第934話
「バーニアもいるしね」
「……頼りになるのか? 酒で簡単に釣られそうなんだけど」
「流石に、そこまでバカじゃないよ。それにお酒を飲む時は一緒に飲む相手も重要だって言っていたからね。俺にはよくわからないけど」
カインは王都で商売をしている若者達をまとめているバーニアの顔を思いだしたようだが、ジークはどこか彼に任せるのが不安なようで頭をかく。
その様子にカインは苦笑いを浮かべるとバーニアが昔、言っていた事を思い出すが酒に極端に弱い彼はバーニアの言いたい事がいまいち理解できていないようである。
「一先ずは、ヴィータにもエクシード家当主を懐柔するのに協力を仰ごうと思うのだが」
「それ自体は問題ないと思います。むしろ、積極的に行うべきですね。ただ……」
「ヴィータさんが協力してくれるかですね。ジークやカルディナ様が彼女を連れ出した時の状況を聞くとあまり関係は良くなさそうですから」
シュミットはヴィータにエクシード家当主の説得をお願いしたいようだが、その表情は険しい。
ヴィータがエクシード家当主と上手く行っていない事はカインやセスにもわかっており、2人は困ったと言いたいのか、大きく肩を落とす。
「……仲悪いんですか?」
「私に聞かないでください。私もあなたと同じように家族関係と言うものは良くわかりません」
「で、ですよね」
ジークは自分がした状況説明でカイン達がエクシード家の家庭関係が悪いと捉えている事に首を捻るとシーマに声をかける。
しかし、彼女もジークと同様に肉親との繋がりは薄いせいか、わからないと首を横に振った。
ジークはその様子に不味い事を聞いたと思い、気まずそうに視線をそらすとフォトンが気にしないようにと視線で言ってくれる。
「とりあえずはカルディナに王城へと向かって貰おうとは思うのだが、一人で行かせるのは不安でな。だからと言っても、アノスを同行させるわけにも行かなくてな」
「それは確かに」
「どういう意味ですか? 子供ではないんです。書状をエルト様かライオ様に渡すくらい私1人で充分ですわ」
シュミットはカルディナを使いにだし、エルトやライオに今回の事を伝えて貰おうと思っているのだが、少ないとは言え、ガートランド商会の手の者は王都にも紛れ込んでいるため、彼女の身の安全を考えているようである。
ジークはシュミットの様子からなんとなく、状況を察したようだが彼の言葉にカルディナは不機嫌そうに頬を膨らませてしまう。
「……俺、怒らせるような事をしたか?」
「ジークは言葉が足りないんですよ。カルディナ、ジークが言っているのはそういう事ではありませんよ。ジークの言葉が足りないのはあなたも良く知っているのですから、怒らないでください」
「それは確かにそうなのですが……納得は行きません」
カルディナが不機嫌になって行く姿にジークは困ったと言いたいのか、頭をかくとミレットに助けを求めた。
ミレットは2人の様子にくすくすと笑うとカルディナをなだめるが、納得しきれないようで頬を膨らませたままである。
「……納得がいかないのは俺の方なんだけど」
「ジークは納得しないとダメです」
「わかりましたよ」
カルディナに納得がいかないと言われたジークは彼女が怒っている意味がわからずに大きく肩を落とすがミレットからは自分が悪いと言われてしまう。
どこか理不尽だと思いながらも、話をそらしている時間もあまりないように思えたのかジークはしぶしぶ頷く。
「それなら、カルディナ様に同行させる人間をうちから選んで欲しいと言う事ですね?」
「そうだ。すまないが頼めるか?」
「もちろんです」
カインは依頼内容を確認するように聞くとシュミットは小さく頷くが、その表情にはフォルムにも人材不足がある事を知っているためか申し訳なさも見える。
それに気が付いたセスは心配などする必要がないと言いたいようですぐに返事をするとジークとミレットへ視線を移す。
「ジーク、ミレットさん、カルディナ様と一緒に王都に行ってくれますね?」
「行けと言われればアンリ王女の病状も心配だから行くけど」
「問題ないですよ。それなら、クーちゃんも行きましょうか? 私達がエルト様とライオ様とお話ししている間、アンリ様の事をよろしくしますね」
セスは2人を指名するとカインとシュミットも2人を同行させようと考えていたのか同意するように小さく頷いた。
ジークは正直に言えば、怒っているカルディナに同行したくないのだが、アンリの様子は気になっているのは事実のため、しぶしぶ頷く。
ミレットは問題ないと笑うとどうせなら、先日、王城を訪れたメンバーで行った方が良いと考えたようでクーを呼ぶ。
「クー」
「それじゃあ、決まりだね」
「……どこか不安だがな」
クーはエルト達の事は気に入っているようで特に嫌がる様子も見せない。
その様子にカインは苦笑いを浮かべるがアノスはこの人選に不安しか感じないのか眉間に深いしわを寄せている。
「でもさ。カルディナ様が王都に行くなら、シュミット様達はどうやって帰るんだ? 1度、ワームに戻るのか?」
「それくらいは俺かセスが送るよ。ジークが気にする必要性は無いね」
「そうか。それなら、俺達はすぐに行った方が良いんだよな?」
ジークは行くと決めるとすぐに行動に移そうとするのだが、転移魔法を使えるカルディナがいなくなってはシュミット達がワームに帰る手立てが無くなってしまうと首を捻った。
その言葉にカインは呆れたと言いたいのかため息を吐くと早く行けと言いたいようでジークを追い払うように手を払う。
彼の態度はかなり失礼にも見えるがジークは特に気にするそぶりは見せない。
「行ってもエルト様もライオ様もすぐに時間が取れるかはわからないでしょうが、ゆっくりとしていて時間を逃したとなっては困りますからね」
「シュミット様からの書状があると言えば、それなりに時間の融通は利くと思うけどね」
「それじゃあ、行くか……何だ?」
こちらの都合で王族との面会をできるかはわからないため、セスはジークを急かすとカインは苦笑いを浮かべる。
ジークはソファーから立ち上がるとカルディナと目が合い、彼女の視線に何か感じたようで首を捻った。
「転移の魔導機器を忘れないでください。何かあった時に誰か1人でも逃げないといけない時はあるかも知れませんから」
「そうだな。取ってくるよ」
カルディナは先日、ジークが転移の魔導機器を持っていなかった事を思いだしたようであり、彼女に言われてジークは懐の中を探った後、駆け足で居間を出て行ってしまう。
その様子にカルディナは大きく肩を落とし、ミレットは2人の様子を微笑ましく思っているのか小さく笑みを浮かべている。