第9話
R15で大丈夫だよね。
拓朗は自分が思ったより動ける事に驚くと同時に楽しくなってきた。
6月末から始めた毎朝のランニングも実は体を動かすのが楽しくて続けてきた。
その成果が出てるのだろうかと拓朗は考えた。
拓朗は高校時代、自分がこれだけ動けるのは風と水の妖精のおかげだと思っていた。
だが長い間、風の妖精を体に纏わせ、水の妖精を身体に棲まわせてきた拓朗は、高校入学当時にはすでに人間として高位の身体能力を持つに至っていた。
拓朗はその当時ですでに精霊の力をかなりその身体に宿していたのだ。
そのため、風と水の妖精は逆に拓朗の力を抑えるようにしていた。
だが今はその風と水の妖精が拓朗の傍にいない状況である。
そして奈々美や紀香達も拓朗の体液を飲んだり胎内に受け入れて身体能力が大幅に向上しているのだ。
拓朗はドリブルからのシュート練習を始めた。
ディフェンスがいるものと仮定してディフェンスにジャンプシュートを意識させスクープシュート
ジャブステップからドライブそのままステップインシュート
ステップバックからフェイドアウェイシュート
シュートフェイクで時間差ジャンプシュート
次々とシュートを決める拓朗の姿に一同は声を出す事も出来す見蕩れている。
拓朗はドライブしてレイアップシュートを決めたとき思った。
――あれっ、なんだかゴールリングがやけに近い感じ。こんな近かったかな。よし、じゃあ
拓朗は一連のディフェンスを抜く動きからダンクシュートを決めた。
拓朗にとっては力むことなく普通のダンクだったが、アリサや部員達から大きな歓声が沸いた。
「「先生っ、すごいです」」
とバスケ部の部員達が駆け寄ってくる。
「早過ぎて見えない。動きの切れがすごくてどう動くのかまったく予想できないし」
「なんて綺麗なシュートなんでしょうか」
「先生を止められる人は居ないと思います」
部員達にきらきらした目で見詰められ誉めそやされて拓朗は照れる。
「いや、実際にディフェンスがいたら、ああはいかないよ。パイプ椅子は動かないからなぁ」
「いいえ、誰も先生を止められないと思います」
「じゃあ、俺は今度は3ポイントシュートの練習をするから、みんなはそれぞれ練習してくれ。
ああ、それと誰かパスしてくれると嬉しいんだが」
「「はいっ」」
だが誰も練習に入らず拓朗のシュート練習を見ている。
パスはキャプテンの里奈が出してくれた。
シュートを打ち始めて最初の2本は外したが、それからは次々と位置を変えながらも外すことなく決めていく。
その拓朗の姿を見て亜理紗は涙を流していた
――なんて綺麗なフォームなの。ああ、私は間違っていなかった
昨日、職員会議が終わって亜理紗と部員達はコートに集まりミーティングをした。
「先生、大変な事になっちゃいましたね」
「そうね」
「先生、對馬先生は大丈夫でしょうか。なにしろ5年ものブランクと言う事でしたけど」
「私は信じてるけど、とにかく明日とあさっての練習で勘を取り戻してもらうしか無いわね」
「でも、もし負けたら…」
「その時は、私が責任を取るから、みんなは心配しないで大丈夫よ」
「えっ…どうするのですか」
「私はこの学園を…松涛学園を辞める事になると思う。
でもあの阿久が女子バスの顧問になる事は絶対に阻止するから心配しないで」
「すみません、私達が学園に嘆願書なんか出したばっかりに、こんな事に…」
「いいのよ、私だってみんなとおんなじ気持ちだったんだから」
「もし負けたら、私もバスケ部を辞めます」
「「私も」」
「そう、じゃあ、月曜の試合で負けたら、この伝統ある松涛学園女子バスケ部も終わっちゃうわね」
「………」
と、悲壮な覚悟を決めていたのだ。
亜理紗も部員達も昨夜はよく眠れなかったに違いない。
――對馬先生は、あの日本代表と時と遜色無いどころか、あの時よりすごいんじゃないかな
これなら間違いなく勝てる。今の對馬先生を止める事なんて高校生には出来っこない。
あの阿久をとことん叩き潰して、二度と顔を見なくてすむようにしてやれる。
