なろう桃太郎
「小説家になろう」で掲載される小説はどれも特徴的で面白く、異世界ファンタジーと言う一種の独特な文化が存在しています。
そんな「小説家になろう」の世界に昔なつかしき桃太郎の物語が、もしも存在していたら……?
むかし、むかし、人里離れたあるところに、おじいさんとおばあさんが仲睦まじく暮らしていました。
今日もいつもと同じように、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯へと向かいます。
そんな、代わり映えのしない、いつもと同じ日のことでした……。
おばあさんが川で洗濯をしていると、川上からどんぶらこ、どんぶらこと大きな桃が流れてくるではありませんか!
驚いたおばあさんはしばし唖然として桃を眺めます。
桃は大きく、大の大人が腕を回しても届かないくらいの巨大さを誇っています。
また、川の流れも速く底は深いため、桃を取るのはとても難しそうに見えます。
このままおばあさんは桃が流されていくさまを見ているだけしかできない……。
そう思われたその時です。
おばあさんは何か決心したような面持ちでやおら立ち上がりました。
そうして、懐から一本の杖を取り出したのです。
いいえ、それは只の杖ではありませんでした。
なんとそれは、世界樹の枝にピュアミスリルのコーティングが施され、先端に神授石を嵌め込んだ神杖"闇を打ち払いし全能の杖"だったのです。
「おお、万物に満ちし力の奔流よ。我が声に従いて風となれ――」
おばあさんの口から紡がれし、世界に語りかける言葉とともに、先程まで静かだった周辺がざわざわと風に靡きます。
やがて無秩序に凪いでいた風は、おばあさんが杖を振る仕草に導かれるように一塊に集まると、水面揺れ流れる桃を救い上げおばあさんの元まで運び込みました。
そう、じつはおばあさんは魔術師だったのです。
それも宮廷魔術師の中でも最高位の者にしか許されていない、蒼の位階を有した"国崩し"と恐れられた単独決戦兵器だったのです。
かの国ではおばあさんの名前を知らぬ者は居ないでしょう。
それほどまでに、おばあさんは恐れられていたのです。
……もっとも、今の彼女は平凡な一主婦です。
他人と違うところと言えば、おばあさんという呼称に反して見た目が十代のそれであるという点位でしょうか?
もちろん、これも万物を支配する魔力の恩恵です。
おばあさんは、超がつくほどの美少女でした。
「ううっ、思わず拾い上げてしまっちゃったけど。困りました。これ、どうしましょう?」
はわわと、ドジっ子臭い雰囲気を醸し出しながら、おばあさんは途方に暮れます。
ただ、おばあさんには一つだけあてがありました。
もちろんそれは山に柴刈りに行っているおじいさんです。
特に理由も具体的なエピソードもなくおじいさんにべた惚れしているおばあさん。
彼女は、おじいさんならいつもの様になんとかしてくれるだろうと至極楽観的な結論を出すと、早速風魔法を駆使して桃を家へと持ち運ぶのでした……。
◇ ◇ ◇
「おじいさんっ! えっと、その……」
山から大量の柴を担いで戻ってきたおじいさん(若くてイケメン)は、おばあさんの横に巨大な桃があるのを見つけると、厄介事の匂いを感じ取って肩をすくめました。
「はぁ、やれやれ……。また面倒事を拾ってきたのかい、おばあさん?」
「ううっ、ごめんなさい……」
「まっ、俺はおばあさんのそんなところ、嫌いじゃないんだけどな?」
「おじいさん……」
何に使うのか不明な柴を置きながら、おじいさんはおばあさんの頭を撫でて軽く微笑みます。
そんなテンプレート的なセリフと行動におばあさんもメロメロです。
ぽーっとおじいさんを眺めるその表情はもはや雌のそれでした。
きっと今晩はおじいさんと一足早い夜の東京オリンピックに勤しむことでしょう。
これがノクターンノベルなら話タイトルの横に★マークが付くところですね。
もっとも、残念なことにこの世界は小説家になろうなのでその描写がされることはありませんが。
「っと、そうそう。おばあさんがあんまりにも可愛いから忘れるところだった。この桃、どうするの?」
選手代表による開幕宣言も終了したところで、おじいさんはふとおばあさんの横にある巨大な桃のことを思い出します。
おばあさんの愛らしさに見惚れていて陳腐なイチャイチャシーンを演出した下半身直結厨のおじいさんですが、少しばかり冷静になった股間の脳みそでようやく物事を考えることができたのです。
「私もよくわからないんです。おじいさん、何か分かりますか?」
「へぇ……ちょっと待って。―鑑定―」
何やらブツブツと呟いたおじいさんが、これみよがしに叫ぶと同時に、彼の頭に桃の情報が奔流となって流れ込んできます。
それはおじいさんがこの世界に転生してきた時に神様より授かった多くの能力の一つで、ありとあらゆる物の詳細を看破できる非常に便利な能力でした。
「これは……っ!!」
水に濡れ、陽光を反射して瑞々しく光る桃。
その柔らかな肉肌をねっとりと眺めたおじいさんは、訝しむおばあさんを尻目に懐から一本の刀を取り出します。
ああ、なんということでしょう。
おじいさんは一度抜くと世界を切り裂くまで決して収めることができないと定評がある神刀"世界を切り裂きし黒の刃"を抜き放ったのです。
突然のことにおばあさんも慌てふためきます。
あの刀がどれほどの世界を斬ってきたかおばあさんも知っていたからです。
――もう、もう二度と戦うことはないと思っていたのに。
おばあさんの瞳から一滴の涙がこぼれ落ちます。
それは再び起こるであろう戦いの日々を予感させるものでした……。
「おばあさん、下がっていて」
「えっ、は、はい!」
「はぁっ!!」
キンッ! と甲高い音と共に桃は真っ二つに斬られました。
同時に世界も斬られました。
けれども、おじいさんとおばあさんはそれどころではありませんでした。
切断した桃の中で何かがゴソゴソと動き出します。
二人が慎重にその様子を確認すると、やがてそれはぴょこんと元気よく飛び跳ね、二人の前に姿を現わしたのです。
そしてそれは……、
「ぷはっ! はじめまちて!!」
驚いたことに、小さな可愛らしい全裸の幼女だったのです!
