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第一章 シュールな幕開け

夏祭りから数ヶ月かが過ぎた。

高校、卒業の日。

卒業式を終えた五人は神社の境内にいた。

あの時のベンチに座ってあの時のように空を見上げていた。

すると、また栞がふと提案する。

「写真、撮ろ?」

この日が過ぎればもうこのメンバーで居られなくなる。

そんな悲しみがあふれて場の空気が重たい。

たがそんな五人の思いなど気にも留めない空は雲一つない晴天がどこまでもひろがっている。

「栞はまた、相変わらず突然だな。まぁ、最後だからか」

「そうは言ってもどうやって撮る? 誰かに撮ってもらうこともできなそうだし」

周りを見渡す蓮だが、その視界にはここにいる五人以外の姿は映らない。

「俺が撮るよ」

かぐつが携帯を片手に立ち上がるとすぐに梓乃葉も立ち上がり少し怒った口調で反対した。

「それはダメ。全員で撮らないと意味ないじゃん。誰かに頼も?」

「そうは言ったって、こんなところ俺たち以外誰もいないでしょ」

受験シーズンが終わった時期に街のはずれの神社を訪れる人など、一握りもいないだろう。

だが、どうしても諦めきれない梓乃葉は境内の下を階段から見下ろしに行った。

通行人に声をかけようとでもしたのだろう。しかし、案の定誰もいない。

「でも……」

離れた位置にいるかぐつ達からでも梓乃葉の表情が暗くなったのが伺えた。

「わかったよ。誰かいないか見てくる」

かぐつは呆れを含んだ声音で返答し、神社の方へ歩き出した。

「なら、俺も行くぜ。悪いが、蓮そっちは任せる」

純もベンチから立ち上がって少しだけ早歩きのかぐつを追った。

「わかった。こっちもなんとかしてみる」

それから純とかぐつで神社の近くに人がいないか探してみた。けれど、誰も見つからない。

しょうがなく、神社の中に入ってみたが、やはり誰もいなかった。

神社の裏口から外に出た二人。

すると目の前に巨大な洞窟が見えた。

「洞窟? こんなところになんで?」

その洞窟は人が10人くらい横に並んで入っても余裕で入れる大きさだ。

「凄いな。相当でかいぞ」

縦の高さも結構あり、二人の地位から見上げると首が痛くなりそうだ。

洞窟の周囲を見回す二人。

すると、かぐつが洞窟入り口の地面に無数の足跡を発見する。

「ここら辺ってそんなに人通りが多くないはずなのにこんなにも大きな洞窟。それに、この数の足跡。どう考えても怪しい」

そう言うかぐつも同じくらい怪しい。

そう思わざるおえないほどにやけた表情がずる賢い悪ガキのようだ。

「入ってみようぜ?」

「まぁ、いっか」

二人は洞窟の中へ入っていった。


洞窟の中はそれほど暗くなく、壁には松明が立てられている。

RPGでよく出てくるようなベタでありふれた洞窟だ。

二人は周りを警戒しながらゆっくりと歩みを進めていた。

「なんかすげぇな」

思わず歓喜の声を上げた純の声が洞窟の中に響き渡った。

それがこの洞窟の深さを物語っている。

「ほんと。ゲームの中みたいだ」

かぐつは高鳴る胸の鼓動を感じながら抑えられない好奇心に頬を緩めていた。

特に会話もないまま、独特の雰囲気が支配する洞窟を進んでいく二人。

数分後、明らかに人工的に作られた階段を発見する。

「階段……それも明らかに人工的に作られてるものだ。余計怪しくなってきたね。で、どうする?」

 かぐつはしゃがんでコンクリートでできている階段に触れると純に尋ねた。

「ここまで来て引き返せるかよ。行くぞ」

純には愚問だったようだ。

なんのためらいもなく先陣を切って階段を駆けだす純。

かぐつも「だよね」っと乗り気で返しながら純に続いた。


どのくらい上がったかわからないけれど、おそらく普通のビルで言ったら二桁の階数は上がっただろう。

そこにはまた、明らかに人工的に作られたドアがありこれまた妙な雰囲気を醸し出していた。

そのドアの両側の壁には本物の刀と言うよりは剣と言うべきものが数本ささっていた。

「なんか、まずそうじゃない?」

かぐつの言うそのなんかとは感覚的に捉えられるものではなく、本能に直接影響しようとする何かだ。

先ほどまでの笑顔と勢いが彼からは感じられない。

「だな……帰るか」

流石の純もその何かを感じたらしく扉に背を向け歩き出した。


純とかぐつは三人の元へ帰って先ほどのことを話した。

