第927話
「……自分の親に対して、ずいぶんと辛い評価だな」
「シュミット様のように誰もが優秀な父の背中を追いかけているわけではありませんから」
「ヴィータさん、その挑発はどうかと思うぞ」
ヴィータの実の父親に対する評価にシュミットがため息を吐くと彼女はくすりと笑う。
その言葉にシュミットはムッとするとジークは先ほど助け舟を出して貰ったため、ヴィータをいさめる。
その様子にヴィータはジークとシュミットを交互に見て笑っており、シュミットのこめかみにはうっすらと青筋が浮かんだ。
「申し訳ありません。ヴィータ様も頭を下げてください」
「別に挑発しているわけでも無いからな。背中を追っていたいほどの父親がいるのは羨ましいと思っているのは事実だからな。日和、甘い汁をすするよりはもっと多くの事を考えて貰いたかった」
「……」
フィアナは深々と頭を下げるとヴィータにも頭を下げるように言う。
お気に入りのフィアナに言われてか、ヴィータは困ったように笑った後、深々と頭を下げた。
彼女の言葉にシュミットは嘘がないかを見極めようとしたのかそばに控えていたラースへと視線を向ける。
その視線にラースは気が付いたようでヴィータへと1度、視線を向けた後、彼女の言葉に嘘はないと言いたいのか小さく頷いた。
「しかし、ヴィータがこちらに付いたとなるとエクシード家の当主はどう動いてくるだろうな」
「娘と敵対する可能性もあるのか?」
「日和見をする者は家を2つに分けて、家名を残す者もいるからな」
シュミットはヴィータを味方と認識すると決めたようでエクシード家のこれからの動きを聞く。
ジークはヴィータを味方に引き入れた事でエクシード家を味方に引き入れる事ができると思ったようで彼の言葉に首を捻る。
ラースはシュミットの言いたい事がわかるようであり、小さく頷くとジークはよくわからないと言いたいのか頭をかいた。
「そんな事をするのか?」
「よくある事ですわ。それにアノスもイオリア家を捨ててこちら側についているではないですか」
「それはそうか」
ジークは確認するように聞くとカルディナが呆れ顔でアノスを例に出して答える。
彼女の言葉を聞き、ジークは納得したようで手を叩いた。
彼の中ではすでにアノスは完全に自分達の味方であり、その様子に単純だと言いたいのかカルディナは小さく肩を落とす。
「……しかし、エクシード家を敵にするのは得策ではないか」
「少なくともワームではエルア家に次いで力を持っていますからな」
「味方に引き入れる方法を探す必要があるか……」
シュミットはジークが理解できた事に小さく笑みを浮かべると真剣な表情をして考え込む。
ヴィータの言葉を聞いても、エクシード家を敵に回したくないとシュミットは考えており、小さくつぶやいた。
ラースもそれについては同意見であり、難しい表情をしており、シュミットはヴィータへと視線を向ける。
「一先ずは人質にでもなりましょうか?」
「……人質と言うにはずいぶんとふてぶてしいだろう。それに私はそのような卑怯な手段を使うわけにはいかない」
「ふてぶてしいとはずいぶんな言葉で、これでも花も恥じらう乙女のつもりですけど」
ヴィータはわざとらしく首を傾げると人質になると言うが、シュミットはワームの領民達に卑怯な姿を見せられないと首を横に振った。
その言葉にヴィータは満足そうに笑うとシュミットをからかうように言う。
「……乙女? どちらかと言うとおっさんだよな?」
「そうですね。乙女と言うか、変態です」
「その評価はいらない」
ジークとフィアナは彼女を乙女として扱ってはいけないとため息を吐く。
2人の言葉にヴィータはわざとらしいくらいに大袈裟に肩を落とした後、すぐに表情を引き締めた。
「まずはシュミット様には国王様とラング様に書状を書いていただきたいと思います。私をアンリ王女の側に仕えさせてください。世話係でかまいません」
「……世話係か? しかし、エクシード家の令嬢が世話係でやって行けるのか?」
「これでも変わり者と呼ばれていますからね。メイドがやれる事は一通りできます。それに下手に医師として紛れ込むとおかしな者達に目を付けられてしまいますから」
ヴィータには考えがあるようでシュミットに向かい頭を下げる。
シュミットは彼女の考えが理解できたようではあるが、エクシード家の令嬢であるヴィータにアンリの世話ができるのかと聞く。
彼の心配にヴィータは心配などないと笑うとシュミットは任せてみる気になったようで小さく頷いた。
「……どういう事だ?」
「シュミット様からの進言でアンリ様の側にヴィータ様を召し抱えると国王様に命を出して貰うと言う事です。人質と捉える者もいるかも知れませんが国王の直々で召し抱えたいと言われればエクシード家の当主も悪い気はしないでしょう」
「結局、人質じゃないのか?」
状況が理解できていないジークはカルディナに説明して欲しいと頼む。
彼の言葉にカルディナは呆れたようにため息を吐くと国王の力を使ってエクシード家の当主を揺さぶってみると言う。
しかし、それはシュミットが嫌がっていたヴィータを人質に取る事と変わらないように思えたようでジークは首を傾げる。
「似たような物ですけど、強制力が違いますわ。そして、ヴィータ様が王家や政務を取り仕切るような方達に気に入られれば、エクシード家に取って充分な利が出てきますから」
「ギムレットに付くよりはこちらに付いた方が得策と思わせるには充分だ。それにアンリ様の回復が見込めるのなら願ってもない事だ。ジークとミレットの考えではヴィータがアンリ様の側にいるのは必須なんだろう」
「それはそうだけど……良いんですか?」
カルディナは人質と考えるよりはエクシード家当主にエサをちらつかせると説明し、シュミットはジーク達の考えていた事にも対応できると補足する。
ジークはそれでも理解しきれないようで頭をかきながらヴィータへと視線を向けると彼女は当然だと言いたいのか笑顔で頷いた。