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第11話

「私もこの学園の教師として對馬先生に尋ねたいと思います。

今日はこれから藤井さん達とどんな約束をされているのですか」


というアリサの質問に拓朗は答えることが出来ず立ちすくんでいる。

だがこういった場面では男より女の方が度胸が据わっていることが多い。


奈々美は特に動揺した様子も無く話す。

「先生、別に隠す事でも無いし、亜理紗先生がここまで言うなら話しても良いよね。

亜理紗先生、私達はこれからちょっと買い物に行った後、リサのお家で勉強会をするんです」


その買い物も問題なのだが奈々美がさらりと流したせいで亜理紗は勉強会のことだけが頭に入った。


「えっ、篠崎さんの家で勉強会?それに對馬先生も」


「はい、それがなにか。勉強会については理事会でも承認されてますし、学園にも許可を得てますけど」


「いえ、生徒の家で勉強会なんて、何時もそうしてるの」


「いいえ、何時もは先生のマンションですけど、今日は特別なんです」


アリサはその時、拓朗がちょっと反応したのに気付いた。

――あやしい。ただの勉強会にしては對馬先生の態度がおかしい。絶対になにかある


だが亜理紗は努めて普通に話す。

「今日は特別って何かあったの」


奈々美は変に隠すとまずいことになりそうだと考え話すことにした。


「はい、今日と明日、リサのご両親が不在で家に誰もいないんです。

リサの家はすっごく広くて一人じゃ怖いって言うから、みんなでお泊まり会をする事になったんです」


「そう、それで…って、まさか對馬先生まで泊まる訳無いですよね」


途端に拓朗がバツの悪そうな顔をする。

しかし奈々美は平然と答える。


「いいえ、先生も泊まりますけど、それがなにか」


「……っ!」


亜理紗は絶句したがすぐに立ち直って言った。

「そ、それがなにかって…山咲さんあなたねぇ。對馬先生っ」


「は、はいっ」

拓朗は亜理紗の剣幕にびっくりして声が上ずっていた。


「先生っ、篠崎さんの家はご両親が不在なんですよね。

そこに男性である先生が泊まりにいくって、そんなの、ああ、ダメに決まってるでしょう。

一体なにを考えているのですか」


「はぁ、ですが…その…篠崎のご両親に頼まれてしまって…」


拓朗が困ったように言うが、亜理紗は一瞬理解できなかった。


「何言ってるのですか。そんな訳…えっ」


そこにリサが口を挟んだ。

「亜理紗先生、うちの親が對馬先生に泊まってくれるように頼んだんです。

女の子四人だけじゃ心配だからって。なんならうちの親に確認の電話でもしますか」


といってリサは携帯を取り出す。


「うっ、でも、なにかあったら…」


奈々美が呆れたように話す。

「だから、何かあったら困るから對馬先生に一緒に泊まってくれるようにして貰ったんですよ」


ものは言い様である。


紀香も呆れた顔をして話す。

「もしかして亜理紗先生は、對馬先生が私たちに何かするんじゃないかって思っているんじゃないですか。

そういう変な勘繰りは對馬先生に失礼だと思わないのですか。

先生は私達の担任だし部活の顧問なんですよ」


その担任であり部活の顧問でもある拓朗を罠にかけて、自分達の欲望を満たす為に関係を強要した人間の言葉とは思えないが、奈々美たちの完璧な理論武装の前に亜理紗は敗北した。