「なになに? この神社そんな黒いことしてるの?」

興味津々と言うか、なぜかとても嬉しそうな様子の梓乃葉。

「そうとしか思えないだろ。思いっきりゲームの世界だったけど剣は確実に本物だったぜ?」

「部屋の中、見た?」

「いや。なんとなくやな感じがしたし」

「けど、誰もいなかったんだろ?」

「ああ。神社の中にすら一人もいなかったぜ」

「その割にこの神社はある程度清潔には保たれてるな……」

蓮は純の言葉と言うよりは、その先にあるものに興味を持ったようだ。

「なんか面白そうじゃない? 最後の思い出作りに行ってみようよ」

「確かに。悪くないな」

「誰もいないみたいだし問題ないんじゃないかな」

梓乃葉の提案に賛成した様子の純と蓮。

栞も反論しないところから賛成しているのだろう。

しかし、かぐつだけは反対とは言わないがどうにも乗り切れない様子でいた。

「別にいいけど、どうなっても知らないよ?」

「その時は、かぐつも、一緒。でしょ?」

共犯のお誘いにしてはとびっきり純粋な笑顔を見せる栞に思わず笑いをこぼすかぐつだった。

「まぁ、そうなんだけどね」

「よし、それじゃあ行ってみようか!」

梓乃葉は天すら貫きそうな勢いで拳を空高く掲げた。

「おう!」

全員、声を揃えて返すと、洞窟に向かって走りだした。


五人は洞窟の中を駆け抜け、階段もそのまま駆け上がる。

駆け出してからほんの4、5分後には扉の前に立っていた。

「割と本気で雰囲気あるな」

蓮は本格的な作りに関心を持ち扉や周りの剣をよく観察している。

「そ、そうね」

梓乃葉は場の雰囲気に圧倒され扉の前で立ち竦んでいる。

「それに、ほら」

かぐつは地面にささっている剣を一本手に取ると刃先を下に向け手を離す。

剣は地を裂き、地面に数センチ沈み止まった。

「本物でしょ?」

「で、どうする? 覗くか?」

純の様子は先ほどかぐつと二人で訪れた時とは全くと言っていいほど違う。

そんな純が敢えて怖がっている梓乃葉に笑いながら問う。

「わ、私はい、いいわよ。覗いてやろうじゃないの」

そういいながら扉の前に立つ梓乃葉の足は震えている。

「無理すんなよ」

純は梓乃葉を茶化すと笑いながらその横に立った。

「べ、別に無理なんかしてないわ」

「そうか?」

自分では平静を装っているつもりの梓乃葉たが、はたから見れば動揺しているのはあまりにも明らかだ。

「栞は大丈夫?」

先ほどから扉というよりは四人の行動を眺めていた栞に蓮が近づいて問う。

「なにが?」

「怖くない?」

「みんな、一緒、だから、平気」

むしろ、相も変わらずに楽しそうに見える。

見た目とは違い結構な度胸が据わっている。

「そう。なら行こうか」

「うん」

梓乃葉と純の横に並んで立つ蓮と栞。

「じゃあ、俺が開くよ」

ゆっくりと歩いて四人より一歩だけ前に立つかぐつ。

「じゃあ、行くよ」

息を飲む一同。

一息ついた後、かぐつはゆっくりと手を伸ばした。

かぐつの指の先が扉に軽く触れた。

その瞬間、扉がものすごい勢で開いた。

扉が軋む音をあげながら開いていく。

その意味を持たない悲鳴が洞窟内に響き渡る。いや、洞窟の外に響き渡ってもおかしくない大きさだ。

「か、かぐつ? の、覗くだけだってば……」

全員の全身を震わせる大音量。

そのあまりの恐怖に、梓乃葉は自然と純の袖を掴んでいた。

「いや、俺も軽く触れただけなんだけど……」

かぐつは苦笑いを浮かべながら扉の向こうを見た。

扉の中は丸く広い空間になっていて、反対側には同じように大きな扉が付いてる。

「そんなことより見ろ!」

突然叫んだ純は扉の中の光景に釘付けになっている。

その部屋の中央に全長2メートルくらいの人型の影が5つ。

「あの、人達が、どうか、したの?」

「あれは人じゃねぇーよ。ゲームで言うところのオーガって奴だよ!」

純の言葉の通りそれらはゲームの中にいるオーガと全く同じ姿をしていた。

だが、ほとんどゲームというものに触れたことがない栞にはオーガに関する知識は無い。

「だ、だよね。あれだよね⁉︎」

「え? 嘘、だろ……?」

梓乃葉とかぐつの頭の中にはいつかの日、ゲームの中でこてんぱんにされた記憶が駆け巡っていた。

ゲーム通り緑色のごつごつとした体。頭には一本の角が突き出ていて、手には刃物のように鋭い爪が生えている。

しかし、オーガはこちらを向いているが近づいくる気配はない。

