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第5話


女子バスケット部の生徒達は拓朗を見て駆け寄ってくる。

拓朗の前に警戒心を露にした紀香達が立ち塞がるが、紀香達は身長が150センチ前後である。

拓朗は身長が180センチ以上あり頭2つ以上高い。女子バスケット部の生徒達も紀香達より身長があり、紀香達の頭越しで拓朗に話しかける。


「先生っ、先生は神城高校かみしろこうこうの出身ですね」


拓朗はいきなりのことで戸惑ったがはっきりと答えた。

「…ああ、そうだ」


「やっぱり!じゃあ、先生は神城高校バスケット部だったんですね。

あのインターハイと国体で全国制覇を果たした。

しかも對馬拓朗って言えば得点王で最優秀選手だったじゃないですか」


「まあ、そんな事もあったな」


「なんで黙っていたんですか。神城高校の5番 對馬拓朗は、いまでも伝説なんですよ」


「そんな大げさだよ」


「いいえっ、私は小学五年の時、インターハイで神城高校の試合は全部見ました。

先生のプレーを見てバスケットを始めたんです。ここで会えるなんて感激です。うれしいです。

あっ、私は1年2組の進藤結衣しんどう ゆいです」


きらきらした目で見てくる女子バスの生徒に拓朗はこそばゆいと言った感じだ。

拓朗は結衣の言っている事をなるほどと思った。

あの年のインターハイは東京大会だった。

忘れもしないが準決勝と決勝はこの松涛学園の第二体育館だったのだ。

ここの近くに住んでいれば見に来てもおかしくない。


紀香達も拓朗の高校時代の話は聞いていた。

バスケでインターハイにも出たと聞いていたが、まさか優勝していたとは思わなかった。

拓朗は自分自身の話はあまりしないし、どちらかといえば寡黙の方だからだ。

だが伝説とまで言われるほどすごい人だという事は納得できた。

拓朗の走る姿は一流の陸上選手のようにすごく綺麗だった。

紀香達は拓朗の走る姿に見蕩れていたほどだったのだ。


「で、何の用、私達はこれからごはん食べに行くんだけど」

と、不機嫌そうに奈々美が言うが、女子バスの生徒達は気にした様子もない。


「先生、私は…」


「もちろん皆知ってるよ。歴史を教えてるんだし。2年4組の佐々木だろ、それから5組の松本、1年1組の吉田だったな」


拓朗は一人ひとりの目を見て名前を行った。

四人は拓朗が自分達の名前を覚えていてくれたのが嬉しかったのか、キャーといって喜んでいる。

これは特別拓朗の記憶力が良いからと言う訳でもない。

拓朗もやはり少しはバスケにも未練はあったし興味もあった。

だから自然とバスケ部のメンバーは名前と顔を覚えていたのだ。


「入学してすぐに、もしやって思ったんですが、バスケ部の顧問の先生は山口先生ですし、その…對馬先生はあまりにもイメージが違ってましたので…ですがっ始業式で對馬先生を見て確信したんです」


「私も對馬拓朗という名前は知ってて、でも同性同名の別人だろうって思ってました。だって先生は去年、私たちと同じ頃この松涛学園に来て直ぐに考古学部を創部して…それにごめんなさい。バスケの伝説の人とは…その頃は思えなくて…えーと、すみませんでした」


