第12話
奈々美達はバスケ部員達と共にコートにモップをかけていた。
ついこの間まで毎日練習が終わるとやっていた事なのだが、ずいぶん久しぶりな感じだ。
拓朗は、隅の方で一年生の部員とボールを磨いている。
その奈々美に話しかけてきた者がいた。
佐々木里奈である。
里奈は申し訳なさそうに話す。
「奈々美、ごめんね。こんなことになっちゃって」
奈々美は無表情で答えた
「……ほんとにね」
「でもさ、私達だって本気なんだよ。昨日さ、亜理紗先生と話したんだけど…もしも、對馬先生が負けたら、私達もバスケ部を辞める覚悟なんだ。亜理紗先生は学校を辞めるって言ってた」
「まあ、あの阿久が監督になるのなら誰だって嫌だよね」
「うん、奈々美達に、私達の覚悟を聞いて欲しかったんだ」
「ふーん、そう」
「でも、安心した」
「なにが」
「對馬先生は、ほんとにすごい。伝説というか想像以上だった」
「うん、かっこよかったね。だから安心したってこと」
「そうね。それに先生は奈々美達をメンバーに入れたかったみたい。
本当を言うと、それがちょっと心配だったんだ。
だけどあなた達は今日、まるで別人のように上手くなって、もううちのレギュラーと変わらないくらい速さとテクを見せてくれたから、もう心配して無いよ」
「試合に勝ったら私達は先生を取られちゃうんだよ。私達が手を抜くって考えないの」
「そんなこと、全然思わないよ。私は奈々美達とは一年以上いっしょにバスケやってきたんだよ。
あなた達がどんな人か良く判ってるもん」
「……そう」
奈々美はすこしだけ嬉しそうに頷くとモップを片付けに行ってしまった。
長い黒髪をポニーテールにして歩いていく奈々美の後姿をみて里奈は思った。
――手入れの行き届いた髪、うしろ姿を見ると腰がくびれていてスタイルも良くなっているし急に大人になったように感じる。
バスケ部を辞めた時とは別人のように雰囲気が変わった奈々美達。
男子から人気が出るのも良く分かる。
ほんとはね。聞きたかったことがあるんだ。
夏休みの間、對馬先生と何かあったんじゃないかって。
あなた達を大事に思っている気持ちが伝わってくるような先生の態度。
そして、あなた達のその余裕。
実力テストの結果を聞けば、あなた達が夏休みの間遊んでいたとは誰も思わないけど、どうしたらそんなに綺麗になれるのよ。
絶対に先生と何かあったんでしょ――
里奈は深く疑っていた。
そして金森裕子を呼んだ。
「ねえ、裕子はリサと仲良かったわよね」
「うん、まあ、中学の時から一緒にバスケやってきたからね。でも二年になってクラスが違ってからはそんなでも無いよ。ほらリサは紀香達と同じクラスになって仲が良いし」
「今日、リサの家で勉強会をやるって言ってたじゃない。それに混ぜて貰えないかなって思ってさ。裕子はリサの家は行った事あるんでしょ」
「そりゃあるけど」
「どんな家」
「すっごく大きい家だよ。ちょっと古い洋館だけど綺麗な家だよ。中も広くてごはん食べるテーブルなんか15人くらいは座れるんじゃないかな」
「じゃあ、夜にでも行ってみようよ。先生だって勉強会なら断る理由は無いし」
「そうね。うん、行こ、行こう。リサんちは私んちからすぐのとこだし」
だが、近くで聞き耳を立てていた者がいた。
松本詩織である。
「ねえねえ、私も行く」
「なによ、詩織、聞いてたの」
「對馬先生の事って聞いては黙っちゃいられないわよ」
「しょうがないなあ、じゃあ、三人で行くか」
「さっそく先生に私達も勉強会に参加させて下さいって頼んでみようよ」
「待ちなさいよ。今言っても奈々美達になんだかんだ言われて断られるだけよ」
「じゃあ、どうすんの」
「だからさっき言ったとおり、夜、リサの家に直接行って頼んでみよう。
いくらなんでも門前払いはしないと思うよ。知らない仲じゃ無いんだしさ、入れてくれると思うよ」
