第26話
―――そうかフーコとトーコが俺にくれた力が彼女達を変えてしまったんだ。
拓郎は顔色を変えて考え込んでしまったが、関口は脈有りと思ったようだ。
「どうですか、對馬先生、お願いできませんかな」
拓郎は動揺していたが努めて冷静に話した。
「はい、ですが今回のウィンターカップ出場は彼女らの夢だったと思うんです。
ですから今回の大会が終わるまでは無理だと思いますが」
「それはもちろんです。ウィンターカップ出場を決めてからというもの、連日テレビ出演や新聞・雑誌の取材を受け、松涛学園女子バスケ部の彼女達はいまや時の人と言った感じですからな。
ウィンターカップに彼女達が出場しないとなったら大変なことになりそうです」
「では、この話はウィンターカップ後にまた検討することにしましょう。
まあ、冬休み明けと言うことになりますね」
と,言う教頭の言葉でとりあえず問題は先送りになった。
拓郎も奈々美達を変えてしまったことはじっくり考えてみたい。
今更どうにもならないが、俺に出来ることを考えてみようと思った。
ウィンターカップ出場を決めた次の日、東京の各局からテレビ出演の以来が殺到し、学園も許可したため週末の放課後は拓郎と優奈、バスケ部員達は各テレビ局の回って歩いた。
初めての経験で拓郎以外は楽しそうにしていたが、拓郎は浮かない顔だ。
さらに雑誌の取材や写真撮影もあり日曜日の夜まで部員達は大忙しだった。
本当に芸能人のように扱われた。
「こんなにタレントさん達に会えたなんて夢みたい。サイン貰ってくれば良かった」
「本当にアイドルグループになったみたいに言われたよ」
「最近はサインを求められるようになったよ」
「コンビ二に行ったら男子達に写メ撮られた」
「モテ期到来かも。もう何度も告られた」
と、里奈や奈々美達は少しも嬉しそうじゃないが、他の部員達は概ね喜んでいるように見える。
テレビ局や雑誌社の謝礼金も部費に組み込まれ、バスケ部の予算は数百万円にまでに達している。
おかげでメインとサブのユニフォームもジャージも靴も新調出来たし、来年は日本各地に10回くらいなら遠征してもまったく予算的には問題ない。
勉強会でも里奈は愚痴をこぼしていた。
クラス替えは3学期から行われるが、いまでも里奈と詩織のクラスには全学年の男子が大勢見に来るそうだ。
「まったく家でも学校でも気の休まる時が無いよ。外には他校の男子達がいるから出られないし。
こうやって先生の腕の中にいる時が唯一の安らぎだよ。私達は先生以外の男なんてまったく興味ないってのに」
里奈は通学と拓郎のところに来る時は、親が車で送ってくる。帰りは拓郎が送っていた。
「ん、家ではなにかあったのか」
「この間の試験の結果を見たときは親もびっくりしてたよ。ずいぶん喜んだし褒められたよ。
だけどその後『本当に東大に合格するんじゃないの。もうバスケなんて辞めて勉強に専念しなさい』だって。
頭に来たから『バスケを辞めさせられたら家出するからね』って言ってやった」
「おいおい」
「本気だよ、家出したらここに住むからね。せんせ」
「絶対に家出なんてするなよ」
「あはは、でもおかあさんが先生にお礼しなきゃって言ってたよ」
「そういうのは全て遠慮していますって伝えてくれ」
「じゃあ、私が身体でお礼するー」
ハーレムメンバーの母親達は拓郎が送っていくたびに、大喜びで迎えてくれた。
「先生が勉強会を開いてくれているおかげです。これからもくれぐれもよろしくお願いします」
と、その都度お礼を言われていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
冬休みになった。
いよいよウィンターカップが始まった。
今日は12月24日、そうクリスマスイブである。
「「「「メリークリスマスッ」」」」
松涛学園女子バスケ部は1回戦と2回戦を勝ち上がり、発足会をやったレストランを貸切で女子バスケ部と考古学部が合同でクリスマスパーティーを開催していた。
会費は1人3000円である。だがバスケ部は潤沢な部費から全員の会費分を賄っていた。
もちろん学園と生徒会には了承してもらっている。
なにしろ部員達がテレビに出演して稼いだ謝礼金がほとんどなのだ。
誰も文句の言いようが無い。
考古学部は悠里と智子の二人で部員達の会費の半額を負担していた。
智子はこのクリスマスパーティーに参加するため悠里に泣きついたのだ。
悠里は気の毒に思ったのと、会費を負担して貰うことで手を打った。
優奈は「お断りします」の一言だった。
だがおかげで智子は拓郎と一緒のテーブルに着くことができたし話も出来た。
さらにプレゼント交換で拓郎からのプレゼントも獲得した。
3人の女教師たちはお互いを牽制しあって、結局誰も拓郎と2次会には行けなかった。
