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【短編】不思議な彼や彼女たち     【シリーズ】

迷うもの、示すもの。

作者: FRIDAY

 


 ●



「それじゃあ、行ってくるね」

 ぽんぽんと軽く頭を叩く。行儀よく座ったゴエモンはふんと鼻を鳴らした。

 朝の校門前だ。登校してくる生徒は他にもたくさんいるが、彼らは特に驚くこともなく通り過ぎていく。

 立ち上がったゴエモンはスタスタと身を翻し、来た道を引き返し始めた。

 毎朝、ゴエモンは校門までついてくるのである。そしてユウタの登校を見届けた後、一匹で帰っていく。もともとリードなどつけていないので特に心配はしていない。万が一にも野良犬と間違われないよう首輪だけはしている。

 その巨大ゆえにご近所では結構有名なゴエモンは同級生にも人気があり、どうやら帰りしな『お土産』をもらい歩き、帰宅後にいそいそと楽しんでいるらしい。その『お土産』を回収する籠も首からばっちり提げている。

 さっそく登校中の女子中学生に囲まれているゴエモンを見届けた後、ユウタも校門に背を向けて生徒玄関へ歩き始めた。

 彼が肩から提げている鞄は普段よりはいくらか軽く。

 その表情はいささか引き締まっている。

 今日から期末試験なのである。



 ●



 教室に入ると、やはりどことなく緊張感が感じられた。数人で集まってだべっている者もいるが、机に向かって教科書やノートを広げている者がいつもよりも多い。

 自分の机の横に鞄を引っかけると、前の席で単語カードを捲っていた男子が振り返った。

「おはようユウタ。調子はどうよ?」

「おはよう。調子か………どうだろうね。そっちは?」

 ユウタも席につきながら答える。

「俺は微妙だなあ。今日はあれだろ? 古典と、家庭科と………」

「古典、保健体育、数学。家庭科は明日だよ」

「え、マジで? うわ………うわ………」

 どうやら教科を間違えてしまったようだ。彼は呆然とした表情でぱくぱくと口を開閉させた。

 ユウタは黙って合掌した。

「………あーまあしゃーないか。で? 何点とる予定なんだ?」

「目が死んでるけど大丈夫かい? ――――やっぱり数学かなあ。なんか苦手なんだよねえ今回の範囲」

 やたらめったら広いし、と言うと、彼も大いに頷いた。

「そうだよな。最後めっちゃテキトーに進めて無理やり範囲に間に合わせた感じだもんな」

 あの辺から問題出たらクーデター起こしてやる、と立腹している様子の彼に、ユウタは曖昧に笑うだけだ。

「まあ、お互い頑張ろうよ。間違えたのは家庭科だけ?」

「おお。数学とかはばっちりやってきた。保体は………ああ………」

 ユウタは再び合掌した。



 ●



 件の数学の時間である。

 一学期の期末試験。季節は夏休み前である。室温も高くなるため、窓は大体開け放っている。

 で、件の数学の時間である。

 ユウタは苦悩していた。

 序盤は調子よく解いていっていたユウタだったが、ちょうど真ん中あたりで手が止まってしまったのである。

 何度計算しても答えがおかしい。

 計算がどうしても合わない。

 何度も同じ計算ミスを犯しているのか、それとももっと前の段階で既に何かを間違えているのか。目を見開いて自分の答案を検索するが、どうしても間違いがわからない。

 一旦その問題は放置して、ユウタは後の問題を解答することにした。



 ●


 

