第19話
拓郎チームと男子バスケ部の試合は既に勝負はついたと言っていいくらい点差は開いていた。
だが拓郎は一切手を抜かず全力でプレーをしていた。
それは男子バスケ部の生徒達が拓郎のプレーを目に焼き付けようとするように最後まで頑張っているからである。
だから拓郎も手を抜かなかった。
体育館にいる生徒も教師も誰も席を立たずに試合を見ている。
もはやどちらを応援することも無く試合を見ている。
男子バスケ部員たちは心が折れることなく頑張っていた。
普通、ここまで点差が開いていたら、心が折れてしまい『ああ、もう嫌だ』とか『早く試合が終わってくれ』とか思うものだが、彼らはいまだに全力プレーをしている。
今もリバウンドを取った拓郎が菜々美にパスして速攻を決めていた。
ハイタッチして喜び合う菜々美と里奈。
菜々美のレイアップは綺麗だと思う。
そして試合終了のホイッスルが鳴った。
結果は132対62で拓郎チームの勝利であった。
体育館は割れんばかりの拍手に包まれた。
これは拓郎ばかりでなく最後まで頑張った男子バスケ部に対して贈られた拍手もあるだろう。
会場にいる教師も含めて女性達は拓郎を憧れの目で見ているし、男性達も尊敬の目で見ている。
ようやく拓郎もアウェー状態から脱する事が出来たようだ。
女子バスケ部員たちは手を取り合ったりハイタッチして大喜びしている。
ただ菜々美達は会場中の女生徒や女性教師達がキラキラした目で拓郎を見ているのを不快に感じていた。
今回の試合では先生はかっこ良過ぎた。それでなくても人気急上昇中なのに。
「これはかなりまずい事になったのかな。先生ってば頑張り過ぎ」
だが大活躍した菜々美達も男子生徒達から憧れの目で見られていたのだ。
どうやら今後は拓郎も菜々美達も学園において注目度がMAXまで上がりそうだ。
そんな部員や菜々美達を尻目に拓郎は男バスのキャプテンの安藤をはじめ選手に握手を求めた。
「君たちはすばらしい、最後までよく頑張った。
今回はルールもこっちに有利だったから俺たちが勝たせてもらったが、君たちはきっと強いチームになると思う。これからも君たちには頑張ってほしいと俺は心から思う」
「對馬先生有難う御座いました。先生は本当にすごかった。びっくりしました。
僕たちも先生と戦う事が出来て一生の思い出になりました」
そこに阿久も来た。
阿久も諦めたというより拓郎のプレーに魅せられていたようだ。
阿久も拓郎に握手を求めてきた。
「對馬君、君はバスケでもっと上を目指せたと思うんだが、なぜここにいるんだ」
「阿久先生、俺は事情がありまして高校でバスケの現役は辞めたんです。
今の環境と言うか生活に満足しています。まあ。これからは後輩の育成ですかね」
拓郎はあまり目立たないようにとトーコに言われていたのだ。
「そうか、君なら今でも十分に日本代表でも現役で通用すると思うがな。
まあ、君が良いならそれでいいんだが、とにかくすごいプレーを見せてくれてありがとう。
負けたが私も良い思い出になった。それから今まで失礼なことを言ってすまなかった」
「いえ、いいんです。気にしていません。これからはよろしくお願いします。
分からないことも多いとおもいますから」
「そうだな、こちらこそよろしく。できれば男子も指導してくれたら部員も喜ぶと思う」
亜里沙はとにかく上機嫌だった。
對馬先生のプレーは本当に見惚れてしまうほど最高だった。
それに思った通りの大差で勝って阿久を完全に叩き潰したのだ。
もうこれからは阿久に付きまとわれることも無い
これからは拓郎といっしょに女子バスを指導して強くなっていける。
毎日、拓郎と一緒に居られるのだ。嬉しくないはずがない
満面の笑みをもって阿久に言った。
だがそれは辛らつな言葉だった。
「阿久先生、約束通り二度と私の前に顔を出さないでくださいね」
阿久は今までこんなにも美しい笑顔を亜里沙から向けられたことは無かった。
それだけに苦しくなってしまうほど切ない気持がこみ上げてくる。
だがそれでも言わなければならない。
「分かっている。今まですまなかった」
「分かって貰えればいいのです」
亜里沙はにっこりと優しく微笑んだ。
おそらくこの時の亜里沙はここ数年で一番機嫌の良い状態だったのだろう。
阿久は唇をかんで亜里沙を頭を下げている。
そこに教頭がきた。
「對馬先生、素晴らしい試合でした。對馬先生が十分に監督を務められる方と言うのはよく解かりました。
いや、本当にすごい試合でした。私は先生のプレーに見惚れてしまいましたぞ。