「かぐつ! 純! 剣を取れ! 全員絶対部屋の中には入るな!」

この言葉の主は蓮だ。なるべく冷静に、小さな声で、だが確かな迫力とともに指示を出した。

「お、おう」

「了解」

動揺しながらも地面に刺さってる剣を抜く二人。

それを確認した蓮は自分も剣を手に取り再度口を開く。

「栞、梓乃葉。二人は来た道を急いで戻って」

「け、けど、あいつらは、どうする気?」

「扉が閉まらない以上、俺達がやらないといけない」

「だめ! 危険」

栞にはオーガが何かわかっていない。

けれど、周りの雰囲気から察したのだろう。度胸のある栞ですら表情に恐怖を浮かべている。

「だから二人には帰って助けを呼んで来てほしい。こんな奴らが街に出たら大変なことになる。だから、それまでは俺達でなんとかするから」

「か、帰るのはし、栞だけで十分でしょ。わ、私もやるわ」

声が震えている梓乃葉は近くにささっていた剣を震えた手で抜き、構える。

「なに言ってんだ! 早く行け!」

部屋中に響き渡るような怒鳴り声を上げたのはかぐつだ。いや、それはほんとうにかぐつなのだろうか?

その場にいた、純や栞や蓮、梓乃葉ですら聞いたことのない声だ。

「かぐつ?」

驚きで梓乃葉の手から剣がこぼれ再び地面にささった。

今まで聞いたことのない迫力の声が梓乃葉の鼓膜を揺らす。

その瞬間、梓乃葉の脳裏にある思いが浮かんでくる。


小学5年生の私とかぐつの話。

「梓乃葉って男勝りだよな」

「あいつほんとに女なのかよ」

私は小さい頃から男勝りでよく男子とも喧嘩していた。だから、小学校の頃もよくそんな風に言われていた。

けど、わざわざ無理して女の子っぽくしたいとは思えなかった。だから、その時はこれからもそれを変えていくつもりはなかった。いや、でも、そう思えたのも、そう思っているのもかぐつのおかげなんだ。

まぁ、それはいいとして、そうは思っていても女の子である自覚はあったし女の子っぽい服も普段は着てるわけで傷ついていないと言ったら嘘になる。

だけど、そんなこと誰に言えると思う?

きっと今ですら誰にでもは言えない。

それでも、こんな自分を認めてくれる人が少なからずいることをその時はまだ知らなかった。

「ねぇ、みんな」

「おう、かぐつ。どうした?」

放課後のクラスで何人かの男子が私の話をしていた。中には私から付けられたばかりの傷を気にしている人もいた。

そこに一人近づいていくかぐつ。

「俺の家、梓乃葉の家と仲良くて、昔から知り合いなんだよね。幼馴染ってやつなんだ」

「へぇー。なら、なおさらお前もわかるだろう? あいつほんとに女子って感じがしなさすぎるだろ」

「ほんと、野蛮過ぎる」

「かぐつもそう思うよな?」

そんな話をしていた時、当の本人、私はと言うと職員室に呼ばれていた。

いろんなところで毎日のようにもめごとを起こしていたからだ。それで、いつも帰りが遅くなっていた。

かぐつは物覚えがついた時から私のすぐそばにいた。それから幼稚園、小学校、中学校、高校とずっと同じクラス。腐れ縁ってやつかな。

けど、まぁ、こんな男勝りの私でもなにも言わないで一緒にいてくれたことに結構感謝してる。

まぁ、それはいいとして、その頃はなんだかんだでお互いになにも言わなくてもいつも一緒に帰っていた。だから、その日も呼び出しの用が済んだ後、かぐつが待っているはずのクラスへ向かったんだ。

それでクラスの前に着いた時。その時ちょうどかぐつが男子達に加わったの。

「まぁ否定は出来ないね」

「だろ?」

「やっぱりかぁ」

一瞬その言葉がなにを意味しているか全くわからなかった。いや、考えようとしなかった。

けれど、その現実が嫌でも私の頭を回した。

その瞬間、私は今まで信じていた何かが消えて行ったような気がした。

いてもたってもいられずクラスへ入ろうとドアに手をかける。

「けど、みんなのようには思わない」

その言葉が私の体を動けなくした。

「梓乃葉は梓乃葉で女の子だよ。笑うと可愛いし、泣かれると困る。確かに少しおてんばかもしれないけどそんな女の子がいたっていいんじゃない? て言うより俺は梓乃葉があんな風じゃなくなっちゃったらそっちの方が困る。心配になる。ある日、突然梓乃葉がそうなったらそうなったでみんなだってそう思うんじゃない?」

「そうか?」

|(ちょっと待って。それって、私は男勝りじゃないとダメってこと? それはそれで、ちょっと……)