 時間は刻一刻と過ぎていく。

 紙の上をペンが走る音だけが淡々と鳴り続ける。



 ● 



 ユウタはまだ苦悶していた。

 後半の問題は、少なくとも解けるところは大方解いた。さっぱり見当のつかない問題は飛ばした。我ながらなかなかいい手応えだと思う。頑張って勉強してきた甲斐があった。

 この一問を除いては。

 残り時間は、十分くらいか。

 もう少しで解けるのに、どうしても計算が合わないもどかしさ。

 ユウタはゆっくりと頭を抱えた。



 ●



 折しも、ユウタが頭を抱えたとき。

 全開にされている窓の傍の席で、いよいよ最後の設問に取りかかろうとしていた女子は、ふと頭の上に羽音を聞いた。

 シャーペンの頭をノックしていた手が止まる。

 網戸の類が設置されているわけもないので、窓を開けていれば時には虫が舞い込んでくることもある。たいていは蝿で、稀に蜻蛉も迷い込んでくることもある。

 たった今頭上に聞こえたその羽音は、あの癪に障る、鬱陶しい蝿の羽音に似ているようではあった。

 しかし直感が否定する。

 彼女は、長くはないと言っても十年以上を生きている。その虫の羽音を聞いたことは一度や二度ではない。

 だが、今の状況では絶対に聞きたくない音だった。

 その、背筋に響くような、反射的に言い知れない生命の危機を感じさせるような。

 その音の、主は。

 恐る恐る視線を上げていったすぐそこを、その不気味な羽音を立てながらそいつが横切った。

 一瞬、息を詰め、



 彼女は絶叫した。




 ●



 試験中の静粛な中で突然絶叫が響いたために、紙面に向かって黙々と思考し外部に無防備になっていた誰もが必要以上に驚いた。船を漕いでいた試験監督もひっくり返らんばかりに驚いた。小心な者はわけもわからず自身も叫んでいた。そしてすぐに、同じくその羽音の主を目撃した女子生徒がやはり悲鳴を上げた。驚きと恐怖があっという間に伝播し、教室内は半狂乱になった。

 蜂である。

 しかも、恐らくは雀蜂であると思われた。

 中空を右往左往する蜂から逃れようと女子はもちろん男子までもが泡を食って逃げ回り、机を盾にし、その下に隠れ、難を逃れようとする。その騒ぎに驚いたかのようにさらに縦横無尽に惑い飛ぶ蜂のお陰で逃げ場を見つけられない者は教室の隅へダッシュした。試験監督の先生が落ち着きなさいと叫んではいるが、その声もやや裏返り気味であり、先生自身の腰も引けているので説得力は皆無であり、聞く者は誰もいない。

「静かにしろ! テスト中だぞ!!」

 不意に教室の戸が開いて、理不尽に生徒を叱り飛ばすことで全校生徒から嫌われている背の低い男性教師が現れた。自分の気に入らないことは徹底的にひたすらに怒鳴りつけ、手を上げることも厭わず、自分を正しいと信じて疑わない教師だ。

 隣の教室で試験監督をやっていたのだろう彼は同じく試験監督の先生の方を見てやはり怒鳴る。

「飯田先生! いったい何の騒ぎですか!!」

「寺端先生、その、蜂、蜂が」

「は? 蜂? ――――うぉああ!?」

 眼前を音を立てながら蜂が横切った寺端先生は失笑するほどの勢いで仰け反り、慌てて教室を飛び出すと音を立てて戸を閉めた。そして戸の窓から蜂を覗き込んでいる。

 その教師としても人としてもあまりに情けない様子に、この状況ながら見ていた全員が失笑をもらした。

 だがそのお陰で一瞬教室は落ち着き、すかさず飯田先生が、

「み、皆取りあえず伏せて! 刺激しちゃダメだ。そっとしておけば襲われることはないから」

 言下に自分も身を沈める。未だ逃げ惑っていた生徒たちもようやく身をかがめた。

「よ、よし。それじゃあ皆、そのままゆっくりと外に出よう。蜂を刺激しないように」

 そろそろと戸へたどり着いた飯田先生は、音を立てないように戸を開け、手近な生徒から避難させ始めた。

「皆、ゆっくりとだよ。慌てないでね」

 一人ひとり、這うように戸へ進む。一方の戸は依然として寺端先生が塞いでしまっているために、皆は飯田先生の方へと向かっていった。その間も、蜂は教室の天井付近を周回している。

