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第27話

「みんな、あそこを見て王華高校が見に来てるよ」


「ああっ、本当だ。井植監督もいる」


里奈に言われてみんなも気付いた。


「あと2つ勝ち進めば井植監督の王華高校と戦えるんだ。すっごいよね」


井植監督の教え子である王華高校の卒業生の中には全日本のキャプテンもいるし、実業団で活躍している人も多い。

高校で女子バスケ部に所属する生徒で井植監督の王華高校を知らない生徒はいないだろう。

それほど井植監督と王華高校は有名だし、全国の高校女子バスケ部員の憧れなのだ。

その井植監督率いる王華高校と対戦できるだけでも全国の高校女子バスケ部員にとって名誉なことなのだ。


「うん、でももう王華高校は雲の上の存在じゃない。私達だって対等に戦える相手なんだよ」


紀香は顔を紅潮させ誇らしげだ。

だがそれを聞いても里奈は顔を強張らせていた。


「それより今日の試合は目いっぱい全力で行くよ」


「里奈がそんなに気合が入ってるのは始めて見たよ。どうしたの」


「さっき相手のキャプテンに『あんた達はアイドルにでもなればいいじゃん』って言われたんだよ」


「なにそれ、むかつくぅ、言い返してやったんでしょうね」


「うん、もちろん。だからさ、負けるわけには行かない」


そこに奈々美がやってきた。


「ねえ、なんか向こうさん、すっごく怒ってるみたいだけど何かあった?」


「どうせ、こっちのことを雑魚と見下してるんだよ。その雑魚に言い返されて怒ってるんだと思うよ」


険悪な雰囲気の中、試合が始まった。

会場の応援はいつもどおり松涛学園一色だ。

王華高校の選手達も驚いている。


「いくら地元の東京の高校だとしても、これは異常だよ」


「これはやりづらいね」


しかも観客のほとんどは男子高校生か大学生だ。

松涛学園の試合に毎回来ている男子達は組織だった応援をするようになっていた。

女子の試合でこんなに男子ばかりが見ている試合なんてありえない状況だった。

相手の岐阜県の代表校の選手は、この応援に対しても怒っていた。

自分達に対する応援はほとんど無く、相手の応援ばかりだ。


「なんだよこれ、あたし達はまるで悪役じゃないか」


だがいくら怒っても愚痴っても事態が好転するわけではない。

彼女らは闘志をむき出しにして試合に挑んでいた


里奈や奈々美達は、今までの試合では1年生部員やハーレムメンバー以外の部員と一緒に試合に出ていたため、全力でプレーは出来なかった。どうしても連携を取るため1年生や仲間にに合わせなければならないから当然スピードも抑えていた。

だが今回はコートに出ている5人は身体能力がほぼ一緒だ。

遠慮なく全力でプレーしても十分に連携できる。

今ではハーレムメンバーの思考速度、判断速度、反射神経、動体視力、集中力、瞬発力、スピード、ジャンプ力、パワーは女子高生としては最高レベルにまで達していた。しかもハーレムメンバー同士の意思疎通も完璧だった。


相手の岐阜県の代表校の選手は、まったくなすすべが無かった。

松涛学園の選手達は圧倒的な身体能力を持った選手ばかりだ。

岐阜県の代表校は王華高校と同じようにディフェンスを固め、速攻で得点するという最近の傾向にあった戦法をとったが、松涛学園にはまるで通用しなかった。王華高校に次ぐ実力を持った高校だったが松涛学園の前に膝を屈することになる。