「それに、みんなが思ってることは梓乃葉自身も思ってると思うんだ」

その時、心の中が何かに掴まれたような感じがした。

ついさっきまで心の中にあったはずの言葉がどこかへと消えていった。

「けど、もし、梓乃葉がそうなることを望んでないとしたら、それでも、俺はそんな梓乃葉も梓乃葉でいいと思う。男勝りでも、普通の女の子でも梓乃葉は梓乃葉だから。だから、みんなも、そんな風に言わないで仲良くしてあげてほしい。梓乃葉がみんなにしたことは知ってるしみんなの気持ちもわかってるつもり。けど、全部が全部梓乃葉が悪いわけじゃないだろ? でも、梓乃葉はそう言うの苦手だから、代わりに俺が謝る。ごめん」

腰を直角に曲げ謝るかぐつ。

|(か、かぐつ? な、なにしてるのさ)

心から熱がどこかへと逃げていく。手も心も冷たくなっていくのを感じた。

顔を上げるとかぐつは再び話し始める。

「これでまた、梓乃葉には普通に接してほしい。やなら、俺を気がすむまで殴っていいから」

(……)

かぐつの行動に罪悪感でなにも言葉が浮かんでこない。

「なんで毎回お前が謝るんだよ。梓乃葉が謝らないと意味ねぇだろ」

「なら、みんなも梓乃葉に謝る?」

「それはない。俺らは悪くないし」

「いや、多かれ少なかれ両方が悪い。なのに、怒られてるのは梓乃葉だけ。にも関わらず謝罪までしてもらった。それ以上なにが必要なんだよ」

かぐつの声音が怒りを含み始めた。

しばらくにらみ合ったかぐつと男子達。

「はぁ。わかったよ。ったくまたかよ」

諦めたのは男子達の方だ。

きっとかぐつは相手が何人だろうと同じことをしていただろう。

「はいはい。今回ももうなにも言わねぇよ。けど、梓乃葉にはお前から言っとけよな」

「うん。わかった。ほんと、ありがとう」

先ほどまでのかぐつが嘘のように元に戻った。

その後何人かの男子がクラスを出て行った。

私はそれでやっと気付いた。

かぐつにずっと守られていたことを。

たまにかぐつが傷を負っていた理由を。

だから、それから私はなるべく暴力だけはしないようにした。けど、男勝りなのは変わらなかった。

それでも、ずっとかぐつは何も言わずそばにいてくれた。

自分を認めてくれる一人がいるだけでこんなに違うなんて知らなかった。

私は本当にかぐつに感謝してる。

ずっと守られていたお礼をしたい。

だから——


少しの間、目を閉じ考えていた梓乃葉。

突然、何か振り切った表情で叫んだ。

「やだね! ここでみんなに守られるくらいなら女じゃなくていい!」

そう叫ぶと、剣を地面から抜き構える。その手にはもう、一切の震えはない。

「はぁ? なに言ってるのさ」

そう呆れるかぐつの顔は笑っていた。

「もうなに言ったて無駄だよ。絶対に帰らない! 私もみんなを守る!」

「たく、生きのいい女子がいたもんだな」

「なら、私も戦う!」

突然、叫び声を上げた栞。

「し、栞はさすがにやめといたほうが良いと思うな ここは私達に任せて、ね?」

「そうだよ。栞。梓乃葉の言う通り、ここは俺たちに任せて」

「やだ! 蓮は昔からいつもそう。私だってみんなの仲間なの! ずっと一緒に居たいの!」

栞が怒鳴っているところなど見たことが無い蓮はその迫力に一瞬だけ圧倒されたようだった。

珍しく考え込む蓮にせかすようにかぐつが問う。

「どうする? 蓮」

蓮はさらに少し考える様な素振りをすると地面にささっている剣のうち一本へ歩み寄り言った。

「なら、栞。この剣を抜いてみて」

「これくらい」

そう吐き捨てると剣を強く握りしめ引き抜こうとする栞。

栞は剣に全力を注いだ。

しかし、剣はビクともしない。

この剣が特別深く刺さっているわけではない。

単に抜くだけの力が栞には無いのだ。

「これでわかって。栞じゃ戦えない」

剣から手を離し座り込む栞。

その表情にはひどく恐怖が刻まれている。孤独に対する恐怖が。

「やだ、やだ、やだ、やだよ! 私だけ仲間はずれは絶対やだ!」

その恐怖への悲鳴をあげた途端、目から涙が溢れた。

栞が剣を抜くことはないのだろうか?


私と蓮は少し変わった関係なのかもしれない。そう思い始めたのはいつ頃だったかな?

そもそも私と蓮が出会ったのっていつだったっけ?