 やがて生徒を廊下へ避難させた飯田先生は知らず滲んでいた額の汗を拭い戸を閉めると、同じく安堵の息をしている生徒たちを振り返った。

「よし………全員いるか?」

「あ、はい………あ、いや、いません!」

 は? と飯田先生は声を上げた男子生徒を見た。ついですぐさま戸の窓から教室を見る。

「ユウタがまだ教室に残ってます!」



 ●



 ユウタはまだ苦闘していた。

 女子生徒の悲鳴も、他の生徒の騒ぎも、寺端先生の怒声も一切関知せず、一心不乱に書いては消し書いては消し書いては消していた。

 どうやら公式を間違えていたらしかった。しかも一番初めの計算でだ。符合が全てひっくり返り、導き出される数値は初めの数値とまるで違うものになっていった。しかし計算自体はそれほど複雑ではなくすっきりと綺麗にできる。そのことが正答への確信を強めてくれたが、焦りのせいで何度も初歩的なミスを繰り返した。

 もうちょっと。もうちょっとなんだ。

 カカカカとシャーペンを走らせながら、あと何分だ、と視線を上げた。

 教室の前の壁に掛かっている時計を見る。残り時間は五分程度か。

 間に合え、と机にかじりついたところで、ふと手が止まった。

 そんな場合じゃない、と思いつつも、再び顔を上げる。

「………あれ?」

 前の席には誰もいなかった。というか机すらもなかった。

 横目で左右を確認しても同様だ。

 怒られやしないだろうな、と思いながらも恐る恐る周りを見る。

 教室には自分しかいなかった。

「………え?」

 あれ、夢でも見てるんだろうか。

 教室の中は、まるで嵐にでも遭ったかのように大荒れに荒れており、自分以外は誰もいなかった。

 え………神隠し?

 かなり本気で、ユウタはそう考えた。

 誰もいないながら、誰かに咎められることを無意識に警戒してこっそりと見回す。

 皆は割とすぐに見つかった。なぜなら、皆で戸の窓に張り付いていたからだ。

 ………何してんの?

 ユウタが見ていることに気づくと、皆は一斉に全力で手招きし始めた。

 何だか知らないが、皆必死だ。

 ………えーっと。

 ふむ。

 何だかよくわからないが、今は一刻を争う状況だ、とユウタは半ば現実逃避気味にもう少しで解ける計算式に向き直った。

 とにかくこれを何とかしないと。

 シャーペンを握りなおしたとき、ようやくユウタもその音に気がついた。

 羽音。

 蜂の羽音。

 む、と本能的に腹の底が冷える。だが、だからそんな場合じゃないんだってば、といよいよ計算に戻ろうとする。するとそうしたところでその羽音が突如として急接近し、

 とさっ、っと。

 眼前、解答用紙の上、約分を終え、今まさにあとはかけるだけだという計算式のイコール記号のそこに。

 雀蜂が、着地した。

「…………………!!」

 うおうっ、と反射的にユウタは仰け反る。思わず悲鳴が上がりそうになったが、試験中は静かに、と今ではもう的外れな制止が頭の中で鳴り響き、ぐっと飲み込んだ。

 雀蜂は特に動くこともなく、じっとこちらを見ている。

 ユウタも何も言わず、ぴくりとも動かずに雀蜂を見返している。

 黄色と黒のコントラストという毒々しい装いに、「なーに見てやがんだゴラァ」とでも言いたげな凶悪な顔つき。

 もちろんこれほど近くで雀蜂を見つめるのは生まれて始めてのことだった。

 両者しばらくの間黙然と向かい合う。

 と、不意にユウタが動いた。

 そっと、シャーペンの頭で開いている窓の一つを指し示す。一応、廊下で見ている皆には見えないように、こっそりと。

 じっとそんなユウタを見つめた蜂は、こちらも不意に飛び立って、ユウタが指し示した窓へまっすぐに飛んでいった。

 あまりにも呆気ないほどに、蜂は窓からすんなりと外へ帰っていった。

 その一部始終を見ていた廊下一堂は一斉に深く安堵の息をつき、まだその廊下の様子に気がつかないユウタは今度こそ最後の計算に取りかかろうとして。

「あ」

 チャイムがなった。



 ●


 