「うっ、そ、そうね、ごめんなさい。あ、對馬先生、申し訳ありません」


亜理紗は思った。

――對馬先生があなたたちに何かするなんて全然思っていないわよ。

それより私が心配しているのは、逆にあなた達が對馬先生に何かするんじゃないかって事なのよ。


だが、もうとっくに紀香たちは拓朗を篭絡して、彼女達にとって夢のような淫靡な毎日を送っている。

亜理紗の心配は的を射ていたのだが、すでに遅かったのだ。


そんな事を亜理紗が考えてるとは知らない拓朗は、頭を下げる亜理紗に後ろめたい気持ちでいっぱいだった。


「いえっ、全然気にして無いです。山口先生が言われる事は自然なことと思います」


「まあ、有難う御座います。でも失礼な事を言ってすみませんでした」


その殊勝な亜理紗の姿に拓朗は後ろめたさと申し訳なさで、つい言ってしまう。


「あのう、山口先生、その…明日、練習前に一緒に昼飯でもどうですか。

あっ、もちろん俺のおごりです。先生の都合が良ければですが」


拓朗としては軽い気持ちでメシくらいならおごっても良いよなぁと思ったのだ。


「えっ」


亜理紗は余りにも意外な言葉だったのですぐに返事が出来なかった。

まさか、こんなに生徒達がいる前で食事に誘われるとは思わなかった。

そのためすぐに返事が出来なかった。


亜理紗はこの学園に赴任して来た頃、その優れた容姿から先輩の教師に食事に誘われる事が多かった。

亜理紗は一度だって受けた事はなかった。

普通は角が立たないようにやんわりと断っていたのだが、阿久に対してだけはきつい言葉で断固として断っていた。

だが拓朗に誘われたら断る事なんて出来っこない。

だが今の状況では…


拓朗は亜理紗が黙って俯いているのを見て断る理由を考えているんだろうと思った。


「あっ、先生の都合も考えず、急にこんな事を言い出しましてすみません。…痛っ、あっ、おい相沢なにすんだ」


なんと純が拓朗の左腕にカプっと噛み付いている。

「いてててっ、やめろ相沢、やめろってば…ああ、歯型がついてる。おーいて」


と、拓朗が噛まれた腕をさすっていると今度は紀香が「あっ、ごめんなさい」と言って拓朗の右足を思いっきり踏んできた。

「痛っ、いてて…ああ、藤井までなにするんだよ」

「だからごめんなさいって言ったでしょ」

紀香も純も口をへの字にしてそっぽを向いている。


もう、いったいなんなんだと拓朗が思っていると、目の前に奈々美が両手を腰に当ててこちらを見上げている。


「先生っ、先生はいつもそうやって女性を食事に誘っているんですか」


リサも奈々美の隣で口をへの字にして

「先生のナンパ師ー」

などと罵ってくる。


「ナンパ師って、そんな訳無いだろ。こんな事言ったのは生まれて初めてだよ。本当だぞ」


「じゃあ亜理紗先生が美人だから誘ったんですね」


「そうじゃなくて山口先生にはいつもお世話になってるからだよ。

俺はお前達とも何度もメシ食いに行っただろ」


「でも先生が連れて行ってくれたのは牛丼屋とか立ち食いそば屋じゃないですか、あ、それと定食屋」


「この間行った定食屋さんはひどかったよね、

お客さんが作業着を着たおじさんばっかりだったし。もう恥ずかしくって味が分からなかったよ」


「ちゃんと私達がおしゃれをして行けるようなお店に連れてってください」


と口々に文句を言っている。



亜理紗は周りの声がまったく耳に入っていなかった。

それより拓朗の言葉が頭の中を駆け巡っていた。


【一緒に昼飯でもどうですか

こんな事言ったのは生まれて初めてだよ。本当だぞ】


――ああ、対馬先生が初めて食事に誘った女は私なんだ。うれしいなぁ

私だって男性と二人っきりで食事をするのは初めてなんだし。そうだ昼食じゃもったいない

南青山のお店でお夕食を…その後はブルーノートでジャズを聴いて美味しいお酒を…ああ、その後は…


亜理紗は奈々美を押しのけて拓朗の前に来ると、頬を上気させ目を潤ませて見詰めながら言った。


「對馬先生、お誘い有難う御座います。ですが明日は部員達と軽い昼食を取る事になっています」


バスケ部員達はびっくりしていた。

明日、軽い昼食を取る事になってるなんて聞いていない。

それに對馬先生の誘いを亜理紗先生が断るとは。

しかも亜理紗のあんな緩みきった顔は今まで一度だって見たことが無い。


奈々美たちやバスケ部員達が唖然としている前で、さらに亜理紗は言葉を続ける。


「ですから、月曜日の試合で勝ったら二人でお食事に行きましょう。祝勝会です。

それに今後の事もゆっくりご相談したいと思います」


蕩けた表情の亜理紗と見詰めあいながら拓朗は思った。


――ああ、山口先生は本当に綺麗な人だなぁ。ちょっと童顔だけど何て綺麗な目と髪をしてるんだ。


「あ、はい。じゃあ、そうしましょうか。えーとじゃあ、近くのファミレス…」


拓朗は奈々美たちの手前戸惑っていたが、亜理紗は甘い声で囁くように言った。


「いえ、レストランは私が予約しておきますわ。楽しい夜にしましょうね」


見詰め合う二人。

亜理紗は拓朗の顔を真近で見て思っていた。

ー―こんなに清潔感のある男の人を私ははじめて見た。何て綺麗で整った顔をしてるんだろうか


たまらず純が言い出す。

「亜理紗先生、まだ勝つって決まった訳じゃ…それに」


亜理紗は純の言葉は聞こえなかったようににこにこして

「先生、お疲れ様でした。また明日もお願いします。ああ、月曜が楽しみです♪」

と言って部員達の方に歩いていってしまった。


亜理紗は劣勢だったのを、最後には逆転して拓朗と約束を取り付けたことに満足して上機嫌だった。