明日も試合があるので拓郎が2次会に行くはずも無かったのだが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いよいよ今日の午後にはシード校との対戦である。
午前中、東京体育館に出発する2時間前、部室で拓郎は部員達を前に方針を考えていた。
相手はインターハイ準優勝の岐阜県の代表校である。
松涛学園女子バスケ部は観客を味方につけ1回戦と2回戦は、少しも楽勝ではないが着実にリードを広げ勝ち進んできた。
だが今回の相手は強敵だと拓郎は判断していた。
相手はインターハイと国体の試合で高校日本代表に選ばれた選手が何人もいる。
今まで温存してきたようだが今日は出てくるだろう。
相手の戦力が良く判らない以上、本来であればベストメンバーで挑むのが普通だがどうするか。
正直、うちのベストメンバーであれば、今の高校女子バスケ界では無敵だろうが、こんなに簡単に勝ち進んでいいのか。
負けることでいろいろと成長することも大事なことだと思う。
よし明日も今までどおり、メンバーは変えずに行こうと拓郎は思ったが部員達は違った。
「先生、私は今日の試合に出たくありません」
と一年生部員から発言があった。
「なに、どういうことだ。体調が悪いのか」
「いえ、そうではないのですが……先生、今日の試合、いやこれからの試合で今までの2チーム体制で勝てると思いますか」
「それは、やってみないと分からん。勝てるとは言い切れんが、必ず負けるとも思わん」
「先生正直に言ってください。相手はインターハイ準優勝校であり、高校日本代表選手が何人もいるんです」
「だから試合に出たくは無いと言うのか」
「はいっ、これからの試合は私より相応しい人が出るべきです。
私が出ることで負けたとしても、それは先生の方針ですからみんなも納得すると思います。
ですが私はまだ1年生です。まだ後2回もこの大会に挑戦できます。
それに今まで試合に出して貰えただけでも大満足なんです。先生お願いです」
「私もです」「私も」
と1年生部員5人が立ち上がる。
「だがな、ここには3年生はいないし来年もこのメンバーで出るんだぞ。
今日負けたとしても来年は勝てるだろう。
それに負けたことで得られるものも多くあるんだ」
「先生、勝てるのに負けたとしたらどうでしょうか。
松涛学園女子バスケ部として全力を尽くしたと言えるのでしょうか。
得られるもの本当にあるのでしょうか」
「……」
「今までは、先生が勝てると判断した試合ばかりでした。一度だってリードを許したことはありません。
ですが今回の相手はAチームより実力は上か良くて同等と先生は思ってるんじゃないですか」
今まで黙って聞いていた里奈がここで初めて発言した。
「先生、私達は先生の指導のもと、練習に励み、試合で経験を積み信じられないくらいレベルアップしてきました。
もう、すでに全国でベスト16です。今日勝てばベスト8です。
全員参加という先生の方針で、私達はまとまり今まで勝ち抜いてきました。
でも、今度の試合では、私達よりはるかに上にいる相手が全力でぶつかってくるのに、挑戦者である私達がベストメンバーで挑まないでベストを尽くさないと言うことは相手に失礼だと思います。私は予選の決勝戦の時、相手チームのキャプテンから『私達を甘く見てるんでしょう』と言われました。私達にそんなつもりは無くても、相手から見ればそう見えるのかもしれません」
―――相手に失礼だ。そんなつもりは無くても相手から見ればそう見える
この言葉は拓郎が高校時代に試合で得点差が大きく離れ、これなら勝てると思って手を抜いてしまった時、恩師に言われた言葉だった。
里奈の言葉を聞いてそれを思い出し、ショックを受けている拓郎に1年生部員は畳み掛けてくる。
「先生っ、私達はこれまで十分に試合出していただいて、自分達の力を出し尽くしたと思っています。
おかげで、まだまだ私が届かない技術を持っている人達と戦って来て、自分達との力量差が大きいことを知りました。
それだけでも今の私達は十分成長したと思います。お願いです、先生」
「分かった」
それだけ言うのが精一杯だった。拓郎は恥ずかしかった。
恥ずかしくて、恥ずかしくて部員達の顔が見られない。
―――部員達は少しも慢心していない。なんだよ、慢心してたのは俺じゃないか。
負けて得るものがあるとしたら、ベストを尽くして諦めず頑張った場合のことだろう。
『はるかに上にいる相手が全力でぶつかってくるのに、挑戦者である私達がベストを尽くさないのですか』
と言う部員達はすでに勝ち負けを超越してこの試合に挑もうとしているのだ。
たとえ自分が出場しなくても、悔いの無いようにしたいという真摯な気持ちが伝わってくる。
それに対して俺はこんなに簡単に勝っていいのか、負けてもいいやとか思っていた。
本当に恥ずかしいし、部員に対して申し訳ない。
