第943話
「と言う事で、カルディナとクーには定期的に王城に来てアンリと遊んで貰いたいんだ」
「お兄様、本当ですか?」
「ヴィータの考える治療には必要な事だからね」
王城に戻ったジーク達はアンリの部屋に行き、エルトはカルディナに王城にもっと顔を出させると言う。
アンリは疎遠になっていたカルディナと遊べる事に笑顔を見せるが、カルディナは恐れ多いと思っているのかジークに助けを求めるような視線を向けた。
その視線にエルトは気が付いているようだが、カルディナが来るようになってからのアンリの顔色は少しずつ良くなっているようで妹を心配する彼にはカルディナの意見は二の次のようである。
「……言い難いんだけど、ティミル様は納得したからな」
「なぜ、お母様から許可を得ているんですか?」
「いや、さっきまでティミル様に相談したい事があって話をしていたから」
カルディナは視線だけではジークが気付いてくれないと思ったようで彼の隣に移動するとジークを睨み付けて聞く。
ジークはヴァリウスの事は言わない方が良いと思ったのかティミルから許可だけ貰ったと教えるが彼女はティミルの名前が出てきた事に首を傾げる。
「私をアンリ様の専属医にするためにティミル様の協力を仰いだだけだ」
「なぜ、私の知らない所で?」
「……どうして、俺を睨むんだよ? この中で俺に決定権があると思うのか?」
ヴィータは簡潔に話をするがカルディナは自分がいない所で話をされた事に何か裏があると思ったのかジークを睨み付けた。
ジークは睨みつけられる理由がわからないと肩を落とすがカルディナはジークを睨み付けたままである。
「そう言う熱い視線を向けても本心を言わないとジークは気づきませんよ」
「な、何を言っているのですか!?」
「何を言っているんでしょうね」
彼女に睨まれてうんざりとしているジークだが彼の表情にカルディナの機嫌はさらに悪くなっているように見える。
その様子を見てミレットは彼女をからかうように笑い、カルディナは慌てるがジークは意味がわからないようで首を傾げた。
「……何を言っているんですか?」
「ジークは気にしてはダメです」
「ジークさんは鈍いですね」
2人の様子に疑問を口にするジークだがミレットは楽しそうに笑っている。
そのやり取りがしっかり見えていたのかアンリはジークを鈍いと言うが、ジークは良くわからないようであり、眉間にしわを寄せるとライオは彼の肩に手を置き、気にする必要はないと言いたいのか首を横に振った。
「……なんかバカにされている気がする」
「気にする必要はないよ。それより、カルディナ、この件は決定事項だから、シュミットに伝えて時間をあけて欲しい」
「わ、わかりました」
ジークは納得がいかないようで彼の眉間のしわは深くなって行くがエルトは気にする必要はないと笑った後、カルディナをまっすぐと見つめ、決定事項だと言う。
カルディナは恐れ多いと思っているようであり、戸惑っているが主君の命令には逆らえず、小さく頷いた。
「ジークも」
「わかっているよ。その時は時間が空けられるようにする……と言うか、地味に俺の仕事が増えすぎているんだけど」
「元々、アンリ様の治療に協力すると言うのは最初から決まっていた事なんですから、新しい知識を座学で覚えるよりは良いでしょう」
エルトはジークにも了承をしっかりと得たいようで念を押すように言う。
ジークは諦めているのか、ため息を吐くが彼自身、フォルムでは多忙の身であり、口からは文句が漏れてしまった。
ミレットはその様子を見て苦笑いを浮かべるとジークが大人しく座って勉強するのが苦手な事は知っているのかどちらが楽か比べてみるようにと聞く。
「……そうかも知れないけど、俺もそれなりに忙しいんだよな。栄養剤もそろそろ作らないとラング様に頼まれている分が間に合わない」
「……それは後にして貰っても良いように叔父上に伝えておくよ。あの栄養剤を勧める中毒者が居て困っているんだ」
「だから、人の栄養剤をおかしなものと一緒にするな」
比較してミレットの言いたい事が理解できたようだが、素直に頷けなかったのかジークは調合の手が足りてないと言う。
エルトはアリア直伝の栄養剤の事を良く思っていないためか、栄養剤作りは後回しでも良いと言うがジークはまた毒薬扱いされていると思ったようで眉間にしわを寄せた。
「そう言うわけではないけど、栄養剤とアンリを天秤にかけたら、叔父上もアンリを優先してくれると思うけどね」
「確かにそれはそうかも知れないけど、こっちだって生活費を稼がないといけないんだよ」
「問題ないよ。ジークは売れない薬屋なんだから、きっと、誰もジークに薬の売り上げは期待していないから」
ライオは優先事項がアンリだと言うが、ジークは自分の生活の事も考えて欲しいと言う。
その言葉にライオは迷う事無く、ジークに薬屋の才能などないと言い切った。
ジークのこめかみにはぴくぴくと青筋が浮かぶが、どこか自覚もあるようで怒るに怒れないようである。
「あ、あの、ジークさん」
「何だ?」
「あの、クーちゃんと一緒にジークさんも遊びに来てくれるんですよね?」
アンリはジークに頼みたい事があるのか彼の名前を呼ぶが、ジークは先ほどのライオとの話で機嫌が悪そうであり、眉間に深いしわが寄ったままである。
彼の様子にアンリは言葉を飲み込みそうになるが、何か伝えたい事があるようでまっすぐと彼へと視線を向けた。
「ジーク、子供ではないんですから」
「わかっていますよ。ああ、カルディナ様とクーだとクーが機嫌を損ねても困るからな。後はクーをワームに連れ帰って帰ってこなくなっても困るし」
「そんな事、しませんわ!!」
このままではアンリが話せないと考えたミレットはジークの肩を叩く。
ジークはアンリに当たるのは筋違いだともわかっているため、小さく深呼吸をすると冗談めかして笑う。
しかし、その言葉はカルディナの怒りに火を点け、彼女は大声を上げる。
「わるかった。わるかった。それでアンリ王女は俺に何か用か?」
「あ、あの、もしよければなんですけど、今度はノエルさんとフィーナさんにも会ってみたいです。それで」
「ノエルとフィーナ?」
ジークは適当にカルディナをなだめながら、アンリに用件を聞くと彼女はノエルやフィーナとも話をしてみたいようである。
彼女の希望は聞き入れたいと思うのだが、ノエルがドレイク族である事やフィーナはいろいろな事で問題がありそうなため、ジークは眉間に深いしわを寄せた。
「ダメでしょうか?」
「いや、俺はかまわないと思うけど、いろいろと問題があるんじゃないかな? って思って、俺は同行させて貰っているけど元々はただの薬屋なわけだし」
「その件は少し考えてみるよ」
不安そうな表情をするアンリにジークは真実を話して良いのかわからないため、エルトへと視線を向ける。
エルトもジークの考えている事は理解できているため、許可が出せるかは自分が考えると言い、アンリは自分がわがままを言っているとわかっているようでそれ以上に何かを言う事はなく素直に頷いた。