あっ、思い出した。

確か小学6年生の頃だ。

その頃の私は体が弱くて病院のベットで一日を過ごすことがほとんどだった。

蓮と出会ったその頃は夏真っ盛りで晴れ渡る空の下で揺れる木陰に羨ましさを感じ窓の中からずっと眺めていた。

そんなある日。いつもなら誰も通らないはずのところにサッカーボールが転がってきた。それを追って窓の端から姿を現した少年。

それが蓮。

私はベットの上で蓮を見ていた。ふとした瞬間、目があった。

蓮は何かに操られているかのようにこちらに近づいてきて呟いた。

「綺麗な真っ白の髪……」

これが蓮が私に言った最初の言葉。その時はすごく驚いた。

白い髪なんて滅多にいなかったからかきみ悪がれていたのに……

自分ですら嫌っていたこの髪の色を蓮は褒めてくれた。それだけですごく嬉しかった。けれど、網戸越しの初めて見る少年に声をかける勇気なんて今の私にすらない。

内心で喜んでいるが顔は驚いたまま固まっている。そんな私に蓮が続けて言った。

「俺、鹿野氏かのし蓮って言います。君は?」

「……」

けれど、私から声が帰る事はなかった。

「おい、蓮。早くもってこい」

窓の外から知らない男の子の声が聞こえた。

「うん。今行く」

そう返事をした蓮は「じゃあ、また」っと告げると、来た方へ帰って行った。

結局なにも話せなかった。

もしかしたら、蓮がここから連れ出してくれる。そう思ったりもしたけど、なにもできないでその機会を失った。

でも、そう思っていただけだった。

蓮はその日からいつも私の前に現れた。そして、何回か名前を尋ねた。けれど、私がためらっていると謝って自分の話をする。

蓮の話は面白かった。

まだ知らない世界の話ばかりで、治らないとは知っていても、いつか自分もそんな経験ができるのかと思うと冒険しているような気分にすらなった。

私は蓮に一度も声を聞かせる事はなかったけれど、蓮は私の表情から喜んでいるのがわかったんだと思う。

それからしばらく日が経つと蓮は姿を現さなくなった。

きっと私がなにも言わないからつまらなかったんだと思って自分に失望した。

これが私と蓮の出会い。

でも、この話にはまだ続きがあるの。

それからまた何日かが過ぎると今度は私にとって一大事な事が起こった。

母が急に倒れ、病院に運ばれた。原因は過労らしい。

母は毎日仕事をしては私のいる病院にきて世話をしてくれた。

そしてまたすぐに仕事に戻っていく。それが悲しくて引き止めたりした事もあったっけ。

そんな母が倒れたと聞いた時は本当に怖かった。父は私が幼い頃に離婚していて記憶すらない私にとっては母が唯一の親だ。

だから、母がいなくなり一人になってしまう事に本当に恐怖を覚えた。

急いでベットから出て母の元へと急いだ。

幸い同じ病院に運ばれたらしくてすぐに会えた。

しかし、思ったより深刻だったらしい。

結果を言うと他界した。けれど、その間際、母は私の手を強く握りこう言った。

「絶対……栞を……一人にはさせない」

その言葉に胸が熱くなった。けれど、もう遅い。

私の言葉は母にはもう届かない。

謝ることも、お礼を言うこともできない。

しばらく一人で泣き続けた。

来る日も、来る日も。

だけど、そんな出来事さえ時間が解決した。気がつけば涙は枯れはて悲しみだけが心に残った。

母がいなくなった私は父が行方不明だったので母の妹に引き取られそこで生活していた。

とは言ってもほとんどが病院での暮らしだったからあまり新しい家族に馴染めないでいた。

そんなある日、体が妙に軽く感じる。今ならなんでもできそうなほどに。

その感覚は現実の結果となって私の前に現れた。

定期検診で医者が驚いたように告げる。

「奇跡が起きましたよ。もう大丈夫です。今日からでも退院できますよ」

その言葉を聞いて新しい母は涙を流して喜んだ。

私もすごく嬉しかったのを覚えている。

そして退院する時、医者がこんな事を言った。

「お母さんのおかげなんじゃないかい? 絶対に一人にはしないって言ってたからね」

私にはその意味がよくわからなかった。

だって正直、治ったところで新しい家族に受け入れてもらえるかとか不安がいっぱいだった。

けれど、初めて帰る家では話した事のない妹や父が喜んで迎え入れてくれた。

新しい家族はとても暖かくて、枯れていたはずの涙が出た。

それから、しばらくして学校にも通い始めた。

6年2組。

一応、学校には席があって病院で勉強もしていた。けれど、学校に行ったのは両手で数えられるくらい。

久しぶりですごく緊張した。

夏休み明けからの登校で友達ができるかも不安だった。けれど、クラスに入るとあの時の少年、蓮がいた。

私を見るなり近づいてきてあの時の笑顔でこう言った。

「退院おめでとう。栞。途中から会いにいけなくてごめん。宿題に追われてたんだ」

申し訳なさそうな顔の蓮。

「けど、これからは毎日会えるよ」

そう言ってにっこりと笑った。

「あ、ありがとう。これから、よ、よろしく」

もう、あの時とは違う。母がくれた見えない力。そんなものがある気がして、家でも学校でも一人じゃない。そう実感しながら初めて蓮に言葉を返した。

「うん。よろしく」

蓮は少し驚いたような表情を浮かべてたけど、ちゃんと返してくれた。

それから、ずっと私によくしてくれた。けど、私に対する態度だけ他の人と違うのが明らかでそれがすごく不満だった。でも、私を友達としてくれたことがすごく嬉しかった。

蓮のおかげで他にも友達ができた。梓乃葉やかぐつ、純も。

きっと母が私の体を直してくれたんだ。一人にしないために。

なら私はここで諦めるわけにはいかない。

ずっと一緒にいてくれた蓮のためにも。

絶対、負けない!!