涙を拭き、拓朗のプレーを惚れ惚れと見ていた亜理紗はコートのまわりに大勢の女子がいることに気付いた。
女子バスケ部の他に女子バレー部、女子バトミントン部、女子新体操部の部員たちがあつまって拓朗のプレーを見ている。70人くらいいるだろうか。
そして拓朗がシュートを決めるたびに歓声を上げていた。
――まずい、これは緘口令を布かなければ。あの阿久に對馬先生の力を知られる訳にはいかない
「あっ、對馬先生、すこし休憩したらいかがですか。ちょっとお話したいのですが」
と亜理紗は拓朗に駆け寄り言った。
「はい、わかりました」
拓朗は素直に亜理紗の言葉に従った。
そこにものすごく嬉しそうな顔で松本 詩織がタオルを持ってきて拓朗に渡す。
「おお、ありがとう」
拓朗は笑顔でタオルを受け取ったが、見ると拓朗のタオルではない。
「えーと、これ使っていいの」
「は、はひ、いえ、はい、使ってください。先生は本当にすごいです。あんなに綺麗なシュートが連続で…」
顔を真っ赤にして懸命に言葉を繋ぐ詩織の横から、こんどはスポーツドリンクのペットボトルが差し出される。
「先生、私は…」
「知ってるよ、二年4組の金森裕子さんだろ、ああ、ありがとう」
「いえ、あの、先生、二年3組です」
「あ、そうか、ごめん」
「いえ、名前を覚えていてもらっただけでも嬉しいです」
「ちょっと、裕子っ、私が先生と話してたの」
拓朗は使ったタオルをどうしようと思っていたが、とりあえず詩織に聞いてみた。
「えーっと、松本さん、このタオルは洗って返せばいいの」
「えっ、いえっ、そのままで大丈夫です」
「でもさ、その…汗臭いし…」
詩織はタオルを受け取ると抱きしめるようにして言った。
「いえ、すこしも臭くなんてないです。大丈夫です」
詩織は拓朗が汗を拭いたタオルを大事そうに自分のバッグに入れた。
そこに奈々美と純が乱入してきた。
「ちょっと、詩織、うちの先生によけいな事しないでよ」
「タオル、よこしなさいよ。私達が洗ってあんたに返すから」
「裕子もなに勝手に先生に飲み物渡してんのよ」
奈々美たちと詩織たちが睨みあう
そこにリサが来てバスケ部員たちに言い放つ。
「いいこと、先生は私達の先生なの、勝手に話しかけたりしないでよ。
それに、タオルとか飲み物は私達が用意するからほっといて。わかった?」
そこにようやく亜理紗が来た。
「なにやってるの、一緒に戦う仲間なんだから仲良くしなさい。ああ、それと」
亜理紗は大きな声で周りで見ている他の部の女子に言った。
「ね、みんな。ここで見た事は他の人には言わないで欲しいの。お願いね」
周りがざわざわとなり、なんでーとか聞こえてくる。
「月曜日の試合のこと、みんなも知ってるでしょ。勝てばこれから毎日、對馬先生がここに来てコーチしてくれるのよ。そうなればみんなも對馬先生と仲良くなれるわよ。でもね、負けたらあの阿久先生が毎日この体育館にくるのよ。それでもいいの」
えー、それって最悪とか聞こえる。
――ああ、阿久先生って、本当に女子に嫌われてるんだな。かわいそうに
と拓朗は思ったが、周りでは「わかりましたー」「だれにもいいません」と納得してくれたようだ。
ドリブルの練習が始まって拓朗は部員達の様子を見ていたが、紀香達の様子がおかしいことに気付いた。
なんとなく上半身と下半身のバランスがおかしいような気がする。
ドリブルが上手く無い選手がボールを足に当ててしまうような感じだった。
実際、彼女達は戸惑っていた。
――なんだろう、走りながらドリブルが上手くできない。なんだかチグハグな感じ
彼女達は、拓朗との接触で身体能力が大幅に向上していたのだが、特に運動をしていなかった為、今までそれに気付いていなかった。頭脳に関しては記憶能力や演算能力が飛躍的に伸びていて、それはテストで結果を出した。
集中力も人間の限界を超えるくらいになっていたが、彼女たちがそれに気付く事も無かった。
そのため、自分の運動能力が大幅に向上していても、頭が、いや、意識が追いついていないのである。
