第940話
「タイミングが悪かったね」
「流石に王子相手でも来客中の相手をほったらかすわけにも行かないだろうからな」
「先に伝令でも出せば良かったね」
ライオと彼の警護兵が加わり、オズフィム家へと訪れるとティミルは来客の相手をしているらしく、ジーク達は一室に通される。
オズフィム家の使用人は両王子の突然の訪問に緊張しているようだが、2人は特に気にした様子はない。
ラースがシュミットの補佐のためにワームに出ているためか、ティミルは当主代行として忙しいようであり、エルトは自分の考えが甘かったと言いたいのか苦笑いを浮かべた。
「確かにそうだけど、まずは王都に居てくれて良かったよ。すっかり忘れていたけど、カルディナの転移魔法でワームに行っている事もあるみたいだからな」
「その時は、ワームに行くだけだから、問題ないよ」
「いや、問題あるんだよ。ワームに行くと俺がカインとセスさんに怒られる」
ジークは用意された紅茶を飲みながら、ティミルが屋敷に居てくれた事に一先ず、安心したと言う。
その場合、エルトはワームまで足を伸ばす気だが、ジークは先日、ワームで狙われた事もあるため、王子2人を連れて行くわけにはいかない。
ヴィータは先日、エクシード家の屋敷でジークが襲われた事もあるため、王子をワームに連れて行くわけにはいかないと考えているようで大きく頷いた。
「怒られるって」
「ヴィータさんが王城に来るきっかけがきっかけですから」
「確かにそうだったね。それなら、しばらくはワームには行けないか」
怒られると言われて首を傾げるエルトにミレットは苦笑いを浮かべる。
その話でエルトは納得できたのか苦笑いを浮かべた後、小さくため息を吐く。
「……おかしな事を考えているわけじゃないだろうな?」
「そう言うわけではないよ。確かにカルディナが連絡係をしてくれるから、助かってはいるんだけど、書状よりも顔を合わせて話さないといけない事もあるからね」
「そういう事なら、私が転移魔法を覚えたら良いと思うんだよ。兄上からもカインやセスに言ってくれないかな?」
ジークはエルトへと疑いの視線を向けるが、エルトはおかしな事は考えていないと言う。
2人の会話を聞き、ライオは転移魔法をどうにか覚えようと考えているようでエルトを味方に付けようとする。
「……いくらなんでも、それは無理だね。ライオが転移魔法を覚えると面倒な事になりそうだから」
「そうだな。絶対に隙を見て、街の外にも行きそうだ」
「どうして、兄上もジークも私の事を疑うかな? 緊急事態に私がフォルムやワームに行ければいろいろと便利じゃないか」
ジークとエルトはライオの提案を当然却下するが、ライオは簡単に引き下がる気は無いようである。
自分が転移魔法を覚える事で緊急時への対応が楽になると利点を語るが、それ以上に面倒になる事は誰の目から見ても明らかなためか話に耳を傾けようともしない。
「もう少し、私の話を聞いてくれても良いじゃないか?」
「無理だな」
「待ってください。ティミル様、私の話を」
周囲の反応にライオは大きく肩を落とし、ジークがその言葉を否定した時、廊下から男性の声が響く。
その声にジークは首を傾げるが聞いた事が無い声のため、エルトとライオに心当たりがないかと言う視線を向ける。
エルトは首を横に振るがライオは心当たりがあるのか眉間に深いしわを寄せた。
「……ライオ、知っているのかい?」
「心当たりがあるけど、私が知っている彼はこんな風に声を上げたりはしないんだよね」
「そうなのか?」
彼の反応にエルトは首を傾げるとライオは廊下から聞こえる男性の声が自分の知っている男性の声とは合致しないと言う。
ジークは首を捻った時、ドアが開き、ティミルの背後には1人の魔導士風の男性が立っている。
「……エルト様、ライオ様、お待たせして申し訳ありません。ヴァリウス、控えなさい」
「……やっぱり、ヴァリウスか」
「ライオ様、エルト様」
ティミルは男性が付いてきてしまった事をエルトとライオに謝罪するが、ライオは男性の顔を見て男性の名前を呼ぶ。
男性はティミルから来訪者の事を聞いていなかったようでライオの顔を見て、驚きの声を上げた後、非礼を詫びようと深々と頭を下げた。
「ライオ、彼は?」
「……ヴァリウス=マグナ。マグナ家については」
「確か、魔法の名門って、シュミット様とカインから聞いた。ティミル様もマグナ家の出身だって言うのも知っている」
首を傾げるエルトにライオは彼を『ヴァリウス=マグナ』と呼ぶ。
彼がマグナ家の名を継ぐ者と聞き、ジークは以前にカインとシュミットから聞いた事があると言うとライオは小さく頷いた。
「マグナ家については私も知っているよ。ヴァリウス、私達はティミルに話があるんだけど良いかな?」
「……申し訳ありませんでした」
「ヴァリウスが迷惑をかけて申し訳ありませんでした。熱くなると話を聞かなくて困ります。ジークも大丈夫でしたか?」
エルトは小さく頷いた後、ヴァリウスに席を外すように言う。
王子の命令にヴァリウスは深々と頭を下げるが素性の知れない人間が同行している事に疑問を抱いているのか、ジークへと鋭い視線を向けた。
ジークはその視線に気づくが、睨まれる理由もないためか小さく首を傾げる。
その様子にヴァリウスはジークを無能と判断したのか、もう1度、頭を下げると部屋を出て行き、ティミルは彼の非礼を詫びた。
「ジークは気にしてないから、問題ないよ」
「いや、確かに気にしてないけど、それをどうして、エルト王子が答えるんだ?」
「別に気にしなくても良いじゃないか。それより、ティミル、あまり時間もないから本題に移っても良いかな?」
なぜか、ジークの代わりにエルトが問題ないと答え、ジークは意味がわからないと言いたいのか大きく肩を落とす。
その様子にエルトは苦笑いを浮かべた後、真面目な表情をすると空気が替わって行く。
ティミルはただ事ではないと考えたのか小さく頷くとエルトは彼女にヴィータを紹介し、作戦の詳細を話し始める。