前半を終えて57対8と50点近い得点差に、彼女達は愕然としたがそれでも最善を尽くそうとしていた。

それでもベスト16同士の試合とは思えない一方的な試合になった。


面白いように得点を重ねる松涛学園を見て、会場の応援もヒートアップしていった。

後半は拓郎もハーレムメンバー以外の選手もコートに送り出した。

それで、やや攻撃力は落ちたが、点差は広がる一方だった。

試合終了のホイッスルが鳴った時には96対32というベスト16の試合では記録的な大差がついていた。


コートに蹲って号泣する相手校の選手に、さすがに里奈も掛ける言葉は無かった。

松涛学園は全国でも有名な進学校である。東大進学率は全国でもベストテンに入っている高校だ。

それは今回の試合の相手である岐阜県の代表校の選手もよく理解していた。

スポーツ専門誌を読んで、今回の相手である松涛学園の主力メンバーが東大志望ということは知っていた。

だからこそ、バスケットの試合では絶対に負けたくは無かった。それが、結果は記録的な惨敗である。

学生としても、女としても、そして、せめて絶対に負けたくなかったバスケでも惨敗した彼女達の心に救いは無かった。

岐阜県の代表校の3年生の選手達はこれで高校バスケは最後の試合になった。


松涛学園の勝利を祝う大歓声の中、敗者である彼女達の号泣は関係者の誰もが哀れに思った。

彼女達を痛々しそうに見ている王華高校の選手達の心には、彼女達の慟哭は響いていた。

高校でのバスケはこれで最後、だけどまだ大学やWリーグ(実業団)に行って頑張って欲しいと彼女達は思った。

そして王者・王華高校の選手達は打倒・松涛学園を心に思った。

やはり彼女達も自分達の全てであるバスケで松涛学園のエリート美少女達には負けたくなかったのである。


王華高校の井植監督はこの試合で岐阜県の代表校を見に来ていたわけではない。

松涛学園のことは、新聞やテレビで過熱気味に報道されていたため部員達に聞いていたが、特別警戒していなかった。

だが對馬拓郎が監督として率いているチームと知り強い興味を持った。

對馬拓郎といえば数年前の高校日本代表選手であり井植が理想とするバスケット選手だった。

拓郎が高校卒業後はぴたりと名前を聞かなくなったがどうしているんだろうかと思っていたのだ。


「ありえん、俺も長いこと監督をやってるが、女子高生であれほどの運動能力を持った生徒を俺は見たことが無い。

しかも一人だけならともかく、部員の多くが同等の運動能力を持つチームなど考えられん」


「確かに速いです。あれじゃディフェンスは付いていけません」


「運動能力も考えられんほどだが、それだけじゃない。全てのプレーで判断が早いし、的確なパスやシュートをする。

確かにまだ荒けずりのバスケだが、パワーの使い方がうまいし何よりスタミナがすごい。

ディフェンスでは完全に相手のパスコースを潰していた。見事だ」


「強敵ですね」


「ああ、まず今の女子バスケではあのチームに勝てるところは無いだろう」


「私達でも勝てませんか」


「ひとりひとりの力では足元にも及ばないだろう。

どんなに緻密なバスケをやろうと粉砕されてしまいそうだ。

男子とバスケとやっても互角以上に戦えるような相手だ」


「監督、どうにかなりませんか。バスケで負けるわけには行かないんです」


「残念だが勝てる見込みは薄い。手が無いわけじゃないが難しいだろう。

しかし世の中は広い。あのような選手が今まで出てこなかったとは信じられん」


「なにかドーピングとかしてるんでしょうか」


「あの運動能力を見るとそうとしか思えんが、あの對馬君がそんなことをするはずがないしな。

それに大会のスタッフもドーピングを疑って検査は実施しているはずだ」


「監督はあの松涛学園の監督さんと知り合いなのですか」


「ああ、彼が高校生の頃、よく話をした。彼は俺の理想の選手だったんだ。

それにお前達も知ってるはずだ。何度も神城高校のビデオは見せたからな」


「えっ、じゃあ、あの人が神城高校の對馬拓郎さん」


「そうだ。顔をよく見れば分かるだろ」


「よく見れば、た、確かに、ああ、拓郎様」


「拓郎様? なんだそれは」


「みんな、そう呼んでいます。かっこいいし、バスケは最高だし。すぐ会いに行きましょう」


「まあ待て、彼は今、テレビのインタビューの準備中だ。あとで控え室にでも会いに行こう」


―――そうか、思い出したぞ、たしか9月頃松涛学園はバスケ部の女性顧問の生徒に対する虐待問題があって、ずいぶん新聞で叩かれてた。

その女性顧問は生徒の才能に嫉妬して虐待を繰り返し、試合に出さないばかりか、部を追い出したと書いてあった。

