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女王召喚物語 ~ルルカと9の女王~  作者: 藍色折紙
女王を召喚せし少女
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4話 雨の中の応急処置

 死にかけている。

それが何を意味するかを、背筋がぞくりとする感覚で理解する。

すぐに周囲を確認しなおす。

見たところ、ここに入った形跡は瀕死状態の女の子のようでそれ以外はなかった。

あの黒いドレスの女性も含めてである。

擦れたあの跡。少女が血まみれで歩いた跡だということもわかる。

そうとなればシャノンの行動は早かった。


「……危険性はない。処置の前に火を着けないと」


散乱している本をかき集め、本棚をかなり乱暴にけっ飛ばして解体するとそれをかき集めて階段を上がる。


「やれること、やるぞ私っ」


 気合を一つ入れると入口より少し奥の場所にある散乱した瓦礫をどかし、雨の降る外から建物に使われていた四角い石を何個も持ってきてはそこに組み上げる。幸い床は石で造られており、ここに石組みの暖炉を用意しても建物が全焼することはない。かき集めた本棚の残骸と本を石組みの中に突っ込んで、すぐさま腰のベルトに着けていた5つのナイフのうち、赤い宝石のついたナイフを手に取る。


「1日1回が限度なんだけど。ついて、お願い!」


 刃に着いた宝石を指で強く叩くと、さっきよりは小さいが火が灯った。

ランプ代わりにはもうならないほど小さいが火種としては十分。

本に火をつけるとそれは他の本や本棚の残骸に燃え移る。暖を取るには十分な暖炉が出来上がった。

次に少女を暖のそばに移動しなければいけないが、もうナイフの火はランプ代わりにならないので長い本棚の残骸に火をつけて地下へ続く階段の下あたりにの壁の穴に刺した。ナイフの火よりも大きいので地下の部屋はそれで明るくなった。ただ、そのままでは建物に燃え移ってしまうので、少女の場所を再度確認すると、すぐに火を消した。


「ごめんね、持ち上げるよ」


 少女の上に乗っている本をどかすとその体を抱き上げる。より一層その冷たさが伝わってくる。

けれどその息は熱を持っていた。ボロボロの布は濡れている。おそらくシャノンがここにたどり着いたよりも少し前にいたのだろうということがわかった。

雨宿りの場所を探し出せたが、力尽きて意識を失った。とても悲惨な状態。

少女の運がいいかどうか、あとはシャノンが少女を助けられるかどうかである。

暖炉の前に、自分の上着を敷くとそこに少女を寝かせる。


「意識がないのとひどい熱。唇は乾燥している。まだ血も止まってない。ごめんね」


 再度謝りながら少女をくるんでいる布を開く。

血で張り付いた部分もべりべりと音を立てながらはがしていく。

布は体に巻き付けてあるだけで服とは呼べるものではない。身寄りのない貧困層でももうちょっと身なりはしっかりしている。そんなことを想いながらバッグの中から止血用の布を取り出した。

街と街を行き来するシャノン。道中の怪我は自分でどうにかしなければいけないので、治療道具は必ず持っている。魔術による治療というのもあるのだが、それには莫大な魔力とそれ相応の場所を必要とする。

そもそもシャノンには魔力が少なくできるのは一般的は治療行為のみ。それも応急処置である。


「足は靴も履いてないから足の裏の皮が破れてこんなことに。爪もはがれて血だらけ。腕の裂傷、血は雨で大分落とされてるけど何度も転がったのかな……止血用の布が足りない」


 少女の体にどれだけの傷があるかを見極める。

致命傷に近い傷は最速でふさがなければいけないし、傷が深くなくても広ければ血が多く流れ出る。

少女の体は傷だらけだが特に右足の傷は広く深い。それに左の腕の下もぱっくり割れていてここからも血が流れている。少女の下に敷いたシャノンの上着は徐々に赤い血を吸って広がっている。

体温が低く意識もない。止血だけでは足りないことがわかる。

シャノンは背中側の傷も確認するべく、少女の体を横にした。と、シャノンは確認する動きを止めた。


「なに、これ?魔法陣?」


 少女の背中。そこに薄緑色の光をほんのり灯した魔法陣が描かれていた。しかしシャノンにはそれがなんの魔法陣かは全く分からない。知識として魔法陣は空中か、地面に描くことが一般的であるとまで知っているが、人体に描く魔法陣がどんな効力を発揮するかは想像すらつかなかった。

だが直感で、魔法陣が何重にも描かれていて、それに触ることはしてはいけないと思った。

それに今はその魔法陣ではなく少女の裂傷をどうにかするほうが先である。


「下手に魔法陣に触って大事なったらまずいか。えぇと、止血の布は……これでいいか」


 シャノンは自分の両袖をナイフで切り、包帯代わりに使いながら流れ出る血が多い個所を止血。

それでも傷全部はふさぐことはできない。あくまで今できるレベルでの応急処置。


「小さい傷は我慢して。あとは」


 少女を救うことに集中し、じっとりと額に汗を浮かべそれをぬぐうこともなく自分のバッグを探る。

取り出したのは薬草の葉数枚。解毒効果があったり除菌効果があったりするものがあるが、シャノンが取り出したのは数個の赤い実をつけている薬草。体を温める効果があるものだった。