これからは女子バスケ部の顧問になってバスケ部を強くしていただきたいと思います」
と教頭が言うと亜里沙も
「對馬先生、これからよろしくお願いします。ああ、もう最高です」
亜里沙は拓郎に抱き着きキスしたい気持ちに駆られたくらい嬉しかった。
まさに天にも昇る気持ちと言うのはこういう事なんだろう。
だが女性教師陣は相当に不機嫌そうだ。
そこに女子バスケ部の部員が里奈を先頭にやって来た。
「みんな、今日はよく頑張ったわね。今日から對馬先生はバスケ部の監督をやってくれるのよ。
私も今まで以上に部のためにサポートしていくからね」
と、亜里沙は嬉しそうだが、部員たちの顔は険しい顔をしている。
それに気付かず亜里沙は拓郎の傍に立っている菜々美達にも声をかけた。
「それに藤井さんや山咲さん達もよくやったわ。あなた達も部に戻りなさい」
「断ります。山口先生なんかとは二度と部活はやりたくありません」
紀香が思いっきり嫌そうな顔で応えたのに対し拓郎は驚くのと同時に疑問に思った。
(何故だ、紀香はバスケをやるのは楽しいって言ってたのに、それに俺は考古学部には戻れないんだぞ。
確かに紀香達と山口先生の間に何かあったというのは感じて居たが、俺はみんなには戻って欲しいなあ)
亜里沙は山口先生なんかと言う言葉にカチンときたが、あまりにも上機嫌だったため流す事が出来た。
「あなた達は成績も十分に良くなったし、バスケも上達したのよ。
これからは對馬先生もいるし部に戻ってきなさい。いいわね」
それでも紀香は無表情で冷たく言い放った。
「断るって言ったはずです。私達はあなたの道具じゃないんです」
さすがに紀香の態度に怒りを覚えた亜里沙は声を強めた。
「あっそう、じゃあ、もういいわ。あなた達のために言ってあげたのにね。
別にあなた達なんか必要ってわけじゃないし戻ってこなくていいわよ」
体育館にはまだ200人以上の生徒や教職員が残っていた。
その中には教頭やほとんどの教職員それに男バスの部員もいるし各運動部の部員もいた。。
このやり取りは全員が聞いている。
拓郎は亜里沙の態度に戸惑っていた。
そこに里奈が前に出た。
「亜里沙先生、いえ山口先生、紀香達はバスケ部に必要な選手だと思います。
女子バスケ部に必要じゃない人は山口先生あなたです。
必要じゃないどころか部の害になっています」
「な…なんですって」
「山口先生、今すぐバスケ部の顧問を辞めてもらえますか。これは部員全員の総意です」
「部員全員が……そんな馬鹿な」
「いいえ、本当ですよ。女子バスケ部の部員であなたを信頼している者など一人もいません。
それどころか、全く信用もしていませんし嫌悪しています」
「みんな、佐々木さんの言ってることは本当なの。みんなもそう思ってるの」
部員たちは亜里沙を睨みつけながら全員が力強く頷いた。
「「「「はいっ」」」」
大きなショックを受けた亜里沙は言葉に詰り黙り込む。
「理由を言った方が良いですか」
「……聞かせてちょうだい」
「はい、まず第一には菜々美、いえ山咲さん達の事です。
先生があの子たちにした酷い仕打ちにはみんなが憤りを感じて怒っています。
先生は人の痛みとか気持ちなんて全く分からない人なんですよね。
いつもいつも自分はエリートですって顔して、相手を見下して馬鹿にしている。そんな人に指導者としての資格があるとはとても思えません」
「ふん、あの時の事ね。いじめじゃないかって理事会にも呼ばれたけど不問にされたわよ。別に何も言われる筋合いはないわ。冗談じゃないわよ」
「それは山咲さん達が言いたくないって黙っていたから不問にされたんじゃないですか」
「じゃあ、何で山咲さん達は黙っていたのよ。それにあなた達も何も言わなかったでしょ」
「今だから言えますけど、あの時は学園に山口先生以外にバスケに詳しい先生がいなかったから、
先生に顧問を辞められるとバスケ部は困ってしまいます。
だから菜々美、いえ山咲さん達は私達に迷惑が掛かると思って黙っていたんですよ。
それは私達も同じで泣き寝入りするしかなかった。本当に悔しかった。
でも今は對馬先生がいます。だからあの時の事をまた理事会に訴えようと思います。あるいは教育委員会に直接訴えます」
「ええっ、そ、それは…いや、かまわないわ…やれるものなら、やってみなさいよ」
「言っておきますが、私達だけじゃなく3年生の先輩方も今は卒業した先輩方も証人になってくれるそうです。
今回はごまかせませんよ。山口先生」
「う、ううぅ……」