「えっ! えっ! 女の子!?」
「はぁ……やれやれ。これはまた、いつも以上に厄介なことになりそうだぜ」
全裸の幼女を前におばあさんは驚き、おじいさんは肩をすくめて平静を装いながら幼女の裸体をガン見しています。
そう、おじいさんは先程の能力により桃の中に女の子がいることを知っていたのです。
おじいさんが刀を振るったのはこの為でした。
世界を切断する刀と、ありとあらゆる技能を完璧に行使するおじいさんの腕前があれば、中の幼女を切断せずに桃だけを切り裂くなど朝飯前の行為だったのです。
その事実を理解したおばあさんも早速雌の顔になります。
ですが、積み上げられた問題はまだまだ二人を許していませんでした。
「パパっ!」
幼女はおじいさんをじぃっと見つめると、顔を輝かせて突然おじいさんに抱きつきました。
「って、ええっ!? 俺はパパじゃないぞ!」
「ぱ、パパって! まさかおじいさん!?」
これにはおばあさんも大驚き。
おじいさんも自然と前かがみです。おばあさんに悟られぬよう、あたふたと必死で言い訳とごまかしを初めます。
「ち、違う違う! 初めて見たからなついているだけだって! と、鳥の雛みたいなもんだよ!」
「むぅ……」
「パパーっ! だっこ!!」
幼女は相変わらずおじいさんに抱きついています。
おばあさんは魔法を使って一から十までおじいさんの行動を監視するストーカーだったので、そもそもおじいさんの不貞は疑っていませんでした。
ですが、現実問題として愛らしい幼女に抱きつかれて鼻の下を伸ばしているおじいさんを見ては流石にもやもやとした気持ちになります。
もっとも、そういうところも含めて、おばあさんはおじいさんのことが大好きなのです。
凄く強くて頼もしいのに、どこか子供っぽくて……。
おばあさんはおじいさんが自分を助けてくれた、あの『最終次元戦争』の日々を思い出します。
おばあさんは雌の顔でした。
しばらくおじいさんと幼女がじゃれあう様を眺めていたおばあさん。やがて大きくため息をつくと仕方ないなぁとばかりに許してあげることにしました。
おばあさんは超が付くほど男にとって都合の良い女だったのです。
「う、うう。こんな年で俺がパパだなんてなぁ……」
「いいじゃないですか。似合っていますよ、パパ?」
「からかうなよ~!」
「ふふふ、そんな小さな子に鼻の下を伸ばしていたバツですよ~だっ!」
「えへへ~!」
茶番が始まります。
もはや幼女が何者でどこから来たのか?とか、斬られた世界はどうなったのか?等と言った重要な項目は三人の頭からすっぽりと抜け落ちています。
ただひたすら、陳腐なやりとりで笑い合っているのです。
「あっ! おばあさん笑ったな! それにキミも! ……ってか、キミって呼び方流石にまずいか」
「そうですよ。女の子なんですから。 名前……どうします? えっと、名前あるのかな?」
「無いよっ!」
「はぁ~、俺がつけるしか無いのか」
「桃から生まれた女の子ですか。何か桃にあやかった可愛い名前がいいですねっ!」
幼女に名前はありません。
そもそも名前が無いからと言って名づけて養う辺り犬猫を拾う感覚でいることが最高にクレイジーです。
おじいさんとおばあさんは、ちょっと人間的にあれな人だったのです。
そういう感じなので、早速二人は幼女の名前を決めることにします。
うんうんとしばらく唸っていたおじいさん、ですがそれも数分かからぬ内に終わります。
「むぅ、桃……桃か……。よしっ! 決まったぞ!」
ぽんと手を打つおじいさん。
おばあさんと幼女も自然と期待の瞳を向けます。
桃から生まれた彼女は、一体どんな名前をつけられるのでしょうか?
「お前の名前はエリナーゼ! 桃から生まれたエリナーゼだ!!」
桃は一切関係ありませんでした。
幼女の名前はおじいさんの一存で今後のハーレムヒロインとして相応しい名前に決定されたのです。
この決断力こそが、おじいさんが世界を救うことができた一因でした。
おばあさんと幼女も満足気に頷きます。
「うん! わたしエリナーゼ! パパ、ママ、宜しくね!」
「はははっ! よろしくなエリナーゼ!」
「これから宜しくね、エリナーゼちゃん!」
こうして、おじいさんとおばあさん、そして桃から生まれたエリナーゼは末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたし……めでたし……。