「みんなすまない。確かにみんなの言うとおりだ。ベストも尽くさず、ただ負けただけじゃ何も得られない。
俺が間違っていた。よしっ、これからはみんなが悔いの無いようにメンバー構成をしよう」
「先生っ」「絶対勝ちましょう」「私達は精一杯応援します」
1年生部員は笑顔で応えた。
「よしっ、では今日のベンチ入りメンバーを発表する。
まずパワーフォワードは松本、金森、柊。
ガードフォワードは藤井、吉田、高橋。
シューティングガードは山咲、飯塚、吉沢。
ポイントガードは相沢、篠崎、桜井。
センターは佐々木、新藤、清水。
以上の15人はベンチに入ってくれ。キャプテンは佐々木だ。
マネージャーは大塚だ、頼んだぞ。あとのみんなは応援してくれ」
「「「「はいっ」」」」
拓郎の隣にいる優奈が記録をとり感心したように微笑む
「このメンバーが先生の選んだベストメンバーなのですね。みんな納得すると思います」
「まあ、今現在はそうですが、これからは…」
「先生ーっ、ガードフォワードの吉田ってどっちの吉田ですかですか」
「あっ、そっか、えーとすまん、2年生の吉田さんだ。吉田……遥香さんだったかな。
っていうか、吉田、お前のポジションはガードフォワードじゃないだろ」
「えへへ、そうでした。私はセンターでした」
「まったく、まあいい、いいかみんな、絶対に当たり負けはするな。
まあ、このメンバーならパワーとスピードでは負けること無いと思うが、これからの相手は強豪ばかりで試合巧者ばかりだ。
ただこのメンバーでチームを組むのは初めてだ。どうなるのか俺にもわからん」
心配そうな拓郎をみて里奈は笑顔で応えた。
「大丈夫だよ、先生。チームワークは任せて、まったく問題ないから。
ただ今回はうちの本当の実力を全国に見せることになるから、これからはマークされるだろうね」
そして部員達が東京体育館のコートに姿を現すと、いつものように大歓声が沸いた。
今回の準々決勝からはCS放送でテレビ中継されるため、テレビカメラやテレビ局のクルーも来ていた。
そして今回も相手チームのキャプテンと里奈は話していた。
「全員参加なんて綺麗ごと言ってたから、てっきりこの試合も今までどうりやるのかと思ってたよ。
メンバーを変えてきたんだね。だけど本当に3年生はいないんだねぇ」
「そうね。ベストメンバーで挑ませてもらいます」
「ふん、手を抜かれるよりいいけど、もう負けても言い訳は出来ないよ。
私達も王華高校が見ている前で無様な試合は見せられないから、全力で行かせて貰うつもりだよ」
里奈が観客席を見ると、以前憧れていた老監督と王華高校の選手達がいた。
「へえ、王華高校が見に来てくれたんだ」
「王華高校はあんた達を見に来たんじゃないよ。私達はインターハイであそこに1ゴール差で負けたんだ。
試合終了20秒前に逆転でね。本当に後一歩だったんだけど、今でも悔しい。
私達は今回はリベンジに燃えてるんだ。ぽっと出のあんた達なんかお呼びじゃないよ。
あそこを破るのは私達じゃなきゃ駄目なんだ」
「ふーん、そう、じゃ、お互い頑張ろう」
「あんた達はアイドルにでもなればいいじゃん。ルックスだけは良いんだからさ」
里奈は相手のこの言葉にはムカついた。
「そうね、もし負けたらそうするよ。この試合に負けるようじゃ、バスケでは話にならないもんね。
でもあんた達は負けてもアイドルにはなれそうも無いね、そのルックスじゃあね」
と言って里奈はその場を離れた。
後ろから「覚えておきなさいよ」と聞こえたが無視した。
愛知王華高校、この愛知県の女子高はウィンターカップ3連覇中であり2年連続で3冠を達成している。まさに高校女子バスケ界に君臨する絶対王者である。名監督である井植 順一監督に憧れ全国の中学からバスケで有望な選手が集まってくる超名門高校だ。この大会で優勝すれば3年連続で3冠を達成することになる。
井植監督は王華高校に監督として就任して以来、毎年メンバーが変わる高校バスケで50回以上全国制覇を成し遂げている
まさに右に出る者はいない日本一の名監督と言っていいだろう。
だが里奈は拓郎のほうが井植監督より優れていると感じていた。
松涛学園は都内でも有数の進学校であり偏差値も非常に高い。
松涛学園にはスポーツ特待生制度など無いから、入学するには入試という狭き門を通らなければ入学できないのだ。
中学でいくらバスケで活躍しても入試を突破しなければ入学できない。
だから松涛学園女子バスケ部には中学で有名だった選手など一人もいないのだ。
全国から中学MVPを取った選手が集まる王華高校とは根本から違う。
それでも拓郎は就任してわずか4ヶ月で全国ベスト16には入れるまで部を強くした。
―――王華高校か、いつまでも上から目線で見させないよ。
と、里奈は険しい顔で観客席を見るのだった。




