第25話
試合が始まる前のウォーミングアップの時、里奈は相手チームのキャプテンに話しかけられた。
「ねぇ、この観客達もマスコミもみんなあんた達を見に来たんだよね。私達は完全にアウェーってわけ。
それにあのイケメンの監督さんは、あの神城高校の對馬拓郎さんだよね」
「うん、そうだよ、9月から監督になってもらったんだ」
「はぁ、なるほどねぇ、6月のインターハイ予選で2回戦負けの松涛学園がここまで強くなったのは納得したよ。
私達はインターハイ予選の決勝で負けたけど、今回の予選では敵はいないと思ってた。
あんたたちは恵まれてる。私も神城高校の對馬拓郎さんは尊敬していたし憧れていた。
それにあんた達は容姿に恵まれ、今じゃアイドル気取り。だけどこの試合は負けないからね。
私達にも夢があるし、意地もあるんだ」
「そう、お互い全力を尽くせばいいと思う。それに別にアイドルを気取ってないよ」
「その余裕、負けるわけ無いと思ってるんだね。それにあんた達はもうアイドルグループだよ。
バスケの実力も認めるけど、本当によくこんなに可愛い子ばかり揃えたもんだね。
うちの学校の男子達もあんた達のファンが多くてさ、大騒ぎしてるよ。
サイン貰って来てくれなんて言われたし。
でも今日あんた達はベストメンバーじゃない。今日はそれを後悔させてあげるよ」
「ベストメンバーだよ」
「じゃあ、なんで篠崎ミサとか松本詩織が出てないのさ。あとは金森裕子も。
みんな応援席にいるじゃないか。山咲奈々美はマネージャー席にいるし」
「ずいぶんうちのことを調べたんだね。うちは2チームに分かれて交互に試合に出てるんだよ。
先生の方針で部員全員が試合に出るんだ」
「そうらしいね、良くそんな甘いことで勝ち抜いてきたもんだ。それとも私達を甘く見てるの」
「そんなことないけど、まあ、やってみればわかるよ。じゃあね」
悔しそうに唇をかむ相手チームのキャプテンを見て里奈は思った。
―――ああ、私も少し前はこんな感じだったのかもしれない。勝つことばかりこだわってきた。
だけど今は精一杯頑張れば結果はついてくると思っている。少しは余裕が出来たのかな。
その相手チームのキャプテンは、里奈と話した後、拓郎に近づき笑顔で挨拶し握手して嬉しそうに戻っていった。
里奈は優越感を感じていた。
あの人、私と先生の関係を知ったらどんな顔をするだろうと思ったら可笑しくなった。
試合は前半は松涛学園が有利に進めている程度だったが、後半に入ると一気に差を広げていった。
焦って反則を繰り返す相手校に対し松涛学園の選手は全力プレーをするだけだ。
結果は松涛学園の圧勝だった。
場内は最初から最後まで松涛学園の応援一色だった。
観客席にいる校長を始め多くの職員、生徒たちも大喜びしている。
引退した3年生部員達も抱き合って喜んでいた。
こうして松涛学園女子バスケ部は東東京代表として、ウィンターカップ決勝トーナメントの出場権を手に入れた。
試合終了後、相手チームのキャプテンが里奈に会いに来た。
「おめでとう、あんたの言うとおりだった、あんた達は強かったよ、まあ全力を尽くして負けたんだから仕方無い。
でもくやしい。これで私は3年だから高校バスケは引退だよ」
「そうなんだ」
「ああ、とうとうインターハイもウィンターカップも行けなかった。今年こそと思っていたんだけどね」
「……」
―――私だって對馬先生に出会わなければ同じだった。いやもうバスケ部は辞めてたかもしれない。
確かにこの人の言うとおり今の私達は恵まれている。
まさか本当にウィンターカップに行けるとは思ってもいなかった。
来年のインターハイにはもしかしたら行けるかも知れないとは思っていたけど。
今のバスケ部は以前とは雰囲気が全然違う、あんなにハードな練習なのに毎日が楽しくて仕方が無い。
部員全員が試合に出るということが、チームワークを良くして部がまとまった。
自分達がどんどん強くなってるのが実感できるし、結果も出した。
全部、對馬先生のおかげだ。先生は本当にすごい。ああ、先生、私は心から……
「今度は大学でもバスケをやるつもりだよ。いつかまた試合したいね。そのときは勝たせてもらうよ。
あんたも大学に行くんだろ、松涛学園なんだしさ」
