第96話
「馬車は楽で良いな」
「……」
ジーク、ノエル、フィーナに使者がすべて撃退されたため、領主のアズ自らが使者になったようで4人はアズが用意した馬車に乗り込み、村へと戻るなか、ジークは馬車の乗り心地が気に入ったようで笑顔を見せるが、ノエルの顔は真っ青になっている。
「ノエル、大丈夫ですか?」
「……大丈夫です」
アズはノエルの様子に心配そうに彼女に声をかけると返事は戻ってくるが、その声には力はない。
「まさか、ノエルが馬車に酔うとは思わなかったわ」
「……わたしも思いませんでした」
ノエルの様子に苦笑いを浮かべるフィーナ。しかし、ノエルはあまり話をしたくはないようだが、彼女の真面目な性格のせいか弱々しい声で返事をする。
「ジ―ク、あんた、こう言う時にこそ、役立つものを出しなさいよ。仮にも薬剤師なんだから」
「仮にもって言われてもな……」
「……ジークさん、何か、ありませんか?」
フィーナはジークを肘で小突くとノエルはすがるような視線を彼に向けた。
「……」
「……ジーク、あんた、おかしな事を考えてないわよね?」
ジークは弱っているノエルが可愛いと思ったようであり、小さくガッツポーズをする。そんな彼の様子にフィーナは冷たい視線を送る。
「別に考えてない。酔い止めか? 今回は必要ないと思ったから、持って来てないんだよな……」
「ジーク、どうかしたんですか?」
ジークはため息を吐くと馬車の幌から顔を出し、何かを探し始め、アズは彼の行動に首を傾げた。
「いや、酔い止めの薬になりそうな薬草はないかな? と思って」
「あんたもずいぶん、簡単に言うわね」
フィーナは簡単に薬草など見つかるわけもないと思っているようで、ジークの行動をただのパフォーマンスだと言いたいようで彼に責めるような視線を向ける。
「領主様、1度、止めて貰っても良いですか?」
「そうですね。ノエルの様子を考えると1度、休憩をする必要もありますね」
アズはジークがノエルを休ませるために休憩を提案したと思ったようで頷くと従者に指示を出し、馬車は減速して行き、しばらくすると完全に停止した。
「それじゃあ、ちょっと、行ってきますんで、ノエルの事をお願いします」
「ちょ、ちょっと、ジーク、どこに行くつもりよ!?」
「どこって、酔い止めになりそうな薬草を集めてくるんだよ。さっき、言っただろ」
ジークは馬車から飛び降りるとフィーナとアズにノエルを任せて、街道の脇の森の中に入って行く。
「……本気だったんだ」
「そうみたいですね」
フィーナとアズはジークが行動に移すとなど思っていなかったようで眉間にしわを寄せるも残りの道のりを考えるとジークがノエルの状態を回復してくれるに越したものはない。
「しかし、今更だけど、ノエルに効果があるのか?」
ジークは森の中に入り、直ぐに薬草を集めるようとするが、ふと1つの疑問が頭をよぎる。
「まぁ、何もしないで文句を言われるよりは良いか? 効果があれば儲けもの。それにいつか、ノエルが目指した世界にでもなれば、役に立つだろうし……人族には薬でもドレイクとか魔族に毒のものとかってないよな?」
ジークは人族には薬になる薬草を手に取り、眉間にしわを寄せた。
「こう考えるといろいろと大変だよな? ……俺は何を考えてるんだ?」
ジークはノエルの顔を思い浮かべたようであり、同時に顔が熱くなるのを感じたようで熱を冷まそうと大きく首を横に振る。
「……取りあえず、戻るか?」
ジークは必要な薬草を集め終わると自分の脈拍や体温を確認し、馬車へ向かう。
「戻ってきたわね。ジーク、集められなかったって事はないわよね?」
「これを見てから、いちゃもんをつけろ」
「……この短時間で?」
ジークが街道に戻ると、彼の姿を見つけたフィーナは悪態を吐く。しかし、彼の手には数種類の薬草があり、アズは眉間にしわを寄せた。
「これでも、薬剤師ですからね。ノエル、ちょっと良いか?」
「……はい」
ジークは薬草を小さく千切るとノエルの手を取り、彼女の手に薬草の汁をすりつける。
「ジーク、何をする気?」
「一応、簡単な検査。人によって薬草でかぶれたりするからな。調合室があれば、その辺も無効化できるけど、ここじゃ、そのまま煎じて飲ますくらいしかできないし、フィーナ、ここを覗いているくらいなら、お湯くらい沸かしておけよ。お前、ホントに気が利かないよな」
フィーナは彼の行動に意味がわからずに首を傾げるが、ジークは気にする事なくノエルに薬草に対するアレルギーのようなものはないか確認し、何もせずに待っていたフィーナに文句を言う。
「何ですって!!」
「良いから、お湯を沸かせ。これとこれはかぶれるか? となると」
フィーナは彼の言葉に腹を立てたようで怒鳴りつけ、ジークはフィーナの怒りの矛先が自分に向けられていても気にする気もないようであり、ノエルの手に現れた発疹を見て使用する薬草を選んで行く。
「ジーク、私の話を聞いてるの!!」
「ノエル、フィーナはノエルの体調なんか、どうでも良いらしいぞ」
「……」
フィーナの怒りはジークの態度でさらに悪化したようであり、声をあげる。しかし、彼はそんな事など気にする事なく、ノエルに話を振るとノエルは余程調子が悪いようで恨めしそうな視線をフィーナに向ける。
「わ、わかったわよ。すぐに準備をするわ……ジーク、覚えておきなさいよ」
「別に俺はフィーナに文句を言われる事なんかしてないな」
フィーナはノエルの視線に耐えきれなかったようであり、荷物から急いで道具を引っ張り出し、お湯を沸かし始める。
「……ジーク、あなたはなかなか良い性格をしていますね」
「否定はしません。こっちは商人なんで、見せるべき顔って言うのは選んでいるつもりです。少なくとも、ウチの従業員と店から商品を盗んでいく人間には差を付けさせていただきます」
ジークとフィーナのやり取りに眉間にしわを寄せるアズ。そんな彼女の表情にジークはくすりと笑った。