亜里沙は顔色を変え里奈を睨みつけている。
ここまで黙って聞いていた拓郎が菜々美に尋ねた。
「なあ、お前たち、山口先生にいじめを受けていたのか」
「……うん」
「本当なんだな、いったいどんなことを……」
「それは私達が説明します。菜々美達じゃ言いづらいでしょうから」
里奈が拓郎や教頭たちの前に来た。部員もついてくる。
今現在、ここには約200人以上の生徒と30人以上の教職員が残っている。
亜里沙は逃げ出したい気分だが、ここで逃げたら拓郎に弁明も出来ないと思い踏みとどまっている。
「山口先生は私達が1年の時、入部して3カ月した時には菜々美達にはバスケの才能は無いと決めつけて雑用を言いつけるようになったんです。
酷い言葉も投げつけていました。
それでも菜々美達はバスケが好きだったので部を辞めず雑用の合間を縫って地道に練習していました。
山口先生は菜々美達を公式戦はもちろん他校との練習試合にもベンチ入りもさせませんでした。
そのうちに部内の紅白戦にも出さなくなりました」
菜々美達、そんな目にあっていたのかと思い拓郎は亜里沙を睨みつける。
亜里沙はあわてて取り繕うとしたが言い訳が見つからない。
「地道に練習する菜々美達を見て、さすがに見かねた先輩方が山口先生が部活に来る前に色々と教えていたのですが、それを知った山口先生は怒って『藤井、山咲、篠崎、相沢お前たちは練習終了後に道具室の清掃をしなさい、それから全部のボールを磨くように』と言いつけて山口先生は帰ってしまいました。
その時は前キャプテンが菜々美達と残って一緒に手伝っってくれたのですけど、とても5人じゃ終わる量じゃありませんでした。その日は2月のみぞれが降っていた寒い日で、暖房もない道具室で学校の門限ぎりぎりまで菜々美達は頑張ったのですが終わりませんでした」
「な、なんてことを…」
「ひどすぎる」
と言う声があちこちから聞こえる。
「次の日、山口先生はボールが全部磨かれてないことを確認すると、菜々美達4人に罰としてグラウンドを10週するように言いつけました。だけどその日もみぞれ混じりのどしゃ降りでとてもじゃないですがグラウンドを走るなんて無理でした。ですが山口先生は走るように強要したので仕方なく菜々美達は走り出しました。私達はすぐに職員室に走り先生方に止めるように依頼し、菜々美達が3週走ったところで先生方に止めて貰い、びしょ濡れの4人を保健室に連れて行きました。4人は身体中びしょ濡れで冷え切っていて、それでも着替えさせてから先生方が車で家まで送ってくれました。ですが4人とも風邪をひいてしまい、三日間学校を休んでしまいました。それに4人とも登校してからも大きなショックも受けた様子でしばらく元気がありませんでした」
拓郎は怒りで顔が真っ赤になるほどだった。
「山口先生、あなたは何て言うことを……」
拓郎が怒鳴りつけると亜里沙はびくっとしたが言い訳を言ってきた。
「あの子たちが謝らず頑固だったもので……」
「藤井たちが謝る事なんて何もないじゃないですか。
どこに謝る必要があるんですか」
拓郎の怒鳴り声が体育館中に響く。
「あの時の事は悪かったと思っています」
怒っていたのは拓郎だけじゃなかった。
周りにいる教師たちも怒りを露にしていた。
周りの生徒達も驚いてはいるが怒りも感じているようだ。
「山口先生、あなたは教師失格だ」
「それでもこの学園の教師なんですか」
「これは完全にいじめだ。それも立場を利用した悪質ないじめだ」
怒鳴りが体育館に響く
「それで山口先生は藤井たちにきちんと謝ったのですか。
まあ謝って済むような事ではないけど」
誰かがそう発言すると里奈が答えた。
「いいえ、それどころか職員室では『あの子たちが勝手に走ってしまった』と嘘をついていました。
山口先生は私達には緘口令を敷いて『誰にもこのことは言わないように』ってきつく言っていました。
でも黙っていられなくて何人かの同級生の部員が教頭先生に話したんです。
でもその同級生の部員も緘口令を破ったと山口先生が怒って部を追い出してしまいました。
バスケが大好きで有望な選手たちだったんですけど」
「酷いもんだ。やっぱり、悪かったなんて少しも思ってなかったんだ。嘘つきが」
生徒達からそんな言葉がでた。
「佐々木さん、そのバスケ部を辞めさせられた人は誰なの」
拓郎が聞くと里奈はすぐに答えた。
「はい、高橋 和葉さんと吉田 遥香さん、それと飯塚 麗華さんの3人です。今は3人とも2年生です」
「そうか、バスケ部に戻ってくれよう俺から頼んでみるよ」