「うん、東大に行くつもり、もう決めてるんだ」
「ええっ、それはまたすごいね。じゃあ、私もなんとか六大学のどこかにいくよ、浪人してでも。
でも東大の女子バスは強いのかい」
「さあ、分からないけど、あなたの言う篠崎ミサも松本詩織も東大に行く予定だよ。
あとは山咲奈々美とか金森裕子、それと藤井紀香、相沢 純もいくはずだよ」
「……今の松涛学園の主力メンバーが東大にいくのか」
「まあ、全員合格すればだけどね」
「東大がインカレ優勝とかしたらとんでもないことになるな」
「そんなに甘くないと思うよ。うちの先生が東大のコーチにでもなってくれれば、勝てるかもしれないけど」
「あの松涛学園をわずか3ヶ月でここまで強くした對馬先生は本当にすごいとおもう。
あんたたちは本当に恵まれてるよ。ウィンターカップでも優勝してほしい。私達のためにも」
「あはは、無茶言うなあ。でもなんでだろう、負ける気はしないんだ。まあ全力は尽くすよ」
「あんた達は本当に強いと思う。それにまだまだ強くなると思うよ。頑張って」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この後、里奈は拓郎や優奈と共にテレビ局のインタビューを受け、表彰式で賞状と記念の盾を受け取り集合写真を撮った。
その後もまた記者会見があったり雑誌のインタビューがあったり多くの写真も撮られた。
部員達は本当に華やかで眩しい舞台に自分達が来たことを実感していた。
そして部員全員で拓郎と里奈や奈々美を胴上げしたり、抱き合って喜び合ったときにやっと実感が沸いてきた。
―――ああ、ウィンターカップに行くんだ。夢なんかじゃない
部員達は誰一人欠ける事無く試合に出場し予選を勝ち抜いてきた。
まさしく全員で勝ち取った勝利だった。
今までの彼女達の生涯で最も華やかで歓喜に溢れた瞬間だった。
生涯忘れられない鮮やかな思い出になる瞬間だった。
二年生部員は拓郎にすがり付いて涙を流していた。
二階席からその様子を見ている引退した3年生部員達は、里奈や奈々美達の気持ちが痛いほど解かった。
拓郎が来るまでどんなにつらい思いをしてきたかを知っていたから。
だが羨ましくも思った。
「あ~あ、對馬先生が赴任してきた時すぐにバスケ部の顧問になってくれていたら、私達もああやって泣けたのに、考古学部なんて作っちゃってバスケ部には顔も出さなかったんだよ。ひどいよね」
「まったくだよ。いやせめて今年の4月でいいから顧問になってくれてたら、もしかしてインターハイに行けたかも。
それに7月に引退なんかしなかったのに」
「気付かなかった私達が間抜けだったんだよ。里奈はよくやったよ」
「そうだね、里奈はキャプテンになってすぐ對馬先生に目をつけて、山口を追い出して對馬先生を確保したんだよ。すごいよ。
簡単にできることじゃないし、普通は諦めちゃうよね」
「うん、里奈は頭のいい子だとは思っていたけど、ほんとに良くやった。すごい」
「里奈もすごいけど、對馬先生は本物だったね。部員全員をここまで鍛え上げるなんてさ」
「うん、あの奈々美や紀香達がここまで強くなるなんてねぇ。一年前のことを思うと信じられないよ。
それに1年生も活躍してるし経験も積んでる。まさか部員全員を試合に出すなんて考えられないよ」
「だからみんな頑張って練習したんだろ。誰だって頑張れば試合に使ってもらえるんだよ。そりゃあ頑張るよ。
この間、練習を見に行ったんだけど、みんなすごく楽しそうにハードな練習をしてたよ。
それに對馬先生が熱心に教えていた。厳しいけどかっこ良くてさ、もう胸がキュンとなっちゃった」
「それよりわずか3ヶ月でここまで強くなったんだ。これからどうなっちゃうんだろ」
「来年あたり全国制覇するかもしれないね。うらやましいなあ。
引退しなければよかったぁ。最後にウィンターカップに行けたのに」
決勝戦の舞台だった松涛学園第2体育館の周りには松涛学園の生徒達が大勢取り囲んでいた。
観客席が外部の人間と関係者で満席だったため生徒達は遠慮して体育館の中には入らなかったのだ。
里奈たち部員全員は体育館の外に出て応援してくれた生徒達に手を振って応えた。