それで顧問が對馬君に替わって彼女達はバスケ部に戻って表舞台に出てきたんだ。

かわいそうに、一年間を無駄にさせられたわけか。

なんで今まで出てこなかったのか、不思議だったが、なるほどな。


井植監督の憶測は完全に的を射ていたとは言えないが、納得できる推論だった。

亜里沙の悪行は新聞である事ないこと書かれていたが、彗星のごとく現れた松涛学園については各方面で同様に噂されていた。

さらに井植監督の憶測は王華高校の選手達によって広められていく。


松涛学園の控え室に訪れた井植監督が率いる王華高校の選手達は拓郎を憧れの眼で見ていた。

だがここにいる松涛学園の選手達はびっくりするほどの美少女ばっかりで、引け目を感じてしまう。


―――なるほど妖精軍団とか言われて人気が出るわけだ、みんな頭の良さそうな顔をしてるし。

うちはルックスでは完全に負けてるよ。完敗だよ。だけどバスケでは……頑張るよ


そんな中、井植と拓郎は和やかに話しをしていた。


「對馬君、本当に久しぶりだね。ベスト8進出おめでとう。

君はあれから東大に行って考古学をやってたんだってね。本当にもったいない」


「有難う御座います。事情がありましてバスケは高校で引退したんですよ。すみません」


「いや、それは仕方が無いんだが、またバスケ界に戻ってきたんだ。これからもよろしく頼む」


「こちらこそお願いします。監督は俺の目標ですし、教えて欲しいことがたくさんあります」


「俺が目標か。わっはっは。それは光栄だ、俺も長いことやって来たが、あと2~3年で引退の予定なんだがな」


「井植監督のように尊敬され慕われる監督になりたいんです。そのために教師の道を選びました」


「ここの選手達を見ると、君はもうそうなっていると思うがな。

後は経験と実績を積むことだが、それも心配ないだろう。君はすぐに名監督と呼ばれるようになると思うぞ」


「はあ…有難う御座います。ですが今回は選手に恵まれました」


「この大会でここまで来れば、来年からも有望な選手が入ってくると思うがな」


「いや、うちの学校は入試以外では入学できないんですよ。進学校なもんで偏差値が高くてなかなか……」


「そうか、それでも勉強を頑張って入ってきた子は根性もあると思うし指導次第で化けることもある。

そうだな今後は定期的に交流を持とう。練習試合とかな。うちの生徒も喜ぶだろう」


拓郎がちらっと王華高校の選手達を見ると目を輝かせている。


「そうですね、是非、よろしくお願いします」


その後全員が握手して別れた。

王華高校の選手達は拓郎と会えたことに感激していた。

何度も神城高校のビデオを見て拓郎に憧れている選手が多かったのだ。


「はぁー、拓郎様、かっこよかったぁ」


「ねえ、あの高校はこれから拓郎様目当てに有望選手が集まりそうだよね」


「おいおい、お前達は俺に憧れて王華高校に来たんじゃないのか」


「まあ、そうなんですけど、失敗したかなぁ…なーんて、あはは」


「お前なぁ……松涛学園に入れるほど頭は良かったのか。あそこの偏差値は70台だぞ」


「あっ、いや…無理かも。あはは」



松涛学園の部員達も感激していた。


「中学の時は王華高校に行きたかったんだよね。なにしろ日本一のチームだし」


「ねー、井植監督は憧れだったよね」


と里奈と詩織は話していた。


「でも今は松涛学園でよかったと思ってますよ。先生」


「井植監督も気さくだし、王華高校の人達も少しも偉ぶったところも無くて感じの良い子ばかりだった」


「ねー、日本一の学校なのにね。もっと上から目線だと思ってた」


「先生、来年は王華高校に練習試合に行くんですか。なんか約束してたみたいですけど」


「おう、定期的に交流戦をやろうということになったんだ。それに井植監督の指導の練習も見学したいしな」


「じゃあ、また部費を稼ぐためにたくさんテレビに出なくちゃね」


「おいおい。それはもう十分だろう。それより次の対戦相手の試合を見にいくぞ」


「「「「はいっ」」」」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




準々決勝と、準決勝は福岡の代表校と千葉の代表校で、それぞれ全国でも有名な名門校だった。

やはり打倒・王華高校を目標にしてきた両校だったが、無名だった松涛学園の前に敗れていった。

松涛学園は、テレビや新聞で連日報道され、ネットでも動画が投稿され、もはや東京に限らず全国的に人気はヒートアップしていった。里奈や、奈々美は少年誌や青年誌の表紙を飾り、拓郎のハーレムメンバーはカラー写真で特集を組まれるほどだった。

