第952話
「その正式な当主様はどこにいるんですか?」
「わからない。ハーフエルフだから、寿命は尽きてはいないだろうけど」
「寿命はって、それだと殺されている可能性だってあるって事じゃないか?」
ミレットはマグナ家のいなくなった当主の居場所が気になったようで首を捻る。
今のマグナ家当主が謀略に動いた可能性も考えられるため、エルトは首を横に振り、ジークは面倒だと言いたいのか頭をかいた。
「世捨て人なら、今更でてきても何もする事が無いでしょうし、私の知った事ではありませんが」
「それはそうかも知れないね。実際、仮に戻ってきたとしても、今のマグナ家に連なる者達が大人しく話を聞くとは思えないけどね」
「そうだよな。当主が変わって大人しく話を聞くなら、こんな面倒な事になっていないだろうし。当主が方向を決めても指示を聞かない人間もいるわけだし」
カルディナ自身はマグナ家の正式な当主の事などどうでも良いようであり、ため息を吐いている。
エルトも長い間、留守にしていた当主に今更、まとめる人望があるとは思えないようで苦笑いを浮かべるとジークはなんとなく状況が理解できたようで小さく頷いた。
「すべての権力者が当主の言う事を聞いていたら問題が起きないってわけでもないけどね」
「私利私欲で動く人達もいるからね。すべての権力者が民の事を考えているわけではないから」
「戦争が起きる事で利益を得る人も居ますからね。自分は安全なところで戦争を起こそうと画策する人間もいますし」
エルトとライオは王族として人達をまとめないといけない立場にいるのだけど、難しいようでため息を吐いている。
ミレットは2人の心配がわかるようで困ったように笑う。
「それじゃあ、マグナ家の正式な当主を見つけても、ヴァリウスってヤツがカルディナ様に言い寄ってくるのは変わらないって事か?」
「そうなるね」
「……面倒ですわ」
ジークは話が大きくなってきた事にとりあえず、ヴァリウスの話に戻そうとする。
話しを少ししただけでもヴァリウスがカルディナを諦める事はないと思ったようで面倒だと頭をかく。
ライオは小さく頷くとカルディナはヴァリウスの相手などしたくないようで舌打ちをする。
「カルディナも良い人を見つけて婚約でもしてしまえば良いんじゃない? オズフィム家なら立候補者がたくさん出てくるから選びたい放題だし」
「……そう言うのはイヤです」
「カルディナの場合はそうだろうね」
ライオはヴァリウスを追い払うためにもカルディナに婚約者を作ってしまえばと言う。
その言葉にカルディナは1度、ジークを見た後に首を横に振った。
エルトは苦笑いを浮かべるが、ジークは彼女の視線の意味がわからないようで首を傾げている。
「……鈍いね」
「まぁ、カルディナの場合も恋愛感情と言うよりはお兄さんへの憧れに近い物ですから」
「遅くなってすまない。アンリ様の診察が終わったぞ。ふむ。忙しいな」
ライオはジークとカルディナの姿を見て大きく肩を落とす。
ミレットは状況が1番理解できているようでくすくすと笑う。
彼女の言葉にカルディナはジークの事など何とも思っていないと言いたいのか大きく首を横に振った時、ドアが開き、ヴィータが部屋に入ってくる。
カルディナはおかしな事を言われたくないためか、ヴィータの横をすり抜けてアンリの部屋に向かう。
その姿にヴィータは小さくため息を吐くがエルトとミレットはカルディナが出て行ったドアを見て苦笑いを浮かべている。
「どうかしたのか?」
「ジークは気にしなくても良いですよ。それより、私達も行きましょうか? アンリ様も待っているでしょうし」
「ふむ。状況はあまり理解できないが、ジークくんが鈍いと言う事だけは理解できた」
ジークはカルディナの行動がわからずに首を傾げており、ミレットは小さくため息を吐いた後、彼の背中を叩いた。
2人の様子を見たヴィータは小さく頷くとアンリの部屋に行こうと廊下へと出て行く。
ジークは小バカにされている気しかしないようで首を捻ったまま、ヴィータの後を追いかけて行き、クーはジークに続く。
その様子にエルトとミレットは顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「とりあえず、私達も行こうか?」
「そうですね」
エルトとの声に頷き、部屋に残っていたエルト、ライオ、ミレットの3人はアンリの部屋に向かって歩き出す。
アンリの部屋に到着すると一足先に着いたカルディナがアンリと話をしている。
アンリはジークの顔を見ると笑顔を見せ、ジークは小さく笑みを浮かべた後、クーにアンリと遊んで来いと言う。
クーはアンリの事は気に入っているようで素直にジークの言葉に従い、アンリの前まで飛んで行く。
「だいぶ、顔色も良くなってきたな」
「うむ。そうだな。結果が出てくると私も頑張ったかいがある」
ジークは女の子同士の話に入って行くわけにも行かずに近くのソファーに腰を下ろす。
アンリの顔色を見て、ジークは最初に会った時よりもアンリの顔色が良くなったと思ったようで小さく笑みを浮かべる。
ヴィータは小さく頷くとアンリの治療が上手く行っていると笑う。
「ジークさん、あの、フィーナさんとノエルさんはやっぱり、来られないんですか?」
「その辺は俺に聞かれても困る。王城に入るのに礼儀作法だなんだで許しが出ないから」
「そうなんですか?」
アンリは以前にノエルとフィーナにも会ってみたいと言ったのだけど、2人の姿が見えない事に遠慮がちに聞く。
ジークは困ったように頭をかくとアンリは少しだけ残念そうに笑った時、遅れて3人が部屋に入ってくる。
「どうかしたかい?」
「いや、ノエルとフィーナの事」
「それかい? 今は父上と叔父上、その他もろもろを説得中だよ。ただ、アンリの部屋まで入れるのには納得させるのに時間がかかるかもね」
部屋に入ってきてすぐにアンリの視線に気が付いたエルトは首を捻った。
ジークはノエルとフィーナの事を聞かれたんだと困ったように笑うとエルトはもう少し待って欲しいと言いたげに苦笑いを浮かべる。