一斉に歓声が上がった。
「おめでとう」 「やったぜ」 「すげえ」 「かわいいなあ」
さまざまな声が掛けられた。
そこに校長がニコニコ顔でやってきて拓郎に告げる。
「今日は祝勝会を行います。場所は学園の食堂です。選手の皆さんはシャワーを使って着替えてください。
對馬先生、中沢先生もお願いします。それと3年生の元部員の方にも来て貰います」
「ええーっ、もう準備が出来てるのですか」
「はい、昨日から仕出し屋さんにお願いしてあります。今、先生方にも協力していただいて準備中です。
30分後くらいに食堂に集合してください」
「もし負けていたらどうする気だったんですか」
「その時は、掛かった経費は對馬先生のお給料から差し引くと言うことで残念会です」
「そんなことが……」
「冗談ですよ。ここまで頑張ってくれたんですから、たとえ勝てなかったとしても慰労会と言うことで学園が持ちます。
まあ、勝ったんですから問題ありません」
「はぁ……分かりました。ありがとうございます」
拓郎はこの校長には注意が必要と肝に銘じていた。
部員達は一様に喜んだようだが、今日の決勝戦に出場した部員はなぜか浮かない顔をしている。
優奈はその理由は分かっていたが知らない顔で告げる。
「みんな30分後に食堂に集合よ。学園のほうで祝勝会をしてくれるそうよ。よかったわねぇ。
すぐにシャワーを浴びて着替えて来て」
試合に出た部員達はしぶしぶと言った感じで体育館に戻っていった。
祝勝会には理事長である中沢純一郎や奈々美の母親である山咲初美も出席していた。
校長の挨拶の後、教頭の乾杯の音頭で宴会は始まった。
もちろん宴会とはいってもアルコールは出てない。
拓郎は理事長に呼ばれ話をしていた。
「對馬先生、先生の事は娘から聞いています。ああ、中沢優奈が私の娘なんです。
先生の部活の指導方針は素晴らしいです。まさしく教育とはかくあるべきですな。
その上あのように見事な結果を残したのですから本当に素晴らしい」
べた褒めである。
「校長も言ってましたが、今回はバスケ部始まって以来の快挙との事でした。
本当に有難う。まあそれでうちの娘も少しは役に立ってますかな」
「はい、それはもちろんです。私も中沢先生には大変助けられていますし、部員達からも慕われているようです」
「そうですか、いや、あの子は実は自慢の娘なのですが、とにかく奥手でしてな。
23歳になる今まで一度も浮いた話も無くて、まあなんと言いますか気に入った男がいなかったようなのです」
「はあ……」
「その娘が、對馬先生のことになると、本当に嬉しそうに話すのです。どうやら娘は先生のことを大層気に入ったようでして」
「……はぁ、身に余る光栄なお話ですが……」
「いや、まあ、すぐにどうのこうのという話ではないのですが、一応気に留めておいて貰えますかな」
「はい、畏まりました」
中沢純一郎は優奈の思い人である拓郎を気に入ったようだ。
次に拓郎は奈々美の母親である山咲初美に呼ばれた。
「んまあ、先生、いつも奈々美がお世話になって、本当に有難う御座います。
それに今回は大きな大会にも出場権を得たと言うことでした。
先ほど娘に聞いたのですが野球で言えば甲子園出場といったくらいの栄誉ということでした。
学園にとっても娘にとっても大変名誉なことです。それも全部先生のおかげと聞いております」
「いえ、部員達の普段の練習の成果が出ただけで、私の力なんて微々たるものです」
「まあ、ご謙遜を。それで娘のことなのですが、最近、大学は東大に行きたいなどと申しております。
まだまだ学力も不足しているようですが、先生はどう思われますか」
「はい、このまま頑張っていけば十分に合格圏内に入ると思います。まあ学部にもよりますが」
「んまあ、先生にそうおっしゃって頂ければ鬼に金棒ですわ。先生も東大出身ですので説得力のあるお言葉でした。それで今後もぜひ娘のことをよろしくお願いします」
「はい、もちろんです」
「娘も大学に行っても先生とはお付き合いしていきたいと申しております。
どうか末永くよろしくお願いします」
末永くよろしくって、ひょっとして母親の勘とかで拓郎と奈々美の関係に気付いているのだろうか。
あるいはブラフかも知れないが。
