第921話
「……本当に大丈夫なのかよ? 見つかって投獄とかはなしだぞ」
「大丈夫だよ。ジークも気が小さいね。ミレットは平然としているのに」
「……いや、ミレットさん、割と図太いから」
エルトとライオの案内で王城の中を歩く。
ジークはラングへと薬を届けている事もあり、警備兵達を顔見知りなのだが流石にこの状況は見つかれば咎められる事がわかるため、眉間にしわを寄せている。
彼の様子にエルトは堂々としていれば問題などないと言い、堂々としているミレットを指差す。
指差されたミレットは微笑むが、ジークは首を横に振る。
「ジークは酷いですね。私だって緊張していますよ」
「そうだね。ジークは酷いね」
「……それを言わせたのは兄上なんですから、同調するのもどうかと思いますけどね。時間もないんですから、ジークも覚悟を決めてよ。アンリの部屋にいられる時間は限られているだろうし、緊張して診察に失敗するとかは無しだよ」
ミレットはジークの言葉に不満げに頬を膨らませるとエルトは楽しそうに笑う。
エルトの様子にライオは遊んでいるヒマはないと言いたいのかため息を吐くと急ぐように促す。
「そうだな……」
「着いたよ」
「……もう少し時間が欲しかった」
ジークは覚悟を決めようと深呼吸をしようとした時、アンリの部屋の前に到着したようで先頭を歩いていたエルトが足を止めた。
肩透かしを食らった形になるジークは大きく肩を落とすがエルトは気にする事無く、部屋のドアを叩き、中から入室の許可が下りる。
「エルト兄様、ライオ兄様、おそろいでどうかしたんですか? カルディナ? 会いに来てくれたのですか?」
「ご、ご無沙汰しております。アンリ様」
「はい……エルト兄様、後ろの方は? もしかして、ジーク=フィリスさんとミレット=ザンツさんですか?」
部屋の中央には大きなベッドが置かれており、この部屋の主である少女アンリは兄2人の突然の訪問に首を捻るが、彼らの後ろに隠れるように立っていたカルディナを見つけて笑顔を見せた。
アンリとカルディナは知り合いのようであり、アンリは再会に喜びを隠せないようだが対照的にカルディナは緊張した面持ちで頭を下げる。
彼女の様子にアンリは寂しそうな表情をするとジークとミレットに気が付いたようで、恐る恐るジークの名前を呼ぶが、ジークとミレットはアンリの口から自分の名前が出た意味がわからずに首を捻った。
その様子にエルトはジーク達の話はアンリに良くしていると説明してくれ、改めて、アンリに2人を紹介し、今からアンリの診察を2人にして貰うと説明する。
アンリもエルトとライオから以前から自分の診察をお抱えの医師以外にして貰いたいと聞いていたようで少し不安げではあるが小さく頷き承諾してくれる。
「……ライオ王子、カルディナ様とアンリ王女って、知り合いなのか?」
「そうだよ。アンリとカルディナは年も近いし、アンリは元々、身体が弱いから外にも出られないからラースに頼んでカルディナには遊び相手になっていて貰ったんだけど、成長するにつれてカルディナが気を使ってしまってね。魔術学園にも通うようになったし、時間もなかなか取れなくてね」
「そうか……カルディナ様も気を使っていたんだな」
カルディナの様子がおかしい事にジークは首を傾げるとライオに2人の関係を聞く。
ライオは知っていた方が良いと考えたのか、簡単に2人の関係を説明するとジークは苦笑いを浮かべる。
「ジーク、時間が無いようですから、手伝ってください」
「は、はい……何だよ?」
「……アンリ様におかしな事をしたら、殺します」
ミレットは自分達がアンリの部屋に滞在できるのがわずかと言う事を理解しており、診察の準備に移ろうとジークに声をかけた。
ジークは頷き、ミレットの側に行こうとするとカルディナが彼の腕をつかみ、ジークを威嚇する。
「……何もしない。それに診察はミレットさんがやるんだから」
「そうですか」
「変な心配するなら、近くで見張っていろよ。久しぶりに会うんだろ。診察の間に話でもしていてくれよ。俺は気の利いた事なんて言えないからな」
威嚇される理由がわからないとジークは大きく肩を落とすとカルディナは少し安心したのか胸をなで下ろす。
その様子からカルディナがアンリの事を気にかけている事はわかり、ジークは何か思いついたようでカルディナの腕を引っ張って行く。
「それでは失礼します。ジーク、おかしなところを覗いたら、ノエルとフィーナに報告しますからね」
「覗きませんから、ミレットさんもおかしな事を言わないでください。ただでさえ、無駄に睨まれているんですから、だいたい、診察中に邪な事を考えていて何か見落としたら、テッド先生に怒られますよ」
「そうですね。カルディナ、あまり、ジークさんを睨まないで上げてください。兄様達が無理を言ってここに来てもらったんですから」
ミレットはアンリの前に座ると深々と頭を下げるとアンリが緊張しているように見えたようでジークかからかう事で彼女の緊張を取ろうとする。
ジークが大きく肩を落とす様子にアンリはくすくすと笑うがカルディナはジークを睨み付けており、アンリはカルディナをいさめようと視線を向けた時、彼女の腕の中にいるクーと目が合う。
「クー?」
「ぬいぐるみではなかったんですか?」
「幼竜のクーちゃんです」
首を傾げるクーの姿にアンリは驚きの声を上げる。
カルディナはアンリに良く見えるようにクーを彼女の前に差し出し、アンリは恐る恐るクーの頭を撫でた。
クーは初めて会うアンリの顔を覗き込むが特に悪い印象は持たなかったようで嫌がる事無く、頭を撫でられている。
「可愛いですね」
「は、はい。私もそう思います」
「……連れてきて正解だったね」
クーの顔を見て笑うアンリの姿にカルディナは表情を和らげた。
2人の様子を見たエルトは柔らかい笑みを浮かべるとライオは同調するように頷く。
ミレットはアンリの緊張がほぐれてきた事を感じ取ったようで診察を開始する。