それをバッグの上に置き、ナイフの柄で擦りつぶすと少女の首元、腋の下、太ももの内側に擦りつける。


「本当は食べる方が一番いいんだけど、意識がなくちゃこれが限界」


 擦りつけた手が薬草の実の汁で真っ赤になる。それと同時に暖かくなってくる。

擦りつけた薬草は、料理にも使われるスパイスの一つで、食べたりすりつぶしたものを体につけるだけで熱くなるものである。少しは体温が戻ればとシャノンは心の中で祈った。

 最後に少女が巻いていた布を乾かして、少女の体に再度巻く。

意識が戻るかどうかはシャノン自身には全く分からない。

けれど、もっと適切な処置ができなければ少女の命は消えてしまうことは感じ取っていた。

焦る気持ちを何とか落ち着かせて、空を見上げる。


「か、賭け事は嫌いだけど……雨が上がるか女の子が目を覚ますか。どっちかで町まで一気に走るしかない。女の子の体力が持つことに賭けるしか……」


 雨雲はまだ空の向こうまである。しかし、そこまで黒さはない。白に近い雲に変化していた。

じきに雨は止む。シャノンはそう判断し自分の体を暖炉に近づける。

シャノン自身ここにたどり着くまでずいぶんと走った。少女に施したのはあくまで応急処置であり、このままでは死を待つだけである。本格的な治療ができるサンタパレスまではまだ半日ほどかかるし。しかも今度は少女を背負っていかなければいけない。

シャノン自身、失った体力をほんのわずかでも回復することが必要だった。

じっと、うずくまるように膝を抱える。

そばにあるもうすぐなくなってしまいそうな命をとっさにつなぎ留めたシャノンに、わずかな心細さがあった。


「……お父さんお母さん。私今、女の子助けてるよ。なんでかわかんないけどね」


 5本のナイフのうち、一番古びて錆びついたナイフを手に取りシャノンはそうつぶやいた。とても切れそうにないそのナイフ。シャノンは強く握りしめたあと少女の顔を見る。意識が戻る様子はない。ぐっと目を閉じた後、バッグから干し肉を取り出し食いちぎるように食べては水筒でそれを流し込む。


「ぷはっ。意地でも助ける。私が助けるんだ。死なせるもんか」


 シャノンは目を閉じる。

雨が止むか少女が目を覚ますか。その時をじっと待ち続けた。

だが、少女が目を覚ますことはなくその前に雨がやむ。シャノンは少女を背負う。

そして服を裂き、紐状にしてから少女を自分の体にしばりつけると、その上から雨除けのマントを羽織り、ぬかるむ土を蹴って走り出した。

雨が止むのを待ったことで雲の向こうの日は落ちかける。道半ばで日が暮れることは間違いなかった。

いつもより重い手紙の入ったバッグ。

背中には少女を背負う。

マルクダイムを出て3日。

シャノンの体力は限界に達していた。

それでも、シャノンは走ることをやめない。

これまで、背負ったことのない『想い』と『命』両方を手放したくなかった。

夜が近い。暗くなっていく道。

シャノンは少女の命が助かるよう、ひたすら祈った。


「はぁ、はぁ、そうそう、運良くいかないよね」


 シャノンは、自分の荒い息、自分が土を蹴る音に混じって、別の足音がわずかにしたのをとらえる。

街道を外れているのでまともな道はない。膝元まで伸びた草に紛れて何かがいる。

同じく足音だが、複数。それも軽く土を蹴る音から人のそれではないことがわかる。

雨の後だったことが幸いした。跳ね上げる泥の音が、シャノンに気づかせたのだ。

音はすぐに近くまでやってきて、シャノンのすぐ後ろを一定距離をおいてついてきている。

そこまでくれば振り返るだけでその土色の毛並みが草の上に出ているのがわかった。

低い姿勢で走るその姿にシャノンは覚えがあった。


「あぁ……くっそう。獣、オオカミ。森の狩人に見つかった」


 その数、6匹。

集団戦を得意としその大きな口と牙、そして強靭な顎で骨をも砕き切る。

出会うこと自体を避けなければいけない最悪な状況に置かれた。

シャノンは考える。走りながら考える。

背中に少女を背負い自らの身も守らなければいけない。

もう逃げられる状況になくオオカミはこちらの疲弊を待つか、隙あらばすぐにでもとびかかってくるだろう。爪か牙のどちらかに当たっただけで大怪我、そして足を止めれば命はない。

捕食されたくない。まだ死ねない。守り通さないといけない。

シャノンは、意を決した。

生き残るための、一番高い可能性を。

少女を支えていた両手で腰からナイフを二本引き抜く。

そして、急反転。

とびかかってきたオオカミを1匹そのナイフでのど元から引き裂いた。

手に伝わる嫌な感触。ずぶりと食い込むナイフがオオカミの血液をまき散らせる。

どばっと顔や体に降りかかる血をものともせず、ナイフを構えなおした。

死ねない。助けたい。守りたい。生き残る。邪魔をするな。殺してやる。

シャノンはその決意を、静かに口にした。


「さぁかかってこい。食えるものなら食ってみろ」


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