「先生、有難うございます。きっと戻ってくれると思います」
拓郎は教頭に聞かずにいられなかった。
「教頭先生、その時は山口先生の処分はどうしたんですか」
「あの時は、厳重注意ということになりました。
山咲さん達も『特に何も言う事も有りません』と言う事でしたので、それ以上の事はできませんでした」
教頭はバツの悪そうな顔をしたがさらに
「その時は山口先生はもう二度と行き過ぎた指導はしないと言ってました」
そこに生徒会の岩清水会長が教頭に聞いてきた。
「たったそれだけですか。おかしいじゃないですか。
山口先生が職員室で嘘をついたことや部員に緘口令を敷いて事実を隠ぺいしようとした事についてはどうなったんですか」
「それは……特に何も…」
「いったい何をやってるのですか、それが一番問題じゃないですか」
他の教師たちから非難の声が上がった。
教頭も亜里沙に対して指導が甘かったことに気が付いていた。
亜里沙は項垂れていて何も発言しない。
「大問題ですよ、これは学園側の対応にも問題があると思います」
「こんなことがマスコミに知れたら大変なことになりますよ」
中沢優奈や青木智子といった女性教師陣もここぞとばかりに亜里沙を攻撃する。
生徒達からも批判が相次いで出る。
「女子になんてことをするんだ」
「教師による生徒いじめか、知り合いの新聞記者に話して記事にして貰おう。こんな事が許される訳がない」
と、生徒の誰かが発言した事で亜里沙の身体がぴくっと動いた。
だが教頭がすぐに止める。
「待ちなさい、こんな事が世間に知れたらこの学園の不祥事になります」
「だったら、山口先生に対し学園としてはどう対処するつもりですか」
父親を理事長に持つ中沢優奈が教頭に詰め寄る。
教頭もそれをよく知っているために迂闊な発言は出来ない。
「そうですね、よく吟味して事情聴取して対処したいと……」
「そんな甘い事で済むと思っているのですか。藤井さん達が訴えたら刑事事件にもなりうる事件ですよ。厳粛に対処する必要があると思います」
そこでバスケ部員の椎名 梨花が紀香に対し大声で話した。
「そうね紀香、もう對馬先生もいるんだしさ、亜里沙先生なんかいなくても全然問題ないんだよ。って言うかもう遠慮することないって。
この際、純のお父さんに話して亜里沙先生を訴えようよ。
マスコミにもリークして、世間にもインターネットを使ってみんなで訴えていようよ」
この言葉で亜里沙は本当に追い詰められた。
もしそんなことになったら国家公務員である父や会社役員である母に多大な迷惑をかけてしまう。
さらに自分の経歴に大きな傷がつくばかりでなく将来にも大きな影響が出るだろう。いや、それだけでは済まないだろう。
もしテレビのニュースや新聞にでも載ったら本当に大変なことになる。
「お願い…やめて……お願い」
と、亜里沙は言うが部員たちは辛らつだった。
「今まで散々、私たちの事をゴミ扱いしてきたくせに今になってそれ?」
「自分の都合が悪くなったときは、先生はいつも他人のせいにしてたよね」
「試合に負けるたびに『あんた達がだらしないから私が恥をかくのよ』って言ってたし、その時私たちがどんな気持ちでいたかわかりますか」
『亜里沙先生に分かるはずないわよ。
他人がどう思うかなんて気にしない人なんだから」
「『何でそんな簡単なことが出来ないのよ。あなた達は本当に駄目ね』って何度言われたか」
次々と部員たちから亜里沙に批判の言葉が浴びせられる。
それは体育館にいる生徒や教師も聞いていたが、だれも止めなかった。
もはや亜里沙の人望は地に落ちている。
今回の試合でオフィシャルズを務めた引退した元部員たちも亜里沙を批判する。
「いつも勝つためだと言いながら、無茶な事ばかりさせられてたわ。
それでいて山口先生が監督になってから、一度も公式戦で3回戦まで進められたことは無かったけど。それも全部私たちのせいにされたし。
名門と言われた松濤学園女子バスケ部も落ちるとこまで落ちた。
それは山口先生が顧問になってからよ」
「リサや菜々美を部から追い出した時、先生は何て言ったか忘れたわけじゃないよね。本当に無能なのは山口先生でしょう」
―――リサや菜々美を部から追い出した時、先生は何て言ったか忘れたわけじゃないよね
この言葉は拓郎の心に引っかかった。
―――えっ、リサや菜々美を部から追い出した?
確か山口先生は菜々美達は学業不振を理由に退部してしまいましたって言ってたぞ。
どういうことだ。