こういった光景はよく幼稚園や小学校の運動会で父兄参加競技で見られる。
久しぶりに走ったお父さんが、気持ちはまだ若いままだったが、足がついて行けず前につんのめってしまったり、逆にもう年で駄目だろうと思っているが結構走れて上半身を後ろに仰け反らせて走っている人もいる。
拓朗は紀香達の状況の原因に気付いた。
拓朗自身も中学生の頃そういった経験があったのだ。
「山咲、相沢、ちょっとだけいいか」
「先生、教えてくれるんですか」
紀香とリサも駆け寄ってくる。
「ああ、まあ、ちょっとしたコツというかやり方をな。まず、お前たちは自分で思っているより動けるぞ。なんていうか、二か月のブランクがあるからなのかも知れないが、意識が身体についていっていない」
「よくわかんないんですけど」
「さっき、フットワークの練習をやったろ、その時、お前たちは十分いい動きをしてたぞ」
「ああ、あの時は自分でも驚きました。もっと早くても大丈夫でしたし」
「な、でもドリブルしながら走ってると上半身と下半身がバラバラなんだよ」
「なるほど、だから上手くいかないんですね」
「うん、だからまず基礎のドリブルから始めよう。最初はゆっくりで良いからな」
しばらく練習しているうちに四人はかなり高速でドリブルが出来るようになった。
「じゃあ、次にレッグスルーの練習だ。レッグスルーは足を大きく開き腰を落として足の間にボールを通すんだ。ちょっとやって見せるから」
ちょっと茶目っ気をだした純が拓朗の耳元に口を寄せた。
「先生、ちょっと、ちょっと」
「ん、なんだ」
5人は内緒話をするように顔を寄せ合うと小声で純が言う。
「先生、足を大きく開いて腰を落として足の間にボーを通すなんて恥ずかしすぎてこんなとこじゃダメです。
夜になったら先生のお部屋でしてあげます。あーん、もう先生のえっち」
拓朗は純のこめかみに両手のこぶしを当てぐりぐりしながら、やっぱり小声で言う。
「バカモノー、ボーじゃない、ボールだ。玉だ。わかったか、あーん」
「痛い、痛い、痛い、わかりました。玉ですね。はい、ごめんなさーい」
真面目にバスケの話だと思って聞いていた奈々美や紀香やリサは吹き出してしまう。
「もう、何言ってるのよ。やだぁ」
といって顔を赤くし笑いながら拓朗の身体を叩いている。
「もう、棒とか玉とか、思い出しちゃったじゃない。先生、もう帰りませんか」
「何言ってるんだ、まだ1時間しか練習してないぞ」
「でも、先生…あっ、今日は秋葉に買い物に行く約束でしたよね」
「ん、ああ、そうだったな、じゃあ、4時になったら終わりにしよう。
買い物に行くのはそれからでも良いだろ」
紀香達も中学からバスケをやっていてこのレッグスルーは出来るのだが、拓朗のように高速でドリブルしながら左右ともスムーズにやれるかと言うと無理であった。
だけど拓朗とこんな風に話してリラックスしている今なら、出来るような気がする四人だった。
その様子を見ていた亜理紗やバスケ部員達は奈々美たち四人が羨ましかった。
――あんなに気兼ねなく親しく對馬先生と話せるなんて、それに先生もすごく楽しそう。
いいなあ、對馬先生に勉強を見て貰って成績は上がるし、あんなに可愛くなるし、たぶん相当頑張ったんだろうな。まあ、先生と一緒なら張り合いもあるし、やる気が違うよね。
ああ、早く先生が顧問になってくれないかな。そしたら私だって…
と部員達は思っていた。
だが、亜理紗は羨ましいのもあるが、嫉妬心が膨れ上がっていた。
――あの子達、對馬先生が優しいのをいいことににベタベタして、いい加減にしなさいって。
だいたい、教師と生徒があんなに親しいのは問題だと思う。この際、對馬先生に注意した方がいいのかしら。
でも、それで先生が気を悪くされたら困るし、もう、どうしたらいいのよ
そんな周りの女性たちの羨望と嫉妬の視線の中で、5人はいちゃいちゃしていたのだった。
今回でストックが終わってしまいました。
少しの間、書き溜めしたいと思います。