒歴史が知られちまった……! それはこの世に存在してはいけない物語なんだ……!」
「……」
そういう事だったのね……とシドは合点した。直後、フアの背後にとてつもなく黒い気を感じた彼はつい身震いをした。目を覚ましたミミミが立っていたのである。
「……紛らわしい言葉使うんじゃねーよボケ」
彼女は見るからに怒っていた。まあ、その気持ち少しだけわからなくもない。
「……いや、ミミミ。僕達の早とちりだった訳だし、そんなに怒んなくても……確かに下らないけど……」
「フアとか言ったなー……ケツを食い縛れ」
「え……?」
彼女はバットを構える。あ、ケツバットが来る……。
「天誅!」
ジャストミート!
「うああんっ!」
「おらっ! おらっ! テンペストッ!」
「あっ! あっ! もっ、もっと!」
「……」
いや、フア……お前、黒歴史よりももっと隠すべき性癖があるだろ……。
結局、コロンシリーズを見付けられないミミミなのであった。