第929話
「……あれほど、ワームに行かないように言ったのにね」
「反省はしている」
「申し訳ありませんでした」
エルトが部屋に戻ってきた後、ヴィータをエルトとライオに任せてジーク達はフォルムに戻った。
王都とワームで起きた事をカイン達に説明するとカインに呆れているのか大きく肩を落とし、セスは何とか怒りを抑え込んでいるようで眉間に深いしわを寄せている。
ジークはセスから放たれている怒りの気配に顔を引きつらせながら、頭を下げるとカルディナも続いて頭を下げた。
「とりあえず、セスは落ち着こうか、シュミット様にも怒られただろうし、良いように進んでいる事もあるんだから、あまり、きつく言いすぎるのもね」
「そうかも知れませんが……納得ができません。2人とももう少し自分の立場を考えてください。ジークもカルディナ様もギムレット殿に押さえられたら面倒な事になるんですよ」
「納得ができなくても、割り切らないと次に進めないからね。ただ、アンリ様の身の安全が1番の心配だね」
ミレットはワームに行っていない事もあり、セスの怒りの対象は完全にジークとカルディナに向けられている。
ギムレットにとってジークは手に入れたい血縁であり、カルディナはラースを黙らせるために使える人質になり得るため、きつい口調で言う。
口調はきついがセスが自分達の事を心配してくれているのは理解できたようで、2人は深く反省しているのか大きく頷いている。
カインは3人の様子に苦笑いを浮かべるとセスに落ち着くように声をかけ、ノエルは気まずそうに紅茶を並べて行く。
セスは紅茶を一口飲むがまだおさまりがつかないようで眉間に深いしわを寄せており、カインは話を変えようとしたのか、アンリの側にヴィータが仕える事が不安だとため息を吐いた。
その言葉に集まっていた人達は同じ事を思っていたようで全員が眉間にしわを寄せる。
「それが正直、1番、不安だな。アンリ様だけじゃなく、王城のメイドさん達もいるし、リアーナやリュミナ様もいるし」
「でも、ヴィータ様ってエクシード家のメイドさん達には人気が高かったんですよね? それなら、メイドさん達にも上手く溶け込めるでしょうし」
「どこか憎めない所もありますからね」
ジークはアンリの身体だけでは満足せずに王城に仕えるメイド達にも魔の手を伸ばそうとするヴィータの姿が目に浮かんだようで大きく肩を落とす。
ノエルは何とか彼女をフォローしようとするが自分でも無理があると思ったのか顔は引きつっており、ミレットは彼女の様子にくすくすと笑いながら頷いた。
「それって被害に遭っていないミレットさんが言う事じゃないわね。後は逃げ回っているノエルもね」
「す、すいません」
「でも、フィーナもヴィータさんの事は嫌いじゃないでしょう?」
フィーナはヴィータに身体を触らせていない2人が言って良い言葉ではないと思ったようでため息を吐く。
ノエルは慌てて頭を下げるとミレットはイタズラな笑みを浮かべてフィーナにヴィータの事を嫌いかと聞き返す。
その言葉にフィーナはすぐに答えられないのか両手を組んで頭を悩ませる。
「……不思議と嫌いじゃないわね」
「そうでしょう。ある意味、特殊な才能ですね」
「なんだかんだ言っても憎めないからな。気が付いたら、王城のメイドさん達を全員手なずけてそうだ」
考え込んだ中でフィーナが導き出した答えはヴィータの事を憎めないと言うものであり、彼女は不思議そうに首を捻った。
ミレットは彼女の答えに満足そうに笑うとジークは苦笑いを浮かべる。
「ですけど、ヴィータ様がアンリ様の側に仕えて貰うとして、エクシード家は静かになるでしょうか? 思惑とは逆にギムレット殿に付いてしまわなければ良いんですけど」
「わからないね。それでもそれなりに時間は稼げるだろうしね」
「……お前、悪い顔をしているぞ」
セスはヴィータを人質に取ったと認識しているのか、エクシード家の今後の動きについて不安を口に出す。
カインは首を横に振るが、彼の口元は小さく緩んでおり、ジークは大きく肩を落とした。
「そんな事は無いけどね。カルディナ様、シュミット様に渡して欲しい書状を書くから、少し待っていてくれないかな?」
「わかりました」
「と言うか、夕飯くらい、食って行くだろう。そろそろ準備もしないといけないか……そう言えば、アーカスさんとフィリム教授はどうなったんだ?」
カインは何もないと首を横に振るが、何かワームでシュミットを援護する方法を思いついたようで書状を書こうと席を立つと居間を出て行ってしまう。
カルディナはカインやセスからの説教が自分の考えていた物より、軽かったためか安心したのか胸をなで下ろす。
その様子にセスはまだ言いたい事が出てきたようで眉間に小さくしわが寄り、説教が再び始まってしまうと感じたジークは逃げようとキッチンに移動しようとするがカルディナとともにフィリムがフォルムに来ていた事を思い出して首を傾げた。
「……来ていたわね。シーマさん、大変そうだったわ」
「そうか……フィーナ、お前、逃げたな」
「当然でしょ。単品でも面倒なのに2人もそろうと何しでかすかわからないんだから」
フィーナは近づくのを止めたようで知らないと言い、それをジークは逃げだと判断したようで眉間にしわを寄せる。
その言葉をフィーナは否定する事無く、ため息を吐くとジークはそれもそうかとため息を吐き、キッチンへと逃げようとするが彼の肩には誰かの手が伸ばされた。
その手が誰の物かジークはすぐに察しがついたようであり、彼の口元は小さく引きつる。
「……ノエル、フィーナ、ミレットさん、申し訳ありませんが夕飯の準備をお願いできますか?」
「わかったわ。ノエル、行くわよ」
「は、はい。で、でも」
ジークの肩をつかんだのは彼が察した通り、セスの手であり、彼女は笑顔でノエル達に夕飯の準備を頼むがその目は表情とは違い笑っていない。
フィーナはそれに気づくととばっちりは食らいたくないようでノエルの手を引き、キッチンに移動してしまい、ミレットは2人に頑張るように行った後、2人の後を追いかけて行く。




