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造られた妬心  作者: 機月
1/4

001

 扉は軽やかに、からからと音を立てて戸袋に収まった。

 カーテンもない窓の向こうに、とろけるほどに潤んだ夕陽が今にも沈もうとしている。

 窓枠の細い影が、長々と床を伝って壁まで伸びていた。

 磨きこまれた床に残る照り返しは穏やかで、壁際に積まれた机も黒板も郷愁か何かを滴らせていた。


「まるで放課後の学校だ。だからどうって、訳じゃないけど」


 窓に映った笑みが、どこかこそばゆかった。

 無意識に読み取っていた黒板の文字を、首を振って追い出す。

 だが踵を返したところで、今度は口元を小さくひきつらせて固まった。


 奥の壁では、精霊式の蒸留機が盛んに蒸気を噴き出していた。

 その前には七輪が三つも並べられ、秋刀魚が良い音で脂を滴らせている。

 窓枠から流れてきた蒼く透ける乙女が、立ち上る煙をショールのように体に巻き付ける。そのまま七輪の網をつつき、肴の焼き色まで見て、そのまま窓の外へと消える。

 良く見ずとも七輪の網の奥では、赤く揺らめく蜥蜴が暢気に目を細めていた。


「……そりゃまあ、さ。昔から『楽しんだ者勝ち』とはいうけどね」


 シロエは何とも言えない顔で眼鏡を押さえ、そのまま口元に拳を当てる。

 その時になってようやく、浴衣を着流した男が機嫌良さそうに目元を緩め、蒸留機の脇の扉を潜ってきた。




「〈精霊使い〉の奏羽(かなわ)さんですね。折り入ってお話があるのですが、よろしいでしょうか?」

「せっかく釣ってきた秋刀魚、不味なる話は聞きたない」


 随分と小奇麗なパーカーとカーゴパンツに、余所行きの笑顔。噂ほど黒いとは言い切れないが、諦めの悪そうな線の細さは透けていた。

 だから奏羽は遠慮会釈もない顰めっ面で迎撃したのだが、一言を最後まで突っぱねる前に、そぞろに語尾が揺れ、ついにはぴたりと途切れてしまった。


「……でもまあ、せやね。数は十分あるし、自分もお腹空いてるんやないの? 食べてからなら聞いたげてもええよ?」


 奏羽の視線は、シロエの手元に釘付けだった。

 何となしに懐から取り出された銀色の包みは、手のひらに乗る程度の四角形をしている。

 ためつすがめつするまでもなく、それは棒状のものを数本並べたもので、特徴的な笠が膨らんだところまで見て取れた。

 何よりこぼれる香りが、ほんの微かながらも雄弁に、秋の味覚の王者たる所以を主張し続けていた。

 奏羽は咄嗟に片手を突き出し、喉の調子を確かめる体で小さな空咳を繰り返す。

 だがその程度で喉は鳴り止まず、奏羽は隠す気もなく次善の策を選択した。


「麦と芋、それからロックとお湯割り、どっちがええ? それともそのまま?」

「では麦のお湯割りを、少し薄目でお願いします」


 険など元から無かったかのように、シロエを席に座らせてから、焼き物と飲み物の用意を済ませると。

 奏羽はアルミホイルのような物に包まれた松茸を、両手で押しいただいて受け取った。



 ひどくふてぶてしい、目つきの悪い青年が携えてきたのは〈円卓会議〉が発行元のクエストだった。

 萌葱の着流しに襷を掛けたヒヨリは、空になった焼き網を菜箸に引っ掛け桶に浸すと、最後の給仕を終えて席に着いた。

 改めて自己紹介を済ませたシロエの説明が始まって早々、奏羽が素っ頓狂な声を上げた。


「は? うちに、大規模戦闘(レイド)の参加要請? ……何で?」

「無駄な茶々は入れるな。ほら俺の分、食っていいから」


 ヒヨリが呆けた奏羽の肩を押さえて座り直させ、その目の前に湯気立つ焼おにぎりを皿ごと差し出した。

 目線で促されたシロエは、啜っていた湯飲みを置いて姿勢を正す。


「〈冒険者〉の動向は、セルデシアに大きな影響を与えています。それが些細なお祭りイベントであっても変わらない。これは運営側が長年に渡って取り続けた、真摯な態度の賜物だと理解しているつもりです」

「別に異論は無いな。今でも楽しめるイベントは多いし、色々尖った趣向を凝らして来る。……まあ〈大災害〉は、やり過ぎだけどな」


 ヒヨリは襷の結び目を解きながら、躊躇いなく相槌を打つ。

 奏羽も特に異論はなさそうに、小さくおにぎりを頬張ったまま頷いている。


「流石にそこまで大事じゃありません。けれども、そのまま放置するわけには行かない、少々厄介な設定が持ち上がっています。〈ゴブリン王の帰還〉も終わりが見えてきた現状で、残念ながら戦力を割く余裕はありません」


 ヒヨリと奏羽が、今度は顔を見合わせた。

 はっきり眉をひそめながら、ヒヨリは空の湯呑みに急須から茶を注ぐ。


「ここんとこ、別に変な騒動は起きてないよな? この前の〈天秤祭〉、あれはユーザ主導の露天市だ、運営は関係ない」


 ヒヨリの呟きに、二つの肩が揺れた。

 みるみる萎れる奏羽に気付かぬ風に、シロエが眼鏡を指で押し上げる。


「姿を持たない精霊〈真夏の夢〉、その主であるという〈無明の夜〉。この名はそれほど知られていないはずですが、〈嘆きの楽園〉が解放された、といえば…… どうでしょうか?」


 ああそうかと、ヒヨリは詰まらなそうに鼻を鳴らした。

 視線を伏せたまま緑茶をすすり、三秒置いて頷く。


「納得した。最善かどうか微妙ってところは、別に俺は困らないから良い」

「ちょっと待ち。何でそこで納得するん、幾ら何でも早過ぎちゃう」

「……そうか。奏羽は知らないのか」


 小声で噛み付く奏羽に、ヒヨリは不穏な調子に目を細めた。

 素っ気なく湯呑みを傾けながら、その頬を器用に緩ませていた。


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