だがこの体育館にいたのはバスケ部だけではない。

他の部の女子も大勢いて卓郎と亜理紗のやり取りを見ていたし聞いてもいた。


「これは、すっごいニュースだよ」


こんな大ニュースはめったに無い

もうこれは黙っていられない、みんなに知らせないと。


と、周りの他の部の女子が思っていることに気付かないで、にこにこと上機嫌で鼻歌を歌いながらスキップでもしそうな亜理紗。

その亜理紗を見てバスケ部員達はみんな気味悪がったが言いたいこともあった。


「先生、明日、私たちと軽い昼食を取るって何時決まったんですか」


「さっきよ。でもういいわ。明日は食事を取ってから集合してね」


「あの、でも祝勝会って、それなら私達も参加できるんじゃないですか」


「對馬先生は、私を誘ってくれたの。あなたたちは誘われてないわよね」


「むむっ、じゃあ、二人っきりで行くつもりですか」


「もちろんよ♪」


「それって、デートなんじゃないですか」


「っ!………デート……」


いや、拓朗は軽い気持ちで昼飯に誘っただけでデートのつもりなどまるっきり無かった。

だが、これでアリサの頭の中ではデートに変換された。


――そうよね、これはデートなんだわ。ああ、對馬先生は私をデートに誘ってくれたんだ。

でも、先生は女性に慣れていないようだから、私が気を利かせなければ。

そうね、すぐにデートプランを立てないと。

ああ、着ていく服も選ばないと、いや新しい服を買いに行こう。

私も誰とも付き合ったことなんてないけど、楽しい話題も考えておかないとね。

万が一、二人の気持ちが盛り上がっちゃったら、私から誘わないとダメよね。

うん、一応、ホテルの部屋を取っておこう。

あくまで万が一の時のためよ

すぐにホテルもダブルの部屋をリザーブしなければ…

生理まで一週間も無いはずだから、アレは要らないわね。

やだ、わたしったら…


亜理紗は考え込み、何かぶつぶつ囁いていたが、急に顔を真っ赤にしたと思うといきなり帰ると言い出した。


「みんなも今日は終わりにして帰りなさい。だらだら練習してもいい結果は出ないから、身体を休めたほうが良いわ。わかったわね」


部員達は走り去る亜理紗を呆然の見送っていたが、やがてコートの清掃を始めた。



その頃、男子バスケ部では部室でミーティングが行なわれていた。


「見たか、アレが對馬君の高校生の頃のプレーだ。だが安心しろ、彼は五年間、ボールに触っていないそうだ」


亜理紗たちから借りててきた動画を見た後、阿久は部員達に説明していた。


「いいか、月曜の試合では對馬君にディフェンスは二人付け、そして完全に動きを封じるんだ。

あとは女の子だからお前達とは15センチ以上の身長差がある。

フィジカル的にも相手にならんだろう。それでなんとでもなる」


キャプテンの安藤は思った。

「噂では聞いていましたが、對馬先生があの”伝説”だったとはすごいですね。あの時の對馬先生では俺たちじゃとてもじゃないですが歯が立たない」


他の部員達も口々に言う。

「マジで半端じゃねぇ。あの動きは対峙したら見えねえんじゃねぇ」


「おう、すごすぎるよ。一試合で一人で40点以上も得点するなんてさ。それもインターハイの決勝戦でだぜ」


「パワーフォワードなのにロングレンジのシュートもことごとく決めてたよな」


だが阿久は否定する。

「それは五年前の話だ。いいか彼は五年間ボールに触っていないんだ。

それにな、どうやら相手のメンバーは考古学部の女の子らしいぞ。元バスケ部だそうだ」


「えっ、藤井達ですか」


「ああ、会議ではそんな事言ってたぞ。知ってる子か」


「はい、それは知ってますけど…」


安藤たち男子バスケ部の部員達も紀香や奈々美たちの事はよく知っていた。

彼女達はバスケ部に在籍している時はレギュラーになれそうも無いのに一生懸命練習していた。

”地味だけど優しくてなんでも一生懸命な女の子”そんなイメージだった。

だけど学業不振を理由にバスケ部を退部して、勉強会を開いて貰うと言う理由で考古学部に入部したと噂で聞いていた。

そして彼女達は夏休み明けには、まるで蛹から蝶に変わるように美しく華やかな女の子になっていた。

実力テストでも結果を出し順位表の上位に名前が載っていた。

いまでは学園でも男子の憧れの女の子になっている。


「そういえば、先生、彼女達は俺たちが月曜日の試合に勝ったら、うちのマネージャーになってくれると言う噂なんですが」


阿久もへーえといった顔で

「そうなのか、そういえばうちにはマネージャーがいなかったんだな。うん、いいんじゃないか。あの子達は元バスケ部なんだろ。バスケをよく知ってる子なら問題ないと思うぞ」


部員達は大喜びで盛り上がっている。

「やったぁ、よーし、俺はがんばるぜ」

「おう、今回は死ぬ気でがんばろう」


阿久もさらに部員たちが盛り上がる事を言う。

「お前達、月曜の試合に勝ったら、俺は女子バスケの顧問も兼任する事になっている。

そうなったら女子との合同練習も多くなるし、山口先生も副顧問として一緒にやる事になっているんだ。

まあ、普通にやれば勝てると思うが、くれぐれも油断はせんようにな」


安藤も嬉しそうに言う。

「みんな、あの伝説と言われた對馬先生と試合が出来るだけでも名誉な事だと思う。

だから、力いっぱい正々堂々と戦って勝とう」


男子バスケ部はかつてない盛り上がりを見せていた。


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