第923話
「……いったん、フォルムに戻らないか?」
「何を言っているんですか? アンリ様の体調を治すのが最優先ですわ!!」
「確かに優先なのかも知れないけど、このままだと俺は絶対にカインとセスさんに怒られる」
王城から出たジークはカルディナの転移魔法でワームに移動させられる。
エクシード家は現在、シュミット達とギムレットの間で日和見を行っており、シュミットの元でワームの統治を手伝っているカルディナが直接交渉する相手ではない。
本来ならばシュミットに相談し、舞台を整えてから動くべきなのだがアンリの事が心配のカルディナはすでに暴走し始めており、ワームの街中をエクシード家に向かって進んで行く。
ジークはカインやセスにワームの街中をウロチョロするなと言われているのだが、カルディナを1人にするわけにも行かず、彼女の後を歩いている。
「お兄様とお姉様はそんな事では怒りませんわ!!」
「いや、俺はなんか狙われているみたいなんだよ。それぐらい、カルディナ様だってわかるだろ」
「その時は逃げれば良いのですわ。あなただって、転移魔法が使えるでしょ」
カルディナの中ではカインとセスが自分の意見に反対するとは考えていないようでジークを睨み付けた。
ジークはため息交じりで冷静になれと言うとカルディナは緊急時には退却も視野に入れていると言う。
「確かに転移魔法で逃げる事はできるけど……」
「何をやっているんですか?」
「転移の魔導機器忘れた」
緊急時の事を考えて転移の魔導機器を確認しようと懐に手を入れるジークだが、いつも入れている場所に転移の魔導機器が入っていないのか、懐の中をあさる。
その様子にカルディナはまたジークがバカな事をやっていると思ったようでため息を吐くとジークは顔を引きつらせながら転移の魔導機器が手元にない事を告げた。
「……何をしているんですか?」
「いや、いつもは持ち歩いていたんだけど、この間、レインに貸してから部屋に置きっぱなしだ。フォルム以外に行く予定がないと使わないし」
魔導機器が無いと聞き、カルディナの眉間には深いしわが寄る。
ジークは何で魔導機器を持ってきていないかを考えると心当たりがあったようで気まずそうに笑う。
「……とりあえず、警戒は怠らないようにしてください。私はエクシード家のヴィータ様と面識がないのですから、あなたでもいないと困るんですから」
「わかっているよ。クーも頼むぞ」
「クー」
カルディナは1人でエクシード家に行っても追い返される可能性があるため、面識のあるジークを頼りにしているようである。
ジークもなんとなくそれは理解しているようでそばを飛んでいるクーに声をかけた。
クーは任せておけと言いたいのか彼の頭を旋回し、その様子にカルディナはときめいたようで目を輝かせる。
「カルディナ様、とりあえず、行くぞ……」
「わかっていますが……エクシード家のお屋敷がどこにあるのか知っているのですか?」
「知らないです」
カルディナの様子にまたクーが追い掛け回されると思ったジークは彼女の肩を叩いて歩き出そうとする。
しかし、すぐにその足は止まってしまい、カルディナはその姿を見てジークがエクシード家の屋敷の場所を知らないとわかったのか大きく肩を落とす。
ジークは反論する余地がまったくないため、気まずそうに頭をかいた。
カルディナはついて来いと言いたいのか視線で進む方向を示すと街中を歩きだし、彼女の後にジークとクーは続く。
「ジークさん、何しているんですか?」
「フィアナ、その恰好、板についてきたな」
「それは褒められているんですかね?」
3人がしばらく歩いているとエクシード家のメイド服に身を包んだフィアナが声をかけてくる。
彼女は買い物を頼まれていたのか野菜などを手に持っており、その姿は冒険者には見えない。
ジークは苦笑いを浮かべるとフィアナは小さくため息を吐いた。
「それでワームに何かご用ですか? おつかいですか?」
「いろいろとあったんだよ。フィアナ、ヴィータ様に会えるようにして貰えないか? 俺とカルディナ様がシュミット様側の人間だってのはエクシード家の当主にばれているだろうし、俺達が面会を求めても追い返される可能性が高いだろ」
「それはかまいませんけど……カルディナ様は大丈夫ですか? 言いたくないですけど、ヴィータ様は乙女の敵ですよ」
2人がワームの街中を一緒に歩いている事はフィアナにとっては物珍しく、理由を聞く。
ジークはフィアナにヴィータとの面会できるようにしてくれと頼むと荷物を運ぶのを手伝うと手を出す。
フィアナはジークに荷物を渡すがカルディナが同行している事にヴィータがまた暴走すると考えたのか大きく肩を落とした。
「……貞操まで奪われる事は無いでしょう。私だって覚悟を決めないといけない時があるのですわ」
「それならかまいませんけど、泣かないでくださいね」
「わ、わかりました。絶対に泣きません」
カルディナはアンリのためなら覚悟を決めると拳を握り締める。
その様子に彼女の覚悟が確かな物だと思ったようでフィアナは頷くが考え直すなら今だと言いたいのか、もう1度聞く。
フィアナとはシュミットの下で働いている時に面識があるためか、カルディナは素直に彼女の言葉を聞き入れたようで気合を入れ直すように両頬を軽く叩いた。
その姿にジークが苦笑いを浮かべているとカルディナは何かあるのかジークを睨み付ける。
「……私の身を守るとか言えないんですかね」
「何だ?」
「何でもありませんわ!!」
カルディナはただ笑っているジークの姿が気に入らないようであり、頬を膨らませてつぶやく。
彼女の声はジークの耳には届かなかったようでジークが首を傾げるとカルディナは頬を膨らませたまま、歩き出す。
「……何なんだよ?」
「ジークさんは鈍いですね」
「いや、意味がわからないから」
彼女が怒っている意味がわからないジークは大きく肩を落とすとフィアナはため息を吐いてカルディナを追いかけて行く。
1人取り残されたジークは眉間にしわを寄せるが1人で残っているわけにも行かないため、急いで2人の後を追いかけ、クーも続いた。