 結局のところ、ユウタのクラスはこのハプニングのお陰で全員が後日再試験となった。

 全員、である。

 もちろん、その中にはユウタも含まれている。

 再試験は、通常試験とは問題が差し替えられる。

 そして難度がやや上がる。

 ホームルームを終え、各々帰宅し誰もいなくなった教室で、ユウタは窓から見える夕日を眺めながら黄昏ていた。

 解答は、教科にもよるが、数学は試験後すぐに配られる。試みに自己採点してみたところ、過去最高点を叩き出していた。

 が、再試験となったためにその点数は水泡である。

「何でだ………」

 泣きそうになった。

 違うこれは泣いてるんじゃない夕日が目にしみたんだと言い訳しながらそっと目許を拭っていると、不意に教室の戸がそろそろと開いた。

 他のクラスメートは全員帰宅したはずで、とすると先生だろうか、と思いながら振り向くと、あに図らんや、クラスメートの女の子だった。

 名前は――――確か如月さん、だったはず。

 如月さんも、教室に人が残っているとは思っていなかったらしい。少し驚いた表情で、教室の入り口で固まっている。

「あ………柴崎、くん」

 か細い声だ。如月さんはいつもこんな感じだった気もするが、何となくいつもより声が硬い気がする。

「残って………たんだ。何、してるの?」

「ん、いや、まあ………」

 黄昏ていた。

「………今日の、反省をね。如月さんは、どうしたの?」

 名前間違っていたらどうしよう、と思ったが、どうやら正しかったらしい。小さく会釈して、

「忘れ物………して。お弁当箱」

 言いながら、そろそろと自分の机に向かう。見れば確かに、机の横に袋が下がっていた。

「柴崎君………は」

「うん?」

 座った姿勢のまま振り返ると、如月さんは身体の前で手をもじもじさせていた。表情は、彼女の前髪が目にかかるほど長いためにあまり窺えないが。

 何か凄く緊張してないか。

 まあ自分の容姿に無駄に迫力があるのは自覚している。容姿が西洋人に多分に傾いているために、たいていの人は無意識に構えてしまうのだ。

「柴崎君は………まだ帰らないの? ゴエモン君、待ってたけど」

「ありゃ、すっかり忘れてた………うん、帰る帰る。帰るよ」

 頭を掻きながら、ユウタは自分の鞄を取りつつ立ち上がった。

 そのまま流れで如月さんと一緒に教室を出る。

 生徒玄関に向かう途中で見回りの先生とすれ違った。どの道もう閉校時間だったようだ。

「柴崎君………その」

「うん?」

 生徒玄関から外に出て歩き出したところで、それまでずっと沈黙していた如月さんが不意に口を開いた。

「今日の………数学の」

「ああ、蜂ね。びっくりしたよ本当に………気がついたら教室僕だけになってるんだもん。いきなり蜂が降ってくるし。しかも数学は再試験になるし、ああ、もう、散々だ………」

 思い出して頭を抱えた。そんなユウタを見て、如月さんは小さくふふっと笑った。

 おや、とちょっと驚いてユウタは如月さんを見た。如月さんが笑っているのを初めて見たのである。まあ単純に、それほどそんなに接点がなかったというだけの話なのだが、如月さんには基本的に無表情というイメージがあった。

 失礼だったな、と認識を改める。

「あの蜂の乱入さえなければ………」

「でも、その、あの時のユウタ君」

 小さい声で、俯きがちに、たどたどしく、如月さんは言った。

「かっこよかった………よ?」

「へ?」

 今度こそユウタはまじまじと如月さんを凝視する。かっこいい場面なんてあっただろうか。やっていたことと言えば、数学に苦悶し、蜂に驚き、その蜂に窓を示しただけである。示したと言っても廊下の皆にはわからないように、さりげなくやっていたはずだが。実際誰もユウタが何かをやったなどとは思っておらず、後で皆から口々に危なかったななどと声をかけられたものだった。

 どこがかっこよかったのだろう。

 見ていると、如月さんはますます俯いていった。髪の中に浅く見える耳が真っ赤になっている。

 ………これは、まさか、あれか。

 いやそんなまさか。如月さんとはほとんど接点なかったよねえ?