「まあ、別に気にして無いよ。おれは高校でバスケは辞めたんだし。それで何の用だい」


「先生のバスケを私たちに見せて欲しいんです。そして監督になって欲しいんです」


「「「えーっ」」」


これには紀香達が直ぐに反応した。


「駄目に決まってるでしょう。ばっかじゃないの。先生は私達の部の顧問なのよ」


「先生がいなくなったら考古学部はどうなるのよ。無責任な事言わないでよ」


「ふざけんじゃないわよ。自分達の都合ばっかり言って、先生が迷惑してるでしょ」


「先生っ、話しになりません。もうごはん食べに行きましょう。

じゃあね、佐々木さん、バイバイ、もう二度と来ないでね」


紀香達は怒りを露にし女子バスケ部員達を睨みつける。

怒りのオーラを纏ってるんじゃないかと思えるほど気迫を込めて怒っている。

女子バスケ部の一年生の二人は顔色を変えて怯えているようだ。

さすがに拓朗も考古学部を辞めて他の部の顧問になるつもりは無い。


「すまないが、俺は考古学部の顧問を辞めるつもりは無いし…バスケは高校で辞めたんだ。

もう5年以上のブランクもあるし、君達に見せられる物なんて無いよ」


「……」


取り付く島もない状況に黙り込む女子バスケ部員達。


「先生、行きましょう」


立ち去っていく拓朗達5人を見ながら、佐々木里奈は独り言のように囁いた。


「私は諦めない。對馬拓朗が監督になってくれたら目標であるインターハイ出場だって出来る」




それから三日間は紀香達にとっては何事もなく過ぎた。

生徒会が考古学部の入部試験の実施について告知してくれたおかげで、入部希望者が部室に押しかける事もなかった。

だが拓朗にとっては色々と大変な日々だった。

拓朗の変身と考古学部の入部試験の実施と、バスケ部の女子たちが拓朗のバスケでの実績を吹聴していた事も合わせて、校内では拓朗の噂で持ちきりだった。

拓朗が歴史の授業で各教室に行くたびに、様々な質問が生徒達(主に女生徒)から出て授業時間が削られるハメになっていた。それは他の先生方にも多少の影響が出ていた。


これらの事は教頭が金曜日の放課後に行なわれた職員会議で議題に上げていた。

「對馬先生、考古学部はずいぶんと人気が出てきたようですな。なにか入部試験を行なうとか」


「はあ、信じられないような話なのですが、実は…」

拓朗は入部試験を行なう事になった経緯を説明した。


「なるほど、部活に取り組む姿勢をテストするのですか。それで何人くらい入部を希望しているのですか」


「さあ、火曜日は20人くらいだったのですが、それからはちょっと分かりません」


それを聞いた教頭は生徒会室に内線で連絡し生徒会の役員を会議室に呼んだ。

会議室に入った生徒会副会長の岩瀬 希は聞かれたことに事務的に答えて行った。


教頭から

”現在、何名くらいが入部希望しているのか”

”何故急に考古学部がこんなに人気が出たのか”

”入部試験はどのようなものなのか”

といった質問がでた。

これはほとんどの教員達の知りたい事であった。


「今現在で37名の入部希望届けが生徒会の方に出ています。火曜日の昼休み終了時が受付締め切りなのですが、最終的には60名を超える人数になると思われます。ちなみにほとんどが女生徒です。男子は数名しかいません」


「「「「「「えーっ」」」」」」

教員達から驚愕の声が上がる。

拓朗も驚いていた。


―――紀香の言ってた事は本当だったんだ。まさかこんな事が…


教頭も驚いていた。

「学園側としては入部試験など認めないつもりだったんだが、これは…」


岩瀬 希は冷静に話していく。

「考古学部の部室は去年、對馬先生が当時使用していなかった第一科学室を整理して部室にしました。

ですが部室の半分は元の資材等を置く為にパーテーションで区切られています。

ですから20名ほどしか部室には入れません。考古学部には現在4名の部員がいます。そうなると16名しか入部できません。今回の入部試験での合格率は30%を切ることになります」