「じゃあ、とりあえず裕子の家に行こ。それからお母さんに遅くなるって電話しなきゃ」
「お泊り会って言ってたよ。一応お泊りセットも用意しようよ」
こうして里奈と裕子と詩織は帰る準備を始めるのだった。
その頃、拓朗と奈々美達は拓朗の車で秋葉原に向かっていた。
だが夕方の本郷通りは渋滞していた。
奈々美達は拓朗と亜理紗が食事に行くのを何としてもやめさせたかった。
すでに彼女らの心の中では亜理紗は最大のライバルと認定されている。
少なくとも潜在的には恋敵である事に間違い無い。
「先生のナンパ師ー、スケコマシー」
純である。
「先生、浮気は許しませんよ」
奈々美である。
「先生。絶対に断ってね。駄目なら私達も同伴するからね」
紀香である。
「先生、行かないで。私達を捨てて他の女なんかに走らないで」
リサである。
助手席に座る純が拓朗の左腕に噛み付き、後部座席に座る3人が拓朗の髪の毛を引っ張り、耳を引っ張り、ほっぺたを抓りあげている。
拓朗は運転中なので振り解けないでいる。
「いへへへ、ひゃめろ、ひゃめろっへ」
ちょうど、東○大学の赤門前の信号で止まったので、やっと拓朗は四人の攻撃から逃れることが出来た。
この大学は拓朗の母校である。
たまたま知っている職員や教授とかに会ったらとんでもないことになる。
「わかった、わかったから、もうやめろ。明日、山口先生に話すから」
「本当ですね。絶対に行きませんね」
「ああ、浮気とかする気は全然無いんだけどな。でもお前たちがそこまで言うなら断るさ。
俺だってお前たちが誰か男と二人で食事に行ったらやっぱりいやだしな」
「先生…大好き」
「だけど、なんて言って断ろう。山口先生はレストランを予約しておきますって言ってたし」
「それは考えたよ。祝勝会ならみんなで行きましょうって言えばいいんじゃない。
たぶんみんな賛成してくれると思うよ」
「ええっ、そんな大勢におごってたら破産だよ。俺は安月給なんだよ」
「会費制にすればいいんだよ。先生は私達の分だけおごってくれればいいんですよ。
ほら考古学部の顧問から外れるんだし、みんなも納得してくれるって」
「みんな、本当に良いのか。俺が考古学部を抜けても…仕方ないんだが」
「うん、お仕事なんだし仕方ないよ。我慢する。でも勉強会は続けて貰えるんだよね。
毎日、先生の部屋に行っても良いんだよね」
「ああ、それはもちろんだけど。目立たないように来てくれな」
だが奈々美たちには拓朗を考古学部に引き戻す策がある。
しかも入部希望者どもを削除したうえで拓朗を取り返す策である。
だから奈々美たちは余裕だったのだ。
そうとは知らない拓朗は申し訳無い気持ちでいっぱいだった。
「お前達に無理を言って入部して貰ったのにわずか2ヶ月だった。
もっと一緒に考古学をやりたかったんだが、すまない」
と拓朗がしみじみと言うので、逆に奈々美は後ろめたい気持ちになってしまう。
「せ、先生、まだ決まった訳じゃないですから…」
「そうですよ、まだ、なにがあるか分かりませんし」
急に敬語になってしまう奈々美たちだった。
拓朗達5人は秋葉原に着いて車を有料駐車場に止め、歩いて駅の近くの雑居ビルの前まで来た。
「ここだよ、このビルの4階が激安なんだよ」
と、純がはしゃいだ様子で言う。
「おい、ここは女性の為の店って書いてあるぞ」
と拓朗が訝しげに言うが純は拓朗の手を握ったままだ。
「大丈夫だよ。女性と一緒になら男でも入れるって書いてあったもん。
この店は店員さんが全員女性なんだよ。
あのね、普通女の子が買えないような物でもここでは買えるんだよ」
「なあ、何でこんな店を知ってるんだ」
「もちろん、ネットで調べたんだよ。先生、早く入ろうよ」
拓朗はかなり悪い予感がしたが純とリサに手を引かれてエレベーターに乗った。
「ここではね。定価の50%引きくらいで買えるんだって。今日はみんな一万円くらいの予算だから、定価で2万円くらいまでOKだよ」