 ユウタが悶々と男子中学生らしいことを考え始めたとき、犬の吠え声が一つ聞こえた。顔を上げると校門のところにゴエモンが座って待っていた。今も数人の中学生がゴエモンを囲んでいたが、やってくるユウタを見て会釈し、ゴエモンに手を振って帰っていった。

「御免御免、すっかり忘れてて………って、これは」

 ユウタはやや呆れ混じりにゴエモンの足元を見る。

「………ずいぶんおいしい思いをしてたみたいだね」

 ゴエモンの足元の例の籠には、お菓子やら何やら『お土産』が溢れていた。

 ふん、とゴエモンは鼻を鳴らす。

 ふと隣から嘆息が聞こえ、見れば如月さんがゴエモンをじぃっと見ていた。

 浅く組まれた手指がそわそわとしている。

「………別に遠慮せずに撫でたりしてもいいよ? ゴエモンも喜ぶし」

 言うと、びくっとした如月さんはそれでも恐る恐る、

「………いいの?」

「そりゃもちろん」

 ねえ、とゴエモンを見ると、ゴエモンは少し頭を下げた。頭を撫でやすいようにである。ゴエモンは座ると座高がかなり高いのだ。

「じゃ、じゃあ………」

 まだ緊張気味に、如月さんはゴエモンへ近付き、そっとゴエモンの頭を撫でた。さわさわと。

 微笑ましくその様子を見ていると、また如月さんがそわそわし始めた。何か迷っているようであり、そっとこちらを窺ってくる。

 ユウタは軽く頷き、

「ゴエモンが怒らなければ何してもいいよ。たいていのことじゃ怒んないし」

 言うと、如月さんは小さく頷いて、ゴエモンの正面に立つ。何かを察したのかゴエモンは下げていた頭を上げた。

 如月さんが小柄なのもあるが、ゴエモンが如月さんを見下ろす高さになる。

 やがて意を決したように如月さんは一歩進み、

 ゴエモンに抱きついた。

 ぎゅっとハグしている。

 はふぅ、と吐息が聞こえた。

 まあ確かに、ゴエモンは大きいからなあ。

 しかし何だな、如月さんって結構かわいいところあるんだなあ、などと思いながら眺めていると、ゴエモンのじとっとした視線と目があった。歯を剥いて返すがちょうどそこで如月さんが振り返ったため慌てて表情を戻す。

「………ありがとう」

「いやいや、お礼を言うならゴエモンに言ってよ。それに、別に普段だって好きにさわっていいんだよ? 皆そうしてるし」

 何かいろいろもらってるし、と例の『お土産』を見ながら言う。如月さんは頷きながらも、やや名残惜しそうにゴエモンを撫でていた。

「………それじゃあ、私、家こっちだから」

「うん。また明日ね」

 手を振ると、如月さんもはにかみながら手を振り返してくれた。

 角を曲がるまで如月さんを見送ったところで改めてゴエモンの『お土産』を見る。

「全く………さすがにこれはもらいすぎなんじゃない? いくらなんでもさあ」

 僕は今日さんざんな目にあったのにさあ、と愚痴を始めようとするユウタを遮るように、ゴエモンはふんふんと鼻を鳴らした。対してユウタは手を横に振りながら、

「え? いやいやそんなことはないよ。ないない。如月さんと話したのだって今日で何回目かだし。いやだから違うって。そりゃ僕もちょっと思ったけどさ………自意識過剰はカッコ悪いよ。それよりこれ、どうするのさ」

 お土産は、とても籠に収まりきる量ではない。

 ゴエモンはじっとユウタを見つめた。

 ユウタは深くため息をついた。

「わかったよ………僕も運ぶよ。鞄は軽いし。でもちょっとくらい潰れちゃったりしても怒らないでよね」

 言いながら、ユウタは溢れている分のお土産を拾い集め、自分の鞄に詰めていった。

「あーあ、明日の分も勉強しないとなあ………そうだ、そうだよ。ちょっと聞いてよゴエモン――――」

 ぶちぶちと愚痴りながら、ユウタは家路についた。



 ●

 

 









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