否!

「絶対抜いてやる!!」

涙を勢いよく振り払うと栞は立ち上がり再び剣を握りしめた。

「珍しく選択を間違えたね蓮」

「ああ。そのようだ」

その割には嬉しそうな顔をしている。

「抜けろおぉぉぉ!!!」

栞の叫び声とともに地面から剣が抜けた。

しかし、その反動で栞は尻餅をつき剣を後ろへ投げ飛ばした。

再び剣は壁により深くささってしまった。

「そ、そんな……」

その時。

ガン!

階段の方から大きな音がなった。

振り返る一同の目に映ったのは上ってきた階段ではなく黒色の壁のみだ。

「か、階段が……」

「無くなってる……」

驚きよりも絶望に近い声を上げる蓮と梓乃葉。

「やるしかなくなったわけだ。上等じゃねぇーか!」

ゆっくりとこちらへ動き出したオーガに啖呵を切った純。

「しょうがない。俺たちでやろう。栞はなるべく俺の側から離れないように」

「それで、こっからどうすんだ?」

こんな状況にもかかわらず、純は剣を一旦、地面に刺し軽く準備運動をしている。

「純、かぐつ。悪いけど二人には1体ずつ頼んで良いか?」

「おっしゃー! やったるぜ!」

純は大声をあげると剣を抜き一振りした。

「しかないね」

「蓮! 私だって戦える」

「わかってる。けど、こちらは栞が戦えない。数的に不利だ。残り3体は二人が倒し終わるまでの時間かせぎとして俺たちで抑える。これで良い?」

「そういうことね」

「無理はしないでよ。梓乃葉」

剣を軽く一振りする梓乃葉を見て心配な様子のかぐつ。

「わかってるって」

「じゃあ、二人とも後は任せたよ」

「おう」

「了解」

純は返事をした後、すぐにオーガに向かって走り出す。

「ちょっと待った、純」

その純を制すかぐつ。

「なんだよ。もう目の前まで来てるんだぞ」

やる気満々を止められたことに怒りを表す純。

「相手の情報がほとんど無い。突撃するのは危険だよ」

「じゃあどうすんだ?」

純はかぐつに目を向けるが、かぐつはオーガから一切、目をはなさい。

「一旦、左右に広がろう」

「それで何になるんだよ」

「俺達は4対5なんだ。もし相手に知能があるなら俺達じゃなくてあの三人の方に向かうはず」

「なら、なおさらダメだろ」

「いや、むしろ確実に仕留められる。もう時間がない一旦広がるよ」

「お、おう」

オーガの後ろへ回り込む二人。

その二人にはつられてオーガが二体、振り返る。

「おい、どうするんだよこっち来るぞ」

「戦うしかないんじゃない? それに、これが元の作戦通りでしょ」

「はぁ。お前も相変わらずだな。まぁ、いっちょやったりますか!」

「おう」

珍しくやる気になったかぐつが走ってオーガの元へ向かう。

オーガは見た目とは裏腹な速さで刃物のような爪が生えている手を振り下ろす。

それを剣ではじくと体全身に伝わる衝撃とともに金属音がなり、火花が散った。

かぐつはいったん距離を取り手元に視線を落とす。剣は先ほどの接触で少しだけ欠けていた。

もし、生身にあの爪が振り下ろされようものなら骨ですら簡単に両断するだろう。想像するだけで身の毛がよだつ。その恐怖は例外なくかぐつにもきざみこまれた。

自分の震える手を見ながらもかぐつは心のどこかで楽しんでいる自分を実感した。

一息入れると再度オーガへと走り出す。オーガも再度手を振り下ろす。しかし、かぐつは剣ではじくことなく紙一重でよける。

そして、オーガの脇腹に剣を突き刺した。

オーガはうめき声のような音を発する。そして、かぐつが剣を抜くとチリとなって消えた。

命を懸けた戦いでここまで大胆な立ち回りができるのはかぐつだからとしか言いようがないだろう。

「はぁ。意外となんとかなったな。梓乃葉のところに急がないと」

と言いつつふと純の方を見る。

|(危なくはないけれど助けない理由は無いか)

