公園のトイレの蛍光灯はよくきれるものらしい
あの日も、とてつもない豪雨だった。
私は独り膝を抱えて、ひんやりとしたタイルに座っていた。
まだまだ夜は冷える六月である。
部屋着のまま飛び出してきたことを少しばかり後悔していた。
せめても上着を羽織ってくればよかった。
かといってこのままのこのこ家に帰るわけにはいかない。
いや、帰ってはいけない。
このまま帰っては母ちゃんに示しがつかないではないか。
はあ、と一つため息を漏らした。
私はふと天井を見上げる。
そこには力尽きた蛍光灯が無意味に飾ってあった。
そのせいでこのトイレは不気味な雰囲気に満たされている。
公園のブランコを照らすように設置された街灯の光だけが、今私を照らす唯一のものである。
ここに逃げ込んだとき、一瞬この暗さに恐れをなし、男子トイレに逃げ込もうかとも思ったのだが・・・やめておいた。
それにしても寒い。
来るときに傘を持ってくれば良かった。
服はもう下までびしょ濡れである。
私が座っている回りには琵琶湖が形成されていた。
そっと、外を見てみる。
決して、母ちゃんが迎えに来るのを期待して見たわけではない。
断じて違う。
でも、もし、もし来たとしても、その手を払い避けてやる。
絶対に家になんて帰らない。
元々は母ちゃんが悪いのだ。
私が、せっかく、せっかく作り上げたパズルをご飯だからだといってぐちゃぐちゃに分解してしまうなんて、酷すぎる。
しかもその上『当たり前でしょ?』だなんて。
スーパーハイパーマックスデラックス酷い。
だから、私は家・・・いや、母ちゃんを捨ててやったんだ。
『あなたのような悪い母ちゃんは要りませんよ』って、捨ててやったんだ。
今更追いかけてきて『ごめんなさい』なんて言ったって許してやらない。
雨がトイレの天井を容赦なく叩く。
その騒音にももうなれてしまった。
同じ体制で長時間座っていると、お尻が痛くなった。
かといって、動くとせっかく体温で暖まったタイルが無駄になってしまう。
でも、私は家出したことをちっとも後悔してなんかいない。
絶対にしていない。
だから、家に帰りたいなんてちっとも思ってない。
お腹なんて、絶対にすいてない。
眠くなんて無い。
泣き出しそうな訳がない。
私はもう子供じゃない。
だから、独りが、寂しくなんて無い。
ただ、雨に止んでほしいだけだ。
もし、今夜な晴天だったら、私はもっと遠くまで行けたはずだ。
ただ、雨が降っているから、この公園のトイレで膝を抱えているだけだ。
瞬間、私の鼻先を酷く冷たい風が掠めていった。
その風は、トイレの奥の、奥の方へとすいこまれていく。
まるでこのトイレの奥にはブラックホールがあるように。
次々と冷たい空気を吸収していく。
ゴオオオオオ・・・
化け物が哭いた。
こんなところに化け物がいるわけがない。
そんなのはわかっている。
ただ、私にははっきりと見えた。
なんとなく、大きい・・・大きい影。
見える。
赤く目が光っている。
その不確かな影はゆっくり、ゆっくりと私に近づく。
そのたてがみをゆらゆら揺らし、
その鼻息を荒らげ、
少しずつ、確かに近づいてくる。
『悪い子』
はっきり、耳の奥に聞こえた。
やっと公園のトイレの中から悲鳴が聞こえてきた。
それを聞いた私はトイレの影から入り口の方に回る。
そして、どしゃ降りのなか、地面に膝をつき、両手をいっぱいに広げる。
あの日、私の母ちゃんがしたように。
そして、十分に反省したであろう、可愛い我が子が胸に飛び込んでくるのを待った。
ふと、トイレの天井をみあげる。
公園のトイレの蛍光灯はよくきれるものらしい。
初の投稿でした。
いかがだったでしょうか。
まだまだつたない文ではありますが今後も 日々精進していきたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。