めったに笑顔など見せない彼女達だったが、良いプレーをした時や勝った時の笑顔を写真に撮られ、その笑顔は男子中高生や大学生達のハートを掴んでいた。アスリート系超絶美少女チームと絶賛されている。完全に時の人といった感じだ。

そして拓郎も女性達の注目を集めている。バスケのイケメン監督といえば誰でも拓郎と分かるほど有名になっていた。


そしてウィンターカップの決勝戦である王華高校VS松涛学園の試合は急遽、国営放送で中継されることになったのである。

会場の東京体育館には両校の大応援団が詰め掛け、実業団や大学の選手やスカウトも大勢詰め掛けていた。

今回は熱狂的な松涛学園ファンの男子達もおとなしくしているようで、松涛学園の応援一色ということは無い。


それを見て王華高校の選手達はほっとしていた。

松涛学園の試合毎に松涛学園ファンの男子達が増え続け、自然と組織的な応援をするようになっていた。

昨日行われた準決勝では熱狂的な松涛学園ファンの男子達が大挙して押し寄せ、会場全体を埋め尽くしていた。

相手校の千葉県代表校はとにかくやりづらかったに違いない。

松涛学園は今や完全に全国の男子中高生のアイドルチームだが、高校女子バスケットが全国的に有名になり注目されるようになったのは彼女達の功績といえる。この試合も地上波で放送されるし多くの人が見るだろう。

今後は中学生でバスケを始める人も多くなるに違いない。


「なんだかさ、この試合で松涛学園に勝ったら、全国的に悪役になりそうだよ」


「ねー、後ろ指刺されそうだよね」


「勝とう、悪役で名前を売るのも悪くない」


「やだよそんなの、私は正統派美少女で名を上げるんだ」


「えっ……戦闘派なら分かるけど、それに美少女って……いったい誰」


さすがに王華高校の選手達は場慣れしているようで、特に緊張はしていないようだ。

井植監督は松涛学園の試合のビデオを研究し、有効な作戦を立てていた。

それを選手全員に周知徹底させ、この試合に挑んでいた。


「いいか、前半はシュートフェイクやジャブステップを多用し、速攻はショットガンだ。

後半はゲームのペースをいきなりスローペースに落とせ。相手のテンポを狂わせるんだ。

松涛学園はまだまだ荒削りなチームだし、なにしろ3年生のいないチームだ。

全員がバスケットを良く知っているとは思えん。

そこを突くんだ。いいかデフェンスで相手に付こうとか思うな。逆にパワーで外に出されてしまう。

だから集中してパスカットをする様に、相手のパスラインに入れ」


「監督、シュートフェイクやジャブステップを多用する理由は何ですか」


「今までの松涛学園の試合を見て思ったんだが、相手はなにしろ反射神経が良すぎる。

とにかく反応速度があまりにも速い。それと判断速度も速すぎる。

だからフェイクで惑わすんだ。それを繰り返すことで相手は少しずつこちらの動きを見るようになる。

そうなったらいつものように攻撃すれば、ある程度得点できるだろう。

後半のスローペースに落とすのは単に相手のテンポを狂わせるだけだ。接戦に持ち込んでいけ」


選手達は納得したようだ。


「それからこの試合はルーズボールが多くなるはずだ。絶対に拾うこと。いいな」


一方、拓郎も部員達を前に作戦を話していた。


「この試合は王華高校のデフェンスをどう崩すかだ。パワーで押し出せ。

お前達ならボディバランスもいいし出来るだろう。

それから山咲は3ポイントを失敗を恐れずどんどん打て。

佐々木と篠崎は、リバウンドを取れ。基本のスクリーンアウトを確実にな。

相手はディフェンディングチャンピオンであり日本一の王華高校だ。

俺達には失うものなど何も無い、胸を借りるつもりで思い切って行け」


「「「はいっ」」」


こうして三冠を賭けた王者・王華高校と初出場の挑戦者・松涛学園の試合が始まった。




次回で最終話です。

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