その次の瞬間にはかぐつの足は動いていた。


一方、純は少し苦戦していた。

純が持っている剣はあと数回攻撃をはじくだけで折れてしまってもおかしくないほどボロボロだ。

部屋の入り口にはまだ数本の剣があるが部屋の中には一本もない。

剣が折れると純に攻撃と防衛の手段はない。剣がかけていくにつれて純の恐怖は増していく。額を流れる汗と表情からもその様子が痛いほど伝わってくる。

だが、剣が折れても命に代えてこのオーガを足止めする。純はそれほどの覚悟を持って剣を強く握りしめていた。

荒くなった息を整えながらオーガをにらみつける純。すると、突然オーガの腹の辺りから剣が突き出てきた。

「な、なんだ?」

「大丈夫だった?」

突き出てきた剣が引っ込むとオーガが倒れチリと変わる。空気に溶けていくチリのその奥にかぐつの姿が見えた。

「かぐつ。お前どうやって……?」

「それは後、それよりまずは三人を助けないと」

「あ、ああ。だな」

二人は蓮の方に目を向ける。

その瞬間、鮮血が宙を舞う。

「蓮!」

梓乃葉の叫び声と共に、蓮がオーガに弾き飛ばされた。

「おい! 蓮!」

「蓮!」

二人は自分たちでも気が付かない間に走り出していた。

「蓮? どうして? どうして……私なんか……蓮……起きてよ。ねぇ、蓮、蓮ってば!」

蓮の体には右脇腹から左脇腹にかけて三本の深い切り傷ができていた。紺色のブレザーの下に着ているワイシャツが赤く染まっていく。

梓乃葉は蓮の頭を膝に乗せ涙を拭きながら語りかけている。

蓮は出血がひどく、苦しそうだ。

その時。

「おい、梓乃葉! 上だ!」

「え?」

オーガが梓乃葉の目の前で手を振り上げていた。

身動きが取れない梓乃葉。

梓乃葉を助けようにもかぐつと純の位置からではとても間に合いそうにない。

オーガの爪が梓乃葉を穿うがつその瞬間。

「梓乃——!」

「——もうやめて!!!」

かぐつの全身全霊をかけて叫んだ声が栞の声にかき消された。

そして、栞から白い光が放たれ一瞬だけ部屋を光で染める。

光で奪われていた視界が元に戻ると栞は白い光を身に纏って宙に浮いていた。

「梓乃葉!」

「大丈夫。無事だよ」

「はぁ」

ほっとするかぐつの傍、純は栞から目を離せないでいた。

「おい、どうした? 栞?」

「もうやめて。私の大切な人を、仲間を傷つけないで!!」

言い終わると同時に衝撃波が生まれ3体のオーガを吹き飛ばした。

オーガは壁にめり込んで身動きの取れない。それどころか意識すら無い様でピクリともうごかない。

そのオーガ3対に向ける栞の視線はあまりにも冷たくそこに感情は感じ取れない。

栞は何か言葉にならない小声を発する。その声が小さすぎるからかそれともその声に本当に意味がないからなのか定かではないが何か発した。それ以外の何もわからない。

すると、空虚から直径3メートルは超える炎の玉が生まれオーガ達に向かって放たれる。

だが、炎の玉がオーガにあたる前にオーガは燃え尽きた。

その後に残ったのは、爆音と衝撃だけだ。

衝撃に備えて姿勢を変えた三人。

「二人とも大丈夫か?」

衝撃が場を去った後周りを見渡しながら純が言う。

「うん」

「ええ」

三人ともあまりの出来事についていけていない様子だ。

理解できたのはただ栞がオーガを倒した。ただそれだけだ。

「とりあえず無事みたいだな。蓮と栞は?」

「あそこ」

かぐつが指差すその先にはまだ光を纏っている栞といつの間にか梓乃葉の元からいなくなり栞の膝の上で寝ている蓮の姿があった。

蓮の体から流れる血はまだ止まってなく絶えず流れ出ている。

「このままじゃ蓮が……」

急いで駆け寄る梓乃葉の目からは涙がこぼれて宙に舞っている。

「蓮。ごめんね」

栞が冷たくなった蓮のほほに手を置きそう言い終えると栞を纏っていた光が今度は蓮を包み込む。

すると、蓮の傷が一瞬にして消えほほからは熱が感じられる。

そのまま光は消え、栞は座ったまま意識を失った。

「な、なに今の……」

目の前で起きたことに戸惑いを隠せない三人。

そんな中、蓮が目覚める。

「蓮? 大丈夫か?」

「蓮? 蓮!」

純と梓乃葉が蓮の視界いっぱいに顔を近づける。

「ああ。大丈夫」

その言葉を聞くと安心したのか、蓮に泣き崩れる梓乃葉。

「ちょ、梓乃葉、く、苦しい」

「うるさい。心配したんだから」

「はぁ。良かった」

「ほんと、驚かせやがって」

ここに来てようやく安堵した三人だった。

「ああ。みんなごめん。それで栞は?」

「上」

「上?」

起き抜けで自分の状況がわかっていない蓮は疑問符を浮かべた。

かぐつに言われた通り寝たままの状態で上を見る。