会議室中がざわざわと騒がしくなってきた。

希は思っていた。


―――私も入部希望者の一人なんだけど、今回は厳しいわね。部室を替えて貰うしかないかな。


「いくらなんでも、これでは入部希望者達から苦情が出ると思いますし、選定基準を明確にする必要があります。それと部室を広いところに変更する必要もあると思います」


「うーん、そうなると講堂かあるいは視聴覚室あたりを使うことに…」

「視聴覚室は吹奏楽部や軽音部、映研部、アニメ研なども使用しますから無理です」


ここで拓朗が提案を出した。

「部室の半分を占めてる旧第一科学室の不要資材を業者に頼んで廃棄して貰いましょう。

それで40人以上は入れます。それほど予算は掛かりませんし」


「さすがは對馬先生っ」


すかさず寺尾佑理が拓朗の案に賛同する。

寺尾佑理は今年の新任の女教師で古文を担当している。

以前から拓朗に好意を示していたが、今回の拓朗の変身後は恋心に変わっていた。


「先生、私はクラス担任はしてませんし、部の顧問もしていません。

考古学は私も大好きですし、部員が増えたら是非私を副顧問にしてください」


「今はそういう問題では無いでしょう」


すかさず中沢優奈が声を上げる。

優奈は拓朗と同期の音楽教師である。

松涛学園に拓朗と一緒に赴任してから、今年の7月までは拓朗とよく昼食を共にしていた。

だが7月からは拓朗は部室で紀香達と昼食をとっていた。

それを優奈は残念に思っていたし、佑里と同じように拓朗の変身後は恋心に変わっていた。

佑里とはライバル関係にある優奈は、さっきから副顧問になりたいと考えていた。

だが、古文を担当している佑里が今回は副顧問としては有力である。


「中沢先生の言われるとおりです。副顧問の件は後でもいいでしょう。

それより對馬先生、じゃあ、部員は40名までとするのですね」


と言ったのは青木智子である。

職員室で拓朗の直ぐ前の席に座る智子は、先輩としてよく拓朗の面倒を見てきた。

外見はともかく拓朗の人柄には好意を持っていた。

そしてやはり智子も変身した拓朗を好きになっていたのである。


女性教師三人の意見を聞いた教頭は、他の女性教師も含めて拓朗が好意を持たれている事に気付いた。


「まあ、なんとなく理由は分かるが、やはり人気の原因は對馬先生なんだな」


教頭から言われ希は正直に答えた。


「そうですね。生徒会でも入部の理由を聞いているのですが、大抵は對馬先生となら部活も楽しいとか、對馬先生が素敵だからといった理由がほとんどです。まあ、それが悪いわけじゃないですけど」


「そうか、どうしても考古学を学びたいという訳じゃないのか。

では入部試験で落ちてもおかしくは無い者が多いんだな」


「はい、問題の内容にもよりますけど、そうなるとおもいます」


「それでは、對馬先生の提案通り部室を広くして、定員は40名ということにしましょう」

教頭は結局、予算の関係もあり仕方ありませんと締めくくった.