どっちにしろ初美は拓郎を気に入っているのかもしれない
拓郎もどう返事をしていいのか曖昧に答えるしかなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
松涛学園は2年生の2学期終了時に、通常の高校で3年間でおこなう授業を全て終了し単位を取得する。
そして3学期から約1年間は大学受験の準備に入る。つまり予備校みたいな体制になるのだ。
それはこの2学期の期末試験の結果でクラス分けされることから始まる。
例えばAクラスは東大、京大、一ツ橋コースになる。Bクラスは筑波大、横浜国立、北海道大、東北大と言う具合に分かれるのだ。
だから2学期の期末試験は共通1次というかセンター試験と同様のレベルの問題が出る。
この12がつ初旬に行われた試験の結果発表の日、学園に衝撃が走った。
なんと拓郎のハーレムメンバーは7人全員が学年で10位以内に入っていた。
里奈と詩織が同点で一位だった。
拓郎の勉強会は『神勉強会』と呼ばれ参加を希望する生徒からの嘆願書が学園に殺到することになった。
当然、職員会議の議題にも上がったし、理事会にも呼ばれたが、拓郎は以前、里奈たちと打ち合わせたとおり、勉強会を始めたきっかけを説明し学園や保護者の許可を得てボランティアでやっていること、そして今は時間も無くこれ以上勉強会のメンバーは増やせないことを理由に断った。
だが問題はこれからだった。
体育の能力測定で事件は起こった。
奈々美達は100m走で12秒前半のタイムをたたき出してしまう。
しかも1500m走でも4分30秒台のタイムを出してしまった。
さらに純は走り幅跳びで5m50cmを超えてしまう。
これらのタイムは高校女子陸上の記録に近い記録だった。
しかも陸上部でもなく、特に陸上の練習もしていないのも関わらずだ。
最初に問題になったのは前回7月に取ったタイムから大幅に良くなっていることだった。
前回、奈々美達の100mのタイムは15秒台だったのだ。
何度測っても同じ結果だった。
いくら成長期でも半年で3秒も縮めるのは常識ではありえないと体育科の教師は驚愕した。
体育科の教師は、おそらく前回は真面目に走らなかったのだろうと言うことで無理やり納得するしかなかった。
だが、次の日になると今度は里奈達の測定があり、奈々美達と同等のタイムをたたき出してしまう。
こうなると体育科の職員室は大騒ぎになった。
あの7人はきちんと陸上の練習をすれば、間違いなく高校女子陸上の記録を塗り替えるだろうと。
将来はオリンピック出場も十分考えられる。
すぐに陸上部への移籍を打診するが
「えー、嫌です。ずっと對馬先生とバスケをやります」
と、にべも無い返事だ。
いくら説明しても聞く耳を持たない感じだ。
陸上部顧問の教師である関口は泣きたい気分だ。
いや、実際に泣いて頼んだが駄目だった。
そこで関口は職員会議でこの問題を挙げ学園として判断して欲しいと教頭に泣きついた。
教頭も彼女達のタイムを見て驚き大騒ぎになってしまう。
「對馬先生、彼女達の才能は日本の陸上界の宝になり得るほどです。。
どうか陸上部に移籍させてください。
学園としても、このままにはして置けません。
専門のコーチを招聘して本格的に練習させたいのです」
と拓郎は教頭と陸上部顧問の教師である関口に頼み込まれた。
体育科の教師陣も同じように思っているようだ。
拓郎はここで初めて気が付いた。
―――そうかフーコとトーコが俺にくれた力が彼女達を変えてしまったんだ。
これはどうしたいいんだろうか
登場人物から一言
和葉「まったく校長のやつ余計なことを。先生、勝ったんだよ。
ねーねー、約束のマッサージは」
部員達「そうだよ先生、祝勝会なんてどうでもいいから、マッサージして」
次の日、拓郎は練習中に一人ずつ部室に呼んでマッサージを施すのであった。
「あん、あん、せんせ、そこ、いい」
優奈「おとうさん、ありがとう」
初美「うふふ、ばれてないとでも思ってるのかしらん。
ま、對馬先生なら大歓迎よ。
奈々美、くれぐれも逃がさないようしっかりね。
いざとなったらお母さんに任せなさい。ふふふふ」
こえー 本当にこえーよ




