第922話
「……ジーク、どう思います?」
「言いたくないですね」
「私の病気はやはり悪いんでしょうか?」
アンリの診察を終えたミレットは自分の見立てを確認するようにジークへと視線を向けた。
彼女と同じ見立てをジークもしたようで眉間に深いしわを寄せるとアンリは不安そうな表情をする。
「どういう事ですか!!」
「カルディナ、落ち着きましょう。ジークさんが話せないですから」
「……そうだぞ」
ジークとミレットの様子にアンリの病状が悪いと思ったようでカルディナはジークの胸ぐらをつかむと彼の身体を大きく前後に揺らす。
その様子にアンリは苦笑いを浮かべて彼女を止めるとカルディナは手を放し、ジークは目がまわっているのか額に手を当てる。
「ジーク、ミレット、それでアンリは」
「心配しなくても良いです。元々、身体が弱いのはわかっていましたから」
「それはあまり良くないと言う事かい?」
ライオも2人の見立てが気になるようでアンリの病状を聞く。
ミレットは心配しなくても良いと笑うが、エルトは言葉を濁しているように聞こえたようで眉間に深いしわを寄せる。
「その前に確認したいのですけど、アンリ様はあまりこの部屋から出ないですよね?」
「は、はい。元々、身体が弱いせいか、すぐに疲れてしまいますので」
「後は食事の好き嫌いは?」
他にも確認したい事があるようでミレットは簡単な質問をして行く。
その質問は本当に簡単な物であり、アンリは迷う事無く返答をする。
状況が理解できないエルト、ライオ、カルディナの3人はその様子を不安げに見ているがジークはあまり心配していないのかいつも持ち歩いている薬を物色し始める。
「ミレット、どうなんだい?」
「えーと、結論で言えば、元々、病弱で治療が終わりそうになった時にまた病気にかかっていると言ったところでしょうか?」
「それって、どういう事ですか?」
待ちきれなくなったエルトはミレットの肩を叩く。
ミレットは病気より、アンリの健康状態の方が問題だと答える。
意味がわからないようでアンリは首を傾げると彼女の前にジークは薬瓶を置いた。
その約瓶を見て、エルトとライオの表情は引きつり、カルディナの顔には怒りの表情が浮かぶ。
「ジーク、アンリを殺す気かい?」
「……そんなつもりはないから」
「こっちはセスさんのためにジークが調合した安全な方の栄養剤です」
エルトはカルディナの肩をつかむと彼が何を心配しているか理解できたジークは大きく肩を落とす。
ミレットはその様子にくすくすと笑うと栄養剤には問題はないと言う。
「あの、安全な方と言うのは?」
「アンリ様は気にしなくて良いです。いえ、気にしない方が良いです」
「そ、そうですか? あの、これを飲めと言う事でしょうか?」
1人意味の解っていないアンリは遠慮がちに聞くとカルディナは彼女の両肩をつかみ、大きく首を横に振る。
彼女の様子にアンリは納得ができないようだが周囲の様子にどうして良いのかわからずに苦笑いを浮かべると栄養剤の瓶へと手を伸ばす。
エルト達の様子に少し不安になったようだが、以前にジークの薬で体調が良くなった事を思い出してふたを開けようとする。
「……すいません」
「いや、気にしなくて良いよ」
「甘いですね。美味しいです」
しかし、ふたを開けるにも力が足りなかったようであり、ジークは彼女の手から薬瓶を受け取り、ふたを開けて戻す。
アンリは栄養剤に口を付けるとゆっくりと飲み込む。
口の中に広がる味は彼女の趣向に合っていたようで笑顔を見せるがカルディナは信じられないと言った表情をしている。
彼女の視線にジークは大きく肩を落とすともう1本薬瓶を取り出してカルディナに渡す。
「……何のつもりですか?」
「疑うなら飲んでみたら良いだろ」
「私はまだ死ぬ気はありませ……いただきます」
カルディナはジークに毒殺されると思ったのか彼を威嚇するが、アンリは共感して欲しいようで期待するような視線を彼女に向ける。
その視線にカルディナは勝てなかったようでふたを開けて警戒しながら栄養剤を飲み干す。
「……美味しいですわ」
「どうして、悔しげなんだよ」
「美味しいですよね。ジークさん、これはお薬なんですか? これを飲んでいれば私の病気は治るんでしょうか?」
カルディナに渡された栄養剤もアリア特製の物ではなく、味はカルディナも好みだったようで忌々しそうにつぶやいた。
彼女の表情にジークは大きく肩を落とすとアンリは栄養剤の味がかなり気に入ったようで笑顔で言う。
「結論から言えば、これはあくまで栄養剤ですので治りませんね」
「そうですか……残念です」
「ミレット、ジーク、もったいぶらずに教えてくれないかい? まさか、栄養剤を飲ませて終わりって事はないよね?」
ミレットは申し訳なさそうに首を横に振るとアンリは小さく肩を落とす。
妹が残念そうにしている姿にエルトは我慢できなくなってしまい、何をするつもりなのかと聞く。
「今日は終わりですね。後はいろいろとエルト様やライオ様、カルディナにも協力して貰わないといけない事がありますね。当然、アンリ様には私の指示を聞いて貰います」
「……もう1人、協力仰ぎたくない人間がいるんだけどな。協力して貰うと心強いし」
「そうですね。彼女に頼むとアンリ様が別の意味で危険ですよね」
ミレットはこの場にいる全員に協力して貰わないと言い、ジークは他にも協力して欲しい人間がいるようだが引っかかるところがあるようで眉間に深いしわを寄せた。
彼と同じ事をミレットも考えているようで困ったように笑うが状況がつかめていない2人以外は首を傾げている。
「どういう事だい? そろそろ、撤退しないといけないから、簡潔に答えて欲しいんだけど」
「ライオ王子とカルディナ様には話しただろ。この間、出会った危ない人」
「……エクシード家のご令嬢ですか?」
ジーク達がアンリの部屋に滞在できる時間も少なくなってきたようでエルトは急かすように聞く。
ライオとカルディナにわかるようにジークは肩を落として言うとカルディナは先ほど、研究室で聞いた話を思い出す。
彼女の口から出た名前にジークとミレットは苦笑いを浮かべながら頷くがヴィータの事を初めて聞いたエルトとアンリだけは首を傾げている。
「それなら、アンリ様、私達はこれで失礼します。行きますわよ!!」
「ちょ、ちょっと待て!?」
カルディナは急ぐ必要があると考えたようで頭を下げるとジークの腕を引っ張って行き、2人の後をクーが追いかけて行く。
「……ミレット、あまりの事で止めるのを忘れたんだけど、どうする? 追いかけるかい?」
「そうしたいのは山々なんですけど、まだ説明が終わってないので帰れませんね。後で迎えに来てくれるでしょうし、私は私のできる事をしたいと思います」
「そうかい。それなら、ジークとカルディナが王城に戻ってきたら連絡が来るようにしておこう。アンリ、すまないが私達はそろそろ行くよ」
話しを最後まで聞かずに出て行ってしまったカルディナの様子にエルトは苦笑いを浮かべる。
ミレットは困ったように笑うとエルトはアンリの頭を撫でて言い聞かせるように言う。
アンリは少しだけ寂しそうな表情をするが、エルトやライオが忙しい事も知っているため、わがままを言う事無く、小さく頷いた。