「それで試験の問題なのですが。對馬先生。もう作ってあるのですか」


そう教頭が拓朗に尋ねた途端、希が言った。

「えっと、私も考古学部の入部試験を受けますので、ここで問題を聞く訳にはいきません。失礼します」


「えっ、岩瀬さんは生徒会の副会長だろ。部活もやるのかい」

と拓朗が聞くと

「はい、普通に部活はできると思いますが、ああ、文化祭とかでは生徒会を優先しますけど」


「そうか、じゃあ、ここで帰った方がいい。ありがとう」

「はい、失礼します」


希が会議室を出て、拓朗は問題の説明を始めた。


「えー、一問目は私が考えました」

そういうと拓朗は会議室のホワイトボードに問題を書き始めた。


【第一問 考古学の定義である下記の文の空白の部分を埋めてください】


『考古学は        を研究する学問である』



「この問題はまあ、一般的にも常識問題と思いますが、各自の考え方を知りたいと思います。

松涛学園の生徒でしたら簡単な問題ですが、正確に書いてなかった場合は間違いとします。

この答えは『あっ、先生っ』…何でしょう、寺尾先生」


なぜか拓朗の話の途中で寺尾佑理が手を挙げた。

「對馬先生、私に答えを書かせてください」


「は、はい、ではどうぞ」


佑理はホワイトボードの前に来ると拓朗の顔を見てから


『人類が残した痕跡、例えば、遺物や遺構などの研究を通し、人類の活動とその変化』

と書いた。


「これでどうですか、對馬先生」


拓朗は佑理ににっこりと微笑んだ。

「はい、寺尾先生、模範的な解答です。見事に満点な答えです」


佑理も満面の笑みで拓朗に答える。

優奈や智子、それに何人かの女性教師の顔が強張る。

だがこの会議室にいる教職員でここまで完璧に解答出来る者はいなかった。

むしろ佑理の回答を見て”なるほど”と思う者が多かった。

拓朗は常識問題だと言うが、教頭は結構難しい問題だと思った。



「次の問題は考古学部の部長である山咲奈々美が考えたものです」


【第2問 古代メソポタミア文明でシュメール人が作り上げた、世界最古の高度な都市国家の名前を一つ挙げなさい】


本当は奈々美の問題は四つの都市全ての名前を挙げよ。というものだった。

しかも楔形文字で書けとあった。

誰も入部させたく無いという奈々美の気持ちも分かるのだが、拓朗もさすがに楔形文字で書くのは難しいので問題を変えたのだった。


しかしこれも佑理は簡単に答えてしまう。

「先生、メソポタミア文明は中学で学んでいますから、ここの生徒でしたら誰でも答えられます。

この問題も易し過ぎる問題だと思います。答えはエリドゥ、ウル、ウルク、ラガシュですね」


「考古学に興味の無い者は忘れてしまっているかも知れません。

ですが、寺尾先生は四つの都市全ての名前を挙げるとは、本当に考古学が好きなんですね」


拓朗は嬉しくなって佑理に嬉しそうに微笑んだ。

その笑顔は佑理の恋心を正確に射抜いた。

拓朗の笑顔にときめいて、佑理はドキドキする胸を押さえ、ほんのりと頬を赤くしている。

だが他の女性教師達は顔を強張らせ、違う意味で頬を赤くしていた。


「ああ、もし、部員が大勢増えたら、俺一人じゃ手が回らないかも知れないですね。

寺尾先生がよければ手伝って『先生っ』・・・」


拓朗がそこまで言った時、優奈と智子が同時に叫んだ。

そして智子は佑理を睨みながら言った。


「對馬先生、先生は考古学の話になると、夢中になって脱線する事が多いですよ。

次の試験内容について話を進めて下さい」


優奈も怒っているようだ。

「今までの問題は易しかったと思います。次は少し難しい問題が良いのではないでしょうか。

それと寺尾先生は席に戻られたらどうですか」

と、憮然とした表情だ。


本当は優奈は1問目も2問目も解答出来なかったのだが、佑理の攻勢を止める為に問題は易しかったと言ったのだ。

もう、完全に佑理に対して敵愾心を燃やしている。


「はい、…そうですね。わかりました、では3問目を説明します。寺尾先生は席に戻ってください」


佑理は今でも拓朗に対するときめきが納まらず頬を染めながら席に戻った。

その様子を女性教師達は苦々しげに見ていた。


「えー、三問目は残りの部員が考えたものです」


【第三問 紀元前2600年頃のシュメール人の王で「私は半神半人で、血の2/3が神だ」と言ったことでも有名な王の名を挙げなさい】


「この問題は少し難しいと思いますが、シュメール人の王といったらこの王と言うくらい有名ですので、分かる者には分かるでしょう」


教頭は問題を見て思ったことを言った。

「うーん、私は答えが分からんが。なんだかクイズ番組のクイズみたいな問題ですね。

先生方で答えが分かる方はいますか」


一年の英語の授業を担当している佐藤今日子は、拓朗が立っているすぐ傍の席に座り拓朗をボーっと見ていたがこの問題は答えがわかった。高校生の頃にやったゲームのサブキャラで出て来たのだ。

たしか『王の財宝』というスキルを持っていたキャラだ。


教頭の方を見ると目が合ってしまった。

「うん、佐藤先生はお解かりなのですか」


今日子は迷わず言った。

「はい、もちろんです。ギルガメッシュ王ですね」


拓朗は思わず拍手をしてしまった。

「正解です。佐藤先生も考古学に興味があるのですか」


にこにこと嬉しそうに話す拓朗を見て今日子はつい嘘をついた。

「はいっ、もちろんです。歴史にはロマンを感じます。考古学は大好きなんです」

本当は考古学など興味を持ったことなど無い。

だが初めて拓朗の笑顔を見た今日子は佑理と同じようにときめいていた。


こうして無意識に次々とフラグを立てていく拓朗だった。


だが次に教頭が話した議題は拓朗や紀香達にとって大きな問題となる。



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