コスプレ衣装で2万円なんて大人買いは、いくらなんでも駄目だろうと思った拓朗は言った。
「止めとけって、みんな5千円くらいまでにしとけ」
だがみんな取り合わない。
「こんな時にお小遣い使わないで何時使うのさ。今日は買いたいものを買う。
先生も私たちに着せたいものがあったら言ってね。ちゃんと考慮するから」
4人に押し切られる形で店に入った拓朗はびっくりした。
いきなり、セーラー服やメイド服スクール水着などを着たマネキン人形が並んでいて、さらに見渡す限り派手な服が並んでいるのが分かる。
「まずメイド服を見に行こう」
メイド服は80種類くらいあるのだろうか。
紀香達は次々と試着するが、その都度拓朗を呼び感想を聞いてくる。
「どうかな、先生」
「ちょっと、過激だと思うんだが…」
「先生に見せるだけで、他の人に見せる訳じゃないから、少し過激なくらいの方が良いんだよ」
特に純の選んだメイド服は露出部分が多くエロかわいいというものばかりで拓朗を困らせた。
結局全員が「それはやめれ」と拓朗が言ったものを買っていた。
「他に何を買うかなぁ」
と奈々美が言うので拓朗は
「なぁ、奈々美にはさ、ナース服を着て欲しいと思うんだけど」
「ええっ、先生がそんなこと言うとは思わなかったよ。うん、いいよ、じゃあ、ナース服にしよ」
それで奈々美がナース服、紀香はチャイナ服、純はバニーガール、リサはスチュワーデスの衣装を買った。
もちろん過激なセクシー系ばかりだった。
もちろん試着した彼女らの姿はとんでもないくらい扇情的だった。
「まだ予算がかなり余ってるよ。先生、何かない」
「いや、もう十分だろ」
「じゃあ、ナース服の下につけるビスチェでも買おう」
といって拓朗の手を取りビスチェ・テディコーナーに連れて行く。
「なっ、なんなんだ、これって、AVで使われるような…」
と、あまりにすごいデザインの物が100種類くらいあるのだろうか。
拓朗はびっくりしているが四人ははしゃいでいる。
「安いね67%引きだって。何枚か買おう」
とみんな2枚づつ選んでいた。
さすがに試着までしなかったので拓朗はほっとしていた。
この時点で拓朗も限界に近いくらい興奮していたのだった。
「あっそうだ、スーパーそに子のベビードールバージョンが可愛かったんだよね。
ベビードールも買おうかな」
「馬鹿ね、あんなにおっぱいが大きい訳じゃないでしょ。似合わないって」
しかし結局全員がベビードールを買うのだった。
それも”たっぷりフリルのパープルベビードール&ショーツ”とかものすごく扇情的なものだった。
さらにレジに行ったら一人一万円前後の買い物だったのだが、【8千円以上お買い上げの場合はデザインショーツを一枚プレゼント】と言う事になっていた。
やはり四人は拓朗をつれてショーツコーナーにやって来た。
「先生、どれがいい」
と、聞いてくる。
「そんな事言ったって、もう何でも良いから早く選んでくれ。俺はもうここにいるのは限界だ」
と、拓朗は言うが四人は拓朗に選べと言ってくる。
しかたなく拓朗は目の前にあったショーツを選んだ。
「えっ、これ?これはちょっと、まあ、先生が選んだんだからいいけど。もうえっち」
と四人がここに来て初めて顔を赤らめた。
拓朗が選んだ物は”オープンクロッチ+パール”というショーツだった。
小さく折りたたまれたそれを見て、拓朗は訳が分からなかった。
「どれを選んでも、えっちだろ。もういいだろ、帰ろう」
と言って賞品を受け取り店を出た。
最後にサービスのショーツを渡す時、女性店員は微妙な顔をしていたが何かを言うことは無かった。
「ああ、もう二度とここには来んぞ」
拓朗達5人はようやく帰路につき、午後7時頃無事にリサの家に着いた
だが今夜、ここでとんでもないことが起こるのである。
拓朗はそれを知る由も無かった。