「うわっ!」

目を瞑っている栞の顔がドアップで映った。思わず飛び起きる蓮。

「驚いたな。眠ってる? みたいだね。とりあえず、寝かせてあげよっか」

ふと周りを見る蓮。

「な、何があったんだ? これ?」

記憶に残る場所と似ても似つかない現状に思わず声を上げた。

地面から壁にかけてありとあらゆるところにひびが入っている。

さらに、壁には3つの人形をした凹みもくっきりと残っている。

「栞だよ」

「嘘、だろ?」

信頼している仲間であるかぐつの言葉ですら疑いたくなるほど蓮は驚いていた。

「本当だ。いきなり光だしたと思えば宙に浮くわオーガを三体まとめて吹き飛ばすわ、終いにはいきなり火の玉まで作ってな。結果はこのザマさ。けど、お前を助けたのも間違いなく栞だ」

「そんなことがあったのか……」

蓮は改めて周りを見渡し壁のくぼみや床や壁の焦げた跡を見て確信せざるおえない様子だ。

「それで、来た方は閉まったままだけど、奥の扉は開いたのか」

「なんか、いろいろありすぎて俺にはどうしたらいいかわからん。これからどうする?」

途方に暮れている純。

「進むしかないんじゃない?」

「で、でも、もしまたオーガがいたら?」

口にするだけでも恐ろしいのか梓乃葉は少し震えている。

「どちらにせよここでずっと止まってるわけにはいかないだろうな」

蓮はかぐつの意見に賛成している様子だ。

「そうだけど……」

「心配すんな。何があっても俺たちがいるからよ」

梓乃葉の肩をポンっと叩くと先陣をきって歩き出した純。

梓乃葉は普段は茶化してくる腹立たしい純の背中が頼もしく思えて少しだけほほが緩んだ。

「ってことで、先に進もうか」

蓮はしゃがんで栞を背中に背負って立ち上がる。

扉に向かってゆっくりと歩き出した四人。

「ちょっと待って」

すぐに蓮が歩みを止めた。

「どうした?」

「誰か来る。それも、すごい人数」

純の質問に答えたかぐつは扉の奥の暗闇を見つめている。

洞窟の奥からいくつもの足跡が聞こえる。

「ど、どうするの? と言うより、私達どうなっちゃうの?」

「流石にそれはわからないかな」

「成るように成るさ」

「なるようにってそれが何か知りたいんでしょ」

梓乃葉には楽観的に見える蓮とかぐつに少しばかり怒りを感じた。

「なら、あいつに聞いてみようか」

かぐつが不敵な笑みを浮かべて見ているのは鎧を着た重装備のまさに戦士と思わせる男だ。

彼は数十名の部下を連れ五人の前に立っていた。

「お前達。ここで何をしている?」

「僕達はここに興味本位で入ったら出られなくなってしまったんです」

蓮は多少の警戒をしつつ言葉を紡いだ。

「ほぉ。ただのガキではなさそうだな。とりあえず、全員付いてきてもらうぞ」

何も聞いてこないおそらく男はここで起こったことを知っているのだろう。

あたりを見回し、不気味な笑みを浮かべそうとだけ告げた。

「はい。わかりました」

「ちょっといいの? 何されるかわかんないよ」

梓乃葉の考えは当たり前だろう。いきなり、金属の鎧を身に纏った人について来いと言われて素直について行く人などそうはいない。

「そうだけど、他に選択肢はないだろ」

「梓乃葉、ここは純の言う通りだよ」

「そうだけど……」

どうやら、知らない人に声をかけられてもついて行ってはいけないと言う親からの教えには例外があるらしい。

かぐつの言葉に覚悟を決めたようだ。

「じゃあ行こうか」

蓮を先頭に歩き出す。

すると、騎士が蓮に問う。

「そこの赤髪。お前がそのパーティーのリーダーか?」

「リーダー……? はい。まぁ、そうです」

男の言葉を少しだけ吟味した後返答する。

三人の内誰も異論を唱えない。だが普通、ただの友人関係にリーダーなど存在しない。

しかし、蓮がそう回答し誰も異論を述べないのならそれはそういうことなのだろう。

「そうか。ならお前だけこちらに来い。他はこの兵達の後ろを歩いてこい」

「わかりました」

そう言うと、蓮はしゃがんで栞を下ろした。

「かぐつ、栞を頼んでもいい?」

「いいよ。行ってきな」

かぐつはしゃがむと栞を背負い立ち上がった。

「蓮、頑張って」

「無理すんなよ」

「ああ。じゃあ、行ってくる」

普段通りの足取りで男のもとへと歩き出した蓮。

その心の内は血がしみ込んで肌にべったりとくっついているワイシャツが気にならないほど冷静だが、同時に緊張とプレッシャーに支配されていた。

そんな蓮の背中を見つめることしかできない三人だった。

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