1話 郵便屋さんシャノン-怒られる-
学術都市サンタパレスといえば名の知れた都市の一つである。
莫大な大地を持つオルナレシア大陸の南側には、赤い旗を持つ連合国家シャルドハークがある。
その中でより東側に位置し様々な知識の交差点と呼ばれる都市。
それが学術都市サンタパレスである。
このサンタパレスに訪れるのは魔術や錬金術、また商業知識や工業知識を学ぶことを目的とした人たちで、その多くが若い学生である。
大きな都市だけあって交易の拠点でもあり、毎日露店が立ち並び様々な雑貨や魔術道具が売られている。
大通りは人々を治療する医療施設を併合した大聖堂が大きくそびえたち、サンタパレスの大きなシンボルでもあった。
海に面しているため、潮風の匂いがするこの都市。
その路地の一角にシャノンが所属する郵便屋さんがあった。
その名も「シャルドハーク郵便サンタパレス支店」。
特に名前にひねりのない郵便屋に元気な声が響いていた。
「はいっ。ただいまー」
郵便の手紙をもって郵便局の扉を開けたのはシャノンである。
にこやかな笑顔で中に入るが、その言葉に明るい返事は帰ってこなかった。
誰もが、少しばかり目を細めてやれやれといった表情である。
「あはは……えっと、仕分けしますか」
まいったなぁ。などと口にしながらシャノンは木で雑に作られた自分の席へと向かう。
カバンを机に置くと、シャノンの元気な声とは真逆で静かな、しかし透き通るような声が一つシャノンにかかった。
「シャノン。上で所長がお呼びです」
声をかけたのは淡い紫の髪で右目を隠した一人の女性である。
見惚れるほどのスタイルと、パリッとしたシャツにがよく似合うその姿は、男性郵便配達員の視線を釘付けにする。
大きい胸には郵便屋秘書ヴィルナーシャと書かれたネームプレートがきらりと光っていた。
「えぇー。私これから配達の仕分けなんですけど」
「あのねシャノン。なぜ呼ばれているかわからないわけじゃないでしょ?」
「……あぁ、はい。怒られるんですね私」
「わかっているのでしたら、できるだけ早くした方が所長の度合いも変わるかと」
「ひ、秘書のヴィルナーシャさんなら言いくるめってできませんか?」
「するとお思いで?」
「聞いてみただけです」
シャノンの様子に、ヴィルナーシャはシャノンのカバンを勝手に空ける。
「あ、」
「そこまで手紙があるようではないみたいですし、仕分け。しておきますよ」
ですので行ってきなさい。という視線に、シャノンはうなだれる。
がさりと手に取った数十通の手紙をひらひらさせながら、ヴィルナーシャは慣れた手つきでシャノンが持ってきた手紙を仕分けていく。
本来秘書の役割でないことをさせてしまっているということに所長のところへ行かないわけにいかなくなり、シャノンは礼を言いつつもその重い足で所長の待つ二階へと上がった。
二階の大きな一室。扉の前にはジャッハ郵便所長室とプレートがかかってる。
で、いざ扉を開けようとするが気が重く木でできた軽い扉も開けるだけで精いっぱいであった。
「あのぉ、シャノン=ライルフィー。今、戻りましたぁ」
扉から顔だけのぞかせて様子をうかがうシャノン。その目に鬼の形相のジャッハ所長が盛大なにらみを効かせて椅子に座っていた。
顔の前で組んでいるその両腕にお怒りの筋が浮かんでいることがはっきりとわかる。
今にも頭の血管は切れそうなほどに顔は真っ赤だった。
「……お、お邪魔ですよね、それじゃまたぁ」
「そこで閉めたら、クビ」
まるで地の底から響くような低い声で失職予告宣言を言われ、シャノンは閉じかけた扉をびくりと反応して止めた。
冷汗は滝のように流れて、所長ジャッハと対照的にシャノンの顔は青くなる。
「部屋に入らなかったらクビ。私の前に来なかったらクビ。逃げようとしたらクビ」
低い声がシャノンへと届く。
恐る恐る部屋の中に入り、目も見れない状態で自分を落ち着かせるよう手をいじりながら所長の前に立つ。
ジャッハはぎろりとシャノンをにらみつけると、深い、深い息をついた。
そして吐いた息を思いっきり体に戻すように息を吸い込む。
ちなみにこのとき、一階で作業していたヴィルナーシャはぴくりと何かを感じ仕分けを一時中断。
その両手を耳にあてていた。
「なにやっとんじゃお前はぁああああ!」
シャノン失神寸前の大音声が炸裂した。
その大声は路地を通り抜け、大通りにまで響き、行きかう人に「お?またシャノンが怒られている」と認識させるほど。そんな大声を真正面で聞いたシャノンは視界が白と黒にフラッシュし、声が収まったというのに体にまだその残響が残っていた。
「お、おおおお」
目を回すシャノンに、ジャッハは机をたたきながらその怒りをさらにあらわにする。
「シャノン=ライルフィー。なぜ怒られているかわかるかっ」
「あっ、えっと、その……戻るのが遅れまして」
「遅れたって、隣町に手紙を取りに行って三日で帰ってくる予定がなぜ七日もかかっているんだ!」
「ひぅっ」
「それも、郵便配達で関係のない、酒場でバイトをしていただとぉお!」
「はぃぃ」
「困ったおばあさんの犬を散歩させていた目撃情報もある!」
「ぅー」
「あげく、屋根の修繕なんか郵便屋の仕事か!。お、お、お前は何の仕事をしているんだ!」
「へあぁあ!?なんでそこまで知ってるんですかぁ」
「毎度過ぎて噂が届いているんだよおお!これで何回目だお前はぁあああ!」
あわあわと怒られるシャノン。頭を何度も下げる
「ごめんなさいいいい」
「許すわけないだろおおお!」
「クビだけはあああ」
「他にどうしろとおおお!」
半泣き状態のシャノンだが、ジャッハも怒りも通り越して半泣き状態である。
そんなすさまじい状態の部屋に手紙の仕分けをものすごい速度で終らせたヴィルナーシャが入ってきた。
その光景を見て早々にため息が一つ漏れる。
「所長。シャノンへのお叱りはあと少しで終らせてください。王都からの使者とお話が控えていますので」
「ぐ、ぐうう。い、言いたいことは山ほどあるが、シャノン=ライルフィー。お前には追って辞令を出す。それまで勤務に励むように。いいなっ!郵便の仕事をしろよ!?」
「うわあああー」
怒涛の説教はヴィルナーシャのおかげでどうやら終わったようである。
シャノンはヴィルナーシャに半泣きどころか大号泣しながらお礼を言いい部屋を出た。
部屋の外でもまだ鳴き声は聞こえたが、そのうち泣き止んで静かになった。
今度はジャッハがため息をつく。
「所長。シャノンの件どうしましょう?」
「……手紙もろくに持ってこれないのでは郵便配達員としては失格だ」
「では」
「とはいえ、手紙と一緒にシャノンを待っているという人がいるのも事実だ。今回のこともそうだが、手紙を受け取りに行った隣町でのシャノンの行いが手紙よりも早く耳に届くくらいだしな」
「クビにしたくてもできないと?」
「言うな。だが、お咎めなしではほかの配達員に示しがつかん。そこをどうするかだ。少しばかり時間がある。少し頭を冷やしながら考える」
ふん。とまだ怒りが冷めやらぬが叫んで少しはすっきりしたのか、その態度にすこしふてぶてしさが出る。ヴィルナーシャの知るいつものジャッハの姿だ。
そしてその姿にお咎めこそあれ、シャノンのクビはないとヴィルナーシャは思う。
「さて、時間を取らせても悪い。王都からの使者とやらと話をしようじゃないか。一体郵便屋に何の用事があるのやら。ヴィルナーシャ、どんな奴なんだ?使者ってのは」
ジャッハが言うと、扉が静かに開く。
そこに騎士を従